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第12橋 竜神大吊橋(茨城県)|吉田友和「橋に恋して♡ニッポンめぐり旅」

「橋」を渡れば世界が変わる。渡った先にどんな風景が待っているのか、なぜここに橋があるのか。「橋」ほど想像力をかきたてるものはない。——世界90か国以上を旅した旅行作家・吉田友和氏による「橋」をめぐる旅エッセイ。渡りたくてウズウズするお気に入りの橋をめざせ!!


山の風景の中で一際輝く
空に舞い上がる竜のような吊り橋

 季節感が強すぎる内容は、この橋旅連載ではなるべく避けるようにしてきた。読んでくれた人が行こうと思ったときに、季節外れだとまるで参考にならない記事になってしまうからだ。それゆえ、今回取り上げる竜神大吊橋は特例といえる。一言でいえば、紅葉の名所である。

 訪れたのは11月中旬頃だった。紅葉の色づき具合をネットで日々チェックしつつ、「見頃」となったタイミングに狙いを定めて向かった。春の桜もそうだが、見頃かそうでないかで得られる感動に大きな差が生じる。実は、紅葉ハンターなのだ。

 橋があるのは常陸太田市。今回は車で行ったが、都内の自宅から片道3時間近くかかった。茨城県内でも北部に位置し、福島県との県境に近い。関東地方のお出かけスポットの中では比較的遠方かな、という実感だ。

 高速道路のインターを出てからも結構距離があって、山あいの田舎道をしばらく走った。内陸の奥地へと車を走らせるような感覚だったから、到着したときに駐車待ちの列ができているのを目の当たりしたときは心底驚いたのだった。

  一番近いメインの駐車場は、駐車するのにかなりの台数が並んでいた。待つのはイヤなので、山を少し下ったところにある予備の駐車場に車を停めた。ここからだと、坂道を歩いて上らなければならないが仕方ない。

 正直言って、侮っていた。こんなに混んでいるとは予想もしなかった。一大観光地ではないか! というのが率直な第一印象である。橋自体の魅力に加えて、やはり紅葉が見頃というのが大きいのだろう。日本人の紅葉好きを舐めてはいけない。

 竜神大吊橋は、竜神川をせき止めた竜神ダムの上に架けられている。長さは375メートル。ダム湖面からの高さは100メートル。歩行者専用の吊橋としては、国内最大級を誇るという。確かにかなりデカイ橋で、カメラのレンズを超広角にしないと写真には収まらないほどだ。


 開通したのは1994年。約30年前と聞くと最近に感じられるが、その役割を考えれば不自然さはない。橋とはいっても、交通のための重要インフラなどではないのだ。地域の発展を支えてきた歴史のある橋でもない。一方で、名前自体はそれなりに知られているように思う。ハッキリ言ってしまえば、観光地化を目的として作られた橋というわけだ。

とりあえず対岸まで渡って、戻ってくるだけでも楽しめる。


 実際、橋の袂には土産物屋さんやレストランが立ち、観光バスに乗ったツアー客がバンバンやってくる。周辺にはハイキング・コースも設けられている。そもそも、橋を渡るのが有料だったりする。大人320円、子ども210円。観光地なのだと割り切れば、決して高くはない金額だろうか。

 吊橋というと、中には構造的に不安定さを覚えるような橋もある。足下がグラグラ揺れたりして、スリリングな体験ができたりする。しかし、竜神大吊橋は渡っていて恐怖はほとんど感じない。不思議と、地に足が着いたかのような安心感さえ覚えるのだ。

 きっと、そもそもの橋のつくりが頑丈なのだろう。吊橋を支えるケーブルは、1本の張力が約3トンという直径5ミリのピアノ線を1,159本束ねて作ったもので、約1,000トンの重さに耐えられる。一度に3,500人が乗っても大丈夫だという。

混雑していることもあり、橋の上は左側通行となっていた。


 この橋の魅力に浸れるのは、どちらかといえば渡っているときよりも、橋の外から外観を眺めたときかなぁという感想も持った。V字形の渓谷に架けられた長い吊橋はダイナミックで、山の風景の中で一際輝いて見える。とくにいまは、紅葉真っ盛りの季節だけに、その輝きが何割にも増して見える。

橋の上から周囲の村落を望む。山里の風景がどこか懐かしい。


 個人的にとくに心惹かれたのは、両橋に立てられた主塔だ。三角形の突起部が連続する様は、まさに竜の背びれを模したかのようである。入口でもらったチラシに書かれていた橋の説明には、「大自然の空間を舞い上がる竜を想起させます」などと書かれていた。大げさだなあと内心思うものの、そういう形容もあながち的外れではない。

竜が天高く上っていくかのような主塔のデザインが目を引く。


 これは訪れる前から思っていたことだが、「竜神大吊橋」というネーミングはやはりいい。なんだか強そうなイメージがするというか。ファンタジックというか。英語だと「ドラゴン・ブリッジ」とでも訳すのだろうか。

いたるところに竜をモチーフにしたものが登場する。


 旅をしていると、名前で行き先を決める瞬間は正直ある。ジャケ買いならぬ、名前買いである。そんないい加減な……と呆れられるかもしれないが、この手の直観は大事で、名前で選ぶと案外外れが少なかったりする。

 名前自体がイケてるか、イケていないかという話ではない。大して特徴のない名前よりも、分かりやすい方が記憶に残るし、ちょっと行ってみようかなという気になるのだ。

JR常陸太田駅からバスでも来られる(片道約45分)。




吉田友和
1976年千葉県生まれ。2005年、初の海外旅行であり新婚旅行も兼ねた世界一周旅行を描いた『世界一周デート』(幻冬舎)でデビュー。その後、超短期旅行の魅了をつづった「週末海外!」シリーズ(情報センター出版局)や「半日旅」シリーズ(ワニブックス)が大きな反響を呼ぶ。2020年には「わたしの旅ブックス」シリーズで『しりとりっぷ!』を刊行、さらに同年、初の小説『修学旅行は世界一周!』(ハルキ文庫)を上梓した。近著に『大人の東京自然探検』(MdN)『ご近所半日旅』(ワニブックス)などがある。


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