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【日本全国写真紀行】 55 熊本県天草市牛深町加世浦

取材で訪れた、日本全国津々浦々の心にしみる風景を紹介します。ページの都合上、書籍では使用できなかった写真も掲載。日本の原風景に出会う旅をお楽しみいただけます。


熊本県天草市牛深町加世浦


「お前の家、おれの家」が軒をくっつけて暮らした「せどわ」の集落

 天草市牛深町は、東シナ海に面した天草下島の最南端に位置する。三方を海に囲まれた天然の良港で、昔は小さな一漁村だったが、江戸時代に漁業基地として大きく発展した。現在も漁業従事者は1,000人を超え、熊本県内でもっとも漁業が盛んな町である。
 その牛深町の南、山と海に囲まれた谷あいのわずかな平地に、加世浦という小さな漁業集落がある。
 ここには「せどわ」と呼ばれる昔ながらの家並みが今も残っている。「せどわ」の語源は瀬戸(家の裏口の意)で、狭い場所、という意味もある。その言葉通り、人ひとりがようやく通れるくらいの迷路のように入り組んだ細い路地に沿って、何軒もの家が軒を連ねている。これは、同じ船に乗る漁師たちが近くに集まって住んでいた集落の名残りで、奥の方から海に向かっていくつもの「せどわ」が伸びている。こうして密集して居住することで、かつては海側の路地の入り口で船頭が大声で出漁の合図をすると、ほんの数分で全員が船に集まることができたという。想像するとなかなか楽しげな光景である。
 この「せどわ」を舞台にした映画がある。2013年公開、大竹しのぶ主演の『女たちの都〜ワッゲンオッゲン』で、築百年の元遊郭「三浦屋」が解体されるという噂を聞いた地元の女性たちが、三浦屋を料亭として生まれ変わらせ、町おこしをするという話である。「ワッゲンオッゲン」とは「お前の家、おれの家」という意味だそうだ。家の軒と軒がくっつくように建っている「せどわ」を表現したものだろう。言い得て妙なタイトルだ。
 映画に出てくる三浦屋は実在した遊郭で、今もその建物は残っている。ここには他にもいくつかの遊郭があった。漁に出られない日は風待ちの港となった牛深の港町には、当然ながら花街が生まれた。大漁の日には大漁祝い、シケの日にはゲン直しの宴会が行われ、三味線の音の聞こえない日はないと言われた。
 歌人で詩人の与謝野寛が、北原白秋、木下杢太郎、平野万里、吉井勇と共に天草を旅した日々を記した紀行文『五足の靴』には、明治40年頃の牛深の漁村風景と花街のようすが描かれている。

※『ふるさと再発見の旅 九州2』産業編集センター/編 より抜粋



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