見出し画像

ファルーダ【3】  ファルーダ食べ歩き旅

インド食器屋「アジアハンター」の店主・小林真樹さんが、食器買い付けの旅や国内の専門店巡りで出会った美味しい料理、お店、そしてインドの食文化をご紹介します。


前回はインドに伝来したファルーダが、三つの経路を経てそれぞれ特異な進化を遂げている状況とその特徴を紹介した。今回はインド亜大陸において、どこの店でどんなファルーダが食べられるのかを紹介したい。いわば三分類したファルーダの食べ歩き実践編である。

まずは第一のファルーダ。パキスタン北部からインド北部の都市部にかけて見られる、最もクラッシックなタイプである。訪れたいのは、古都ラクナウにあるPrakash Ki Mashoor Kulfi(プラカーシュ・キ・マシュール・クルフィー)。1956年創業の老舗である。店のメインはクルフィーと呼ばれる、ミルクを加工したインド古来の冷菓がメインだが、西洋のアイスクリームがウエハースを添えて出されるのと同様に、クルフィーにはファルーダが添えられる。店に入ってオーダーすると冷凍庫からクルフィーを皿にのせ、その上から傍らのバケツにモリモリと入ったファルーダを「むんず」と掴むやバラバラと散らすようにしてかけてくれる。ファルーダ自体には味がないので、甘いクルフィーの「箸休め」的な存在なのだろう。ちなみにこの店のファルーダは、無着色の白色とフードカラーで黄色く色づけされた二種類が混合されて出てくる。

デリーにあるGiani's di Hatti(ギアーニーズ・ディ・ハッティー)はその名の通りパンジャーブ系の経営者による店(ハッティーはパンジャーブ語で「店」の意味)。旧市街の目抜き通り、チャンドニー・チョウクで1956年から続くこの老舗は、ミルクを煮詰めて作る乳菓ラブリーを混ぜたラブリー・ファルーダが有名だ。カウンターの奥にデンと座ったおじさんの前には分厚いガラスのグラスに入ったファルーダとラブリーが並んでいる。そこに少量の氷を入れ、大きな手で小ぶりのスプーンを持ってカチャカチャとよく混ぜてくれて完成。氷を使う点がやや心配ではあるが、酷暑の厳しいデリーにあってこの得難い清涼感は格別だ。店といっても中にテーブルなどはなく、客たちは皆、路上に立って食べている。インド人客に混じってファルーダを啜ってみれば、いっぱしのデリー・ワーラー(デリーっ子)になった気がしてくるから不思議である。

Giani's di Hattiの店頭。グラスに入ったラブリー・ファルーダが有名


続いて第二のファルーダ。この形態が現在、最もインド国内で幅を利かせていてスタンダードといっていい。19世紀以降、イギリス支配下で繁栄したボンベイ(現ムンバイ)でイラーニーと呼ばれる人たちによって、第一波とは全く異なるビジュアルのファルーダがもたらされた。ただしどんな料理も「ウチが元祖だ」と主張したがるインド人の中で、ファルーダだけはそういう主張を聞かない。どの店の誰が発祥なのかは不明なのだ。

ムンバイのKayani&Coで食べたファルーダ


老舗の渋さが充満する Kayani&Co店内


今もムンバイやハイデラバードといった街では独自の存在感を放つイラーニー・カフェ。しかし1950年代のムンバイで約550軒存在していたのをピークに今や25軒にまで激減してしまっている。Kayani&Co.はそんな数少ないイラーニー・カフェの一つ。ここでいただくファルーダはもはやクラッシックの様相を呈していて、古き良きボンベイを偲ばせる一品だ。

最後に第三のファルーダ。中東の湾岸諸国帰りの飲食店経営者が持ち込んだ中東の香り漂う料理文化が、ケララ州のみならず今やインド料理界の一つのトレンドとなっている。ファルーダもまた然り。パフェ用の背の高いグラスに、バジルシード、ピンクや緑色のシロップ原液、ドライフルーツから生フルーツ、ソフトクリーム、果てはチョコレート味のビスケットまでもが飾りつけられ、ビジュアルのド派手さは第二波のそれを大きく凌駕している。ましてや第一派の地味な見た目のファルーダとはとても同じ名称の食べ物とは思えない。肝心の麺はというと、見た目の派手さを優先するあまり、申し訳程度にしか入っていないものが多い。タミルあたりまでいくと麺すら入っていないファルーダにお目にかかることがある。「これがファルーダだ」という定義がきわめて曖昧なまま伝授・伝達されていくうち、語源だったはずの〈ファルーダ=麺〉の存在そのものが忘れ去られてしまった例であり、なんともインドの食文化らしいお話ではある。

ケララ州コリコーデにあるFalooda Nationのファルーダ



この最終形態というか、最も奇抜でSNS映えしそうなビジュアルを持つファルーダは、ケララ州コチを中心に数店舗展開するThe Big Faloodaや、同じくケララ州コリコーデにあるFalooda Nationといったファルーダ専門店に行けば出会える。さすが専門店だけあってメニューは上から下までファルーダの一気通貫。ロイヤルとかビッグなどの仰々しい名前のついたファルーダをオーダーすれば、とても一人では食べきれないほどの巨大でド派手なものが登場する。ご多分に漏れずインドもインスタやYouTubeが流行っていて、この種のファルーダはコンテンツを求める人々の格好の映え素材と化している。他のテーブルを見ると嬉々としてファルーダ片手に格安スマホでセルフィー動画を撮るインド人たちの姿が目に入る。それもまた、現代インド社会における最先端の食のトレンドを象徴する光景の一つである。





小林真樹
インド料理をこよなく愛する元バックパッカーであり、インド食器・調理器具の輸入卸業を主体とする有限会社アジアハンター代表。買い付けの旅も含め、インド渡航は数えきれない。商売を通じて国内のインド料理店とも深く関わる。
著作『食べ歩くインド(北・東編/南・西編)』旅行人『日本のインド・ネパール料理店』阿佐ヶ谷書院
アジアハンター
http://www.asiahunter.com


インド食器屋のインド料理旅」をまとめて読みたい方はこちら↓