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「Be yourself~立命の記憶~Ⅱ」第11話

2回目のバンコク

「ねぇ、またタイに行こうと思うんだけど。」
「またぁ?!」

自宅のリビングで、コーヒーを注ぎながら、主人は驚いた顔で、そう言った。
私は、ゆっくりと真剣に伝えた。

「今の時点で分かってるのは、バンコク行かないと、この本が面白くならないって事と、肝心の彼への取材が出来ないと、また年明け予定調整して1月以降もバンコク行かないといけなくなるかも知れない、って事。」
「えぇー、年明けもまたぁ?」
「もー、ホントごめーん。彼のほうの都合もあるからさぁ。」
「もう、諦めて、自分で書けば?」
「イヤイヤ、諦めるって言葉は、私の中には無いよ!それよりも、何か大切な事がある気がしてて・・・、それでバンコク行かないといけなくなってるんだよ、私。」
「大切な事って?」
「・・・未来を作る、って事かな。ね?諦めるワケにはいかないでしょ?」
「ハハハ、まぁねぇ。」
「ね!大切な事でしょ?自分の未来は自分で作る!他の誰にも邪魔はさせない!」
「カッコイイ事言うねぇ、あなたはいつも。」
「そう?えへへへ。あなたもいつもカッコイイよ?」
「そう?あなただけだよ、そう言ってくれるの。」

そういうと、主人は照れながら、 コーヒーを飲んだ。

「そういうワケで、なるべく取材のアポイント取れるように頑張るけど、1月も行く事になったら、ホントごめん。」
「1月は決定なの?」
「まだ分かんない。彼の都合による。私は早いほうがいいんだけど。」
「まぁ、正月実家にも帰るんだから、あまり大変にならないように気をつけてね。」
「うん、ありがと。むしろとっとと終わらせて、お正月ゆっくり休みたい。」
「だよね。あー、俺も仕事終わらせられるかなぁー。」
「目標は、『実家でパソコン開かない』って事じゃない?」
「わー、俺、出来なそう。」
「私もー。アハハハ。」
「ハハハハ。」

そう言って、お互いの仕事を労いながら、忙しいのを笑い話にしている私達。
続けて私は言った。

「今回は取材として話聞くだけだし、私、ホテルに缶詰めで執筆するつもりだから。3日くらいで帰るよ。」
「まぁ、良いけど。」
「ありがとう。YさんとKさんも応援してくれてるから、頑張るね。」

こうして、私は、2度目のバンコクへ出発した。

***

2016年12月、クリスマス前のタイ、バンコクのルーフトップバー「オクターヴ」で、私は、来るのか来ないのかよく分からないニノを待ちながら執筆していた。

あれから、ニノには、メッセンジャーで色々とやり取りをしながら、執筆を始めたから取材をさせて欲しいという事は伝えたけれど、どうも歯切れが悪いというか、忙しいから無理という返事ばかりで、会う事を避けているような感じだった。
映画関係者にも会って、面白いって言われたから、映画にもするつもりだよ、とも伝えたのに。

社内のメンバーや、ビジネスパートナーにも相談した結果、押しすぎると相手が引いちゃうから、あまり押さないように、とのアドバイスがあり、とりあえず近くまで来てるから、来れるならぜひどうぞ、という程度に連絡を留めておいた私。

2日間、マリオットホテルの部屋でノートパソコンを開いて、帰国してからの事をひたすら書き起こした私は、夜はルーフトップバーの開店から閉店までお店で執筆を続けた。

その2日目の夜、20時を過ぎる頃に、バーのマネージャーの男性が声をかけてきた。ネームプレートの名前はJack(ジャック)と刻印されていた。
彼は、英語で言った。

「Thank you for coming again.(昨日も、今日もご来店ありがとうございます。)」

私も英語で返事をした。

「Yeah! Thank you for last night.(はい!昨日はありがとうございました。)」
「Please enjoy your day.(どうぞ、今日も楽しんでください。)」
「Thank you.(ありがとう。)」

そう言って、私は自分の名刺を彼に差し出して、英語で伝えた。

小説を執筆する為に長居している事と、今のところは、自分の未来や、前世などはとても良く知ってるんだ、って話を。魂のメッセージを受け取れるって事も。

それを話すと、彼は、亡くなった彼のお父さんと、お爺さんの話をしてくれた。 最近の事だと彼は言った。
私は、彼の悲しい気持ちが表情からすぐに理解出来たので、大丈夫よ、二人のハートはまだ生きてるわ、と言った。

どういう事?と分からない顔をしているジャックに私は説明した。
要するに、お父さんとお爺さんは、彼の子供として、など、また家族として生まれてくるはずだ、という話を。
ジャックはすぐに理解して言った。

「Oh,Circle!」(オー、サークル!)

そう、魂の輪廻ね。さすが、タイの人。仏教徒の人はとても良く理解してるんだって思った。
自分の身内の魂は、来世でもまた近い存在を選んで生まれてくる。 その家族に愛があれば、その分だけもっともっと近くに。
ジャックがそれだけ愛していたお父さんとお爺さんなのであれば、ジャックを幸せにする為に、すぐ近くに生まれ変わって来るって思った。多分、息子か娘としてだろう、とも。

そして、私、今、そういう事を小説に書いてるの、と話をした。タイの人なら、すぐに理解出来るような内容よ、とも。
だから、私、この本を成功させたいんだけどね、肝心の取材をさせてくれない男性が居るのよ、とも。

私は、ジャックに、この本が出来たら、このバーが日本人で溢れかえるよ、と伝えた。 話始めは、少し半信半疑のような表情だったジャックだけど、この時、しばらく店内を見つめながら、急にハッと気付いたように言った。

「I saw image.」(イメージが見える)

私は、同じ様に、未来が見える人が居た事に嬉しくなって、急にテンションが高くなって言った。

「Yeah,yeah!You can see!」(ね!ね!見えるでしょ!)
「Yeah, yeah, I see it. I understood!」(えぇ、えぇ、見えました。分かりましたよ!)
「Nice,nice!Right?I'm glad you understand.」(ナーイス!ナーイス!でしょでしょ?!良かった~、分かる人居て~。)

未来が見えるのが私だけじゃない事にホッとした私は、彼に、ニノの名刺を見せて言った。

「This guy is the key person.」(この人がキーマンなんだけどね。)
「Wow, is he a director?」(わーぉ、取締役ですか。)

そして、メッセンジャーで聞いていた彼の携帯電話番号のスクリーンショット画面を見せた。

「I tried to contact him, but he said he was too busy to come. Do you want to try to contact him?」(私が連絡しても、彼忙しいから来れないって言うの。あなたから連絡してみる?)

私がそう言うと、ジャックが言った。

「Is he important person?」(彼が重要な人なんですね?)
「Yes,yes.He has important destiny.」(そうそう、彼が重要な運命握ってるのよ。)

ジャックは、理解した顔をして、真剣な表情で言った。

「I’ll call him」(電話してみます)
「Thank you! Thank you!!」(ありがとう!ありがとう!!)

と、笑顔でテンション高くお礼を言う私の前で、ジャックは、ニノの電話番号をメモした。 私は、ジャックが階段を降りる前に、念のために言った。

「He said he was very busy, so I'm sorry if it didn't work out!」(彼、忙しいって言ってたからダメだったらゴメンね!)

ジャックは、頷きながら、階段を降りて行った。

***

顧客との会食中に、俺の携帯電話が鳴った。
知らない番号からだ。 仕事の電話かも知れない、と、ちょっとすみません、と伝え、俺は、電話に出た。

「I'm sorry to bother you. I am …a friend of Ms. Morikawa.」(お忙しいところ、申し訳ございません。僕は森川さんの・・えーと、友人です。)
「Ah..Yes?」(あー、はい?)

何で、電話が掛かって来るんだよ。・・・誰だよ。

「Ms. Morikawa told me that you are a very important customer. I was wondering if you could come to Octave on the top floor of the Marriott Hotel today.」(森川さんから、あなたがとても大切なお客様だと伺いました。本日、マリオットホテルの最上階のオクターヴに来て頂けるようでしたら、ぜひいらっしゃらないかと思いまして。)
「Uh, sorry, I'm in a meeting with a client and will be late today, so I can't make any promises.」(あー、すみません、今は顧客と打ち合わせ中でして、本日は遅くなる予定なので、お約束はできません。)
「I see... I am sorry to hear that.」(そうなんですね・・・。それはお忙しい中、申し訳ございませんでした。)
「I am sorry that you took the trouble to call me.」(わざわざお電話いただいたのに、こちらこそすみません。)
「No,no.Thank you for picked up my call.」(いえいえ、ありがとうございました。)

俺は電話を切って思った。 誰だか知らねーけど、他人を使って電話までさせるなんて、どんだけ俺と会いたがってんだよ。まったく・・・。
そう思いながら、俺は、顧客との席に戻った。

***

下に降りて電話をしてきたのであろう、戻ってきたジャックは、諦め顔で言った。

「He told me he was in a meeting…」(彼には、ミーティング中だと言われました・・・。)
「Ah...he's busy...」(あぁ・・・彼は忙しいから・・・)
「I'm sorry.」(残念です。)
「No,no,thanks for calling.」(いいえ、連絡してくれてありがとう。)
「Sorry I can't help you.」(お役に立てなくてすみません。)
「No, no, don't worry. Thank you so much. I'll be here until closing time today.」(いえいえ、気にしないで。本当にありがとう。今日も私、閉店まで居ますから。)

そう伝えて、私は、執筆を続けながら、思った。
やっぱり今日は、無理かな・・・。

そして、深夜0時。 私は、誰かの心が、スッと何か切り替わったのを感じた。
あ、これ、ニノだったとしたら、今日もう来ないね、と分かった。
そして、このままだと、私が見えていたはずの未来が実現出来ない。
そんな予感がした私は、更にその1時間後の閉店の時間になった時、ジャックが席に来たので、こう告げた。

「He is not coming. But, it’s OK! I will change my destiny. I will.」(彼、来なかったね。でも、 大丈夫。私、ここから運命変えるから。やるから。)
「When will you come to here ,next time?」(次は、いついらっしゃいますか?)
「Ah…Maybe January or February or March. Whenever it suits him. I will come here again. So trust me.」 (そうね、たぶん、1月か2月か3月。彼の都合のいい時にね。また来ます。だから私を信じて。)
「Yes, please. See you next time.」(はい、ぜひ。次に会えるのをお待ちしています。)

Trust me!(私を信じて!)という言葉と共に、ジャックと固く握手をして、オクターヴを出た私は、部屋に戻ると、また何かに憑りつかれたように、過去と未来を書いていった。 明け方5時まで。

3回目のバンコク

日本に戻った私は、クリスマスとお正月は家族の為に時間を使うと主人に話をして、1月下旬にバンコクに行く事を決めた。

年明けに、日程の候補を1月20日から26日までと決めて、ニノにメッセンジャーで連絡をしたところ、やっぱり歯切れ悪く、なんとか会わないで済むような言い訳ばかりをして、予定を空けてくれない。

社内で刈谷さんに聞いてみたら、「よっぽど彼女から怒られてるんじゃないですか。」と言っていたので、私は「仕事だって言ってるのに何、勘違いしてるんだか。」と鼻で笑った。
それを見て金さんは「よくこの短期間でここまでドライになったわねぇ。」と感心していた。

多くの失敗は、過ぎ去ってしまえば笑いごとだ。
そして、それを糧にして進むしかない。

そして、私は大抵の事は、仕事に変換する仕事人間だ。

私は、1週間も候補をあげていて、しかも、たった2時間でいい、と言っているのに、予定を空けないニノに対して、少し怒っていた。
ああだこうだ、散々やり取りをして、粘り強く交渉をした結果、怒っているのが、やっとメッセージで伝わったのか、空いているのは20日の夕刻のみ、と返信が来た。

よっっっっっっしゃー!!!!!!
っしゃ!っしゃ!

ガッツポーズで、こぶしを握りしめて、肘を後ろに2回引いた私は、早速チケットの空席を調べて、飛行機とマリオットホテルを予約した。

***

彼女との約束の当日。 俺は18時前にマリオットホテルのオクターヴに着いた。
あれから、3か月近くが経とうとしている。なんか既に遠い記憶のような気もするが、この通路やエレベーターを、淡い恋心と一緒に上った事は、昨日の事のように思い出せる。
俺はオクターヴ行きのエレベーターに乗って、47階のボタンを押した。

・・・いや、やっぱりまた今回も緊張してるわ! なんだ、前回、空港へ行った時とほぼ変わらない感情じゃないか。俺、スゲー、ドキドキしてるけど?
どうしたらいいんだ、コレ。
とりあえず、前回の彼女の言動は、全て無かった事に。俺の事を好きだって言った事とか。あの手紙は、とりあえず、彼女が俺の事を好きだって言ったあのくだりで、貰った事にしよう!
そしたら、俺の事を好きとか言ってないって事に出来るだろ。
もう好きとか言い出しそうな雰囲気にならないでくれ! 

とにかく、どうやって、良い雰囲気になりそうなのを打ち破るか、必死に考えていた。そして、彼女との関係を断ち切る為の流れを作ろうとしたんだ。
だって、俺、婚約者居るんだもの!


エレベーターを降りて、右へ曲がり、バンコクを一望出来る風景を眺めながら、更に右へ曲がった階段を登り切った所に、彼女が居るハズ・・・と思ったら居ない。 しかも、夕方の6時前なのに、すごい人の多さだった。 座る席ねーし! なんで、彼女は居ないんだよ・・・。 下の階か? と思って、階段を2,3段降りたところで、彼女が上がってきた。

「あ、ニノー!!ごめーん!あー、先に来ちゃったかー・・・。」

笑顔と困り顔が混じった顔の彼女が言う。 俺は、やっぱりなんかスゲー緊張した。

「あ・・・なんか、座る席なくてさー・・・。なんかスゲー人沢山居て。」
「大丈夫、大丈夫。席あるから。部屋に忘れ物取りに行ってた、ごめんね。」

そう言って、部屋のカードキーを見せた彼女は、前に二人で座った席に案内した。

「ここ、私の席だから。マイシート。ここに来た時はいつもここなの。」

・ ・・それって、俺達が座った席だから、って事か。
で、ここに泊ってるのか。
こんな雰囲気で、彼女と一緒に飲んだりしたら、この後どうなるんだよ、俺。
・・・襲われそう。

彼女にペースを握られたくない俺は言った。

***

落ち着かない様子の彼が言った。

「飯食いに行かない?」
「え、お腹空いてるの?」
「まぁ・・・まだ我慢できるけど。」
「なら、いいじゃん。お店出ると戻ってこれなくなるよ、席無くて。」
「だよね・・・。」

彼は、自分の飲み物を頼むと、落ち着かない様子で辺りを見回していた。
私は、自分の飲み物だけ残っていた分を飲みながら、彼の飲み物が届く前に新しいのを頼もうかなって思っていたのに、彼は言った。

「いやね、この近くにシーフードのお店あるんだよ。エビ食べれるからさぁ・・・。」
「あ!エビ食べたーい!・・・いや、でもここ出たら戻って来れなくなるからそれは困るわ。」
「そうだよね・・・。」

で、彼のビールが届いたタイミングで、ちょうど私の水割りが無くなったので、おかわりを頼んだから、乾杯が出来なくなった・・・。

「・・・混んでて、私の飲み物届くの遅そうだから、先に飲んでていいよ。」
「いや、まぁいいけど。」
「まぁ、私はあなたのそのビール少し貰いながら待っててもいいんだけどね。」
「いや、これは俺が飲むよ。」
「・・・あ、いやー、私、こういう事するから、男の人に勘違いされるんだった。一口ちょうだーいとかさー、平気でやっちゃうんだよねー。」
「・・・そうなんだ。」

そして、色々と話し始めた。この近くのレストランの話とか、とにかく何でか今日人が多いねって話とか。
何なんだろう、彼の緊張というか、何か思惑を隠してそうな感じとか、そういうのを感じたので、もう私、言ってあげようと思って、言った。

「あなた、勘違いしすぎなんだって。」
「・・・・。」
「そんで、あなたよりも、私のほうが真面目。でしょ?」
「・・・そうだね。」

彼は、小さな子供のようなバツの悪そうな顔で言った。

「私たち、ただの友達でしょ?それ以上でもそれ以下でも無いじゃん。」
「まぁね・・・。」
「それで、あなたの事を取材したいって言ってるのに、何でそんなに断るわけ?ワケ分かんないよ。」
「・・・。」
「あなたが私の事、信じてないから、イチイチ、私の未来が見えなくなるんじゃん。意味分かる?」
「分かんない。」
「・・・えーとね、この世の中は、普通の人には見えない物質が空気中に存在しています。」
「・・・。」
「私は、それを感じる事が出来るんです。普通の人と違うから。」
「・・・。」
「信じてる人が多ければ多いほど、夢は実現するのよ。そういうものなの。」
「・・・。」
「だから、私が見えている未来を、信じてない人に邪魔されるのが困るの。」
「・・・」
「だって、あなた主役なのに、取材もさせてくれないってどういう事?これ、書籍にして映画にもするんだよ?」
「・・・そうは言ってるけどさ・・・」
「私、16歳でメジャーデビューするって上京して、3年でテレビ出て本当にデビューしたでしょ?その時と同じだよ。」

そう言って、私は、現時点で話をしている業界関係者の人や、映画化するまでの企画の話をした。

「私が、未来が見えてるって話も、信じてないんでしょ。」
「まぁ、それは半分くらいしか。」
「魂のメッセージを受け取れるって事も信じてないワケ?」
「だって、あれはそもそもさぁ、カラオケで受け取ってないし。」
「は?」
「ばんやで受け取ったでしょ?」
「は?何言ってんの?あれだけ感動して、あなた泣いたのに、覚えてないの?」
「だから、君の記憶違いで・・・。」
「いや、そんなワケないでしょ。証拠見せるよ。」


そう言って、1日目の居酒屋ばんやでの会話を見せる私。彼、私が好きだって言った事を無かった事にしようとしてるのかも知れないと思ってそこを見せた。 好きです。って間違って言った瞬間の私の気持ちも書いてある。 (あれ?違うぞ、違う。何言ってんの私・・・)っていうくだり。 それを読み終えた彼に、私は言った。

「ね?だから、手紙渡したのはスナックだったでしょ?」
「そうだね。」

彼が少しだけ笑顔になった。

「昨日、メッセンジャーで私たちの前世の記憶が分かったよ、って連絡もしたでしょ?」

私が言うと、彼は言った。

「あぁ、それ何なの?」

***

そこからは、彼女が今、この話を仕事にするべく動きながら、どんな生活を送っているか、教えてくれた。
共働きで、週3日は家事をアウトソーシングしている事や、旦那さんが家事も育児も相当こなしてくれている事も。

「俺には真似できないな。」

と、ボソっと言うと、彼女が言った。

「やー、そんな人とは結婚できないわー。」
「俺だって、あなたとは結婚したくないよ。」

笑いながら俺が言うと、彼女が言った。

「まぁ、同じ方向を見て進める事が一番だよね。」

未来が見えると言っている彼女は、迷い無く、キラキラした瞳で展望を語っている。
俺はどうなんだ。
このまま今の婚約者と結婚出来るのか?そして、子供は出来るんだろうか?

「ねぇ、俺の未来は見えるの?」
「あー、そうだねぇ。まぁちゃんと心を開いてくれれば、たぶん。」
「そうなの?」
「うん、私、アカシックレコード、覗けるみたいなんで。分かる?」
「まぁ、大体どういうものなのかは理解してるけど。俺、仏教徒だから輪廻転生は分かるよ。」
「あ、そうなんだ!ならば、話は早い。見てみましょう。」

そう言って、彼女は、俺の目をじっと見つめた。
うーん、くそー、やっぱなんかドキドキするな・・・。 いやー、ダメだ!耐えられん!
俺は、顔をそむけた。

「あ、ほらー。だから心を開いてないと見えないんだってば。」
「いや、やっぱいいや。俺の未来は俺がなんとかする。」
「まぁ、そのほうがいいかもね。どうせ、現時点からの未来しか見えないし。ところで、 私たちの前世は分かったよ。」
「あ、昨日メッセンジャーで言ってたよね。何?」
「もう書いといた。コチラをお読みください。えーと、どこだどこだ。あ、これね。」

そう言って、彼女は席を立って、俺のほうにパソコンを向けて、見るように促した。 俺は、彼女のノートパソコンを覗き込んだ。

***

私、彼の妹だった。
私・・・、知的障がい者だったんだ。 そして、彼は、その時、私のお兄さんだった。

勉強は出来ないし、見た目にも頭の中が普通と違う子だなって分かるから、外では、私と一緒に居るのが恥ずかしかったんだろう。
大きくなったら、あまり一緒に出歩かなくなった。でも、家では、私、お兄ちゃん、お兄ちゃんっていつも甘えていた。
彼はいつも戸惑いながら、困りながら、でも一生懸命、私を可愛がってくれていた。
でも、お互いの気持ちはいつも分からなくて。
彼は彼なりに、私の気持ちを分かろうとした。でも、私の気持ちは、うまく表現できなくて。言葉で表現出来ないから、いつも空回りして、伝わらなくて。
どうしようも無かった。表現する術も無かった。

ただ、面倒になるような事ばかり言って、彼の周りの人にまで迷惑をかけて。 周りの人には、障がい者の妹が居るって目線で見られていた兄。
障がい者の私は悪くない、いつも、悪いのはきちんと面倒が見れていない兄のほう、という事にもされていた。
私と一緒に居なくてよくなった時に、彼はホッとしただろう。
現世と同じだよ。

魂の関係は、いつも同じ気持ちを繰り返す。前世でも現世でも、来世でも。
これが、運命のレコード。アカシックレコード。全ての人の運命が刻まれたレコード。

私は、バンコクのルーフトップバーのオクターヴで、彼と会う前日に、それに気付いて涙が止まらなかった。
バンコク時間で、1月19日木曜日の20時46分。

私、ただあなたに本当の事を伝えたいだけだよ。私たち、家族だったって。
だから、昔、好きだったんだよ、お互いに。すれ違ってばかりだったけど。 お母さんの言っていた通りに、あなたがもっと素直だったら、こんなにすれ違ってなかったんじゃないかな。

私、今は、ただ、あなたの成功と幸せを祈っているだけなんだって事。だって、家族だもの。当たり前だよ。今の家族も同じでしょ?

メッセンジャーのテキストだけだと、全く伝わらない私の気持ち。この事を伝えに、私、またバンコクに来たんだよ。
最初は本当に取材のつもりだったんだけど、この場所に来て、やっと、本当に伝えるべき事に気付いた私。

私たち、家族だったんだよ。離れていても、心はいつも繋がってるんだよ。 だから、寂しくないよ。独りじゃないよ。 あなたの今の家族も同じだよ。

だから、安心して心を開いて、お互いにハグしよう。前世で別れた魂の、現世での再会の日が、今日、今この瞬間なんだ。

夕方に彼に会うって分かっていた前日の13時45分、彼にメッセンジャーで、「私、前世でのあなたとの関係に気付いたよ、明日教えるね。」 って送った後に気付いた、私たちの前世のもっと深い背景だった。

***

読み終えた俺を笑顔で見ている彼女に、俺は、元気良く言った。

「やっぱ、来世で結婚するかぁ!」
「アハハハ!そうだね。ウチの主人が神になっちゃって、来世で見つからなかったらね。」
「何、旦那さんそんなスゴい人なの?」
「うん。会社の人に菩薩って呼ばれてるもん。ウケるでしょ。」
「何で菩薩?」
「そもそも、前回のあなたとの出来事全部知ってるのに、またバンコク行かせてくれたんだよ?2回も。今日会ってる事も知ってるし。」
「何を話したの?」
「全部。私の主観だけで書いた初稿を読ませたから、起こった事実と私の気持ちは分かってる。」
「旦那さん、本当にスゴい人だね。」
「うん。私、超愛してる。来世は神になりそうなのも知ってる。」
「あ、アカシックレコード覗けるから?」
「うん。でも、主人のはあんまり見たくないんだ。私の希望通りじゃないとショックだから。」
「まぁ、だよね。」

俺の運命はどうなってるのか、気になった時に彼女が言った。

「まぁ、私たちは、普通に続きの未来を作っていきましょうか!普通の人はまだ白紙だよ! 私はたまたま見えるだけ。思ってたのと違ったら、また別な未来を描くだけ!」
「君・・・、面白いね。」
「でしょ?エヘヘヘ。お互い頑張りましょ。」
「そうだね。」
「経営の事で困ったら、何でも言って。ウチの主人、結構すごくて、私いつも相談してるし。私もたまに相談されるし。頼りになるよ。」
「いやー、旦那さん、俺の事どう思ってるの。」
「こないだ聞いといた。私の事をおもてなししてくれた良い人でしょ?だって。」
「それはありがたい。」
「私とあなたがどんな気持ちでエビ釣り行ったか知っててそう言ったのよ?」
「・・・・えぇ!?!?マジで?」

俺がデートのつもりだったの、バレてんの?

「マジで。菩薩でしょ?」

お互いに淡い想いを引きずりながら、再会していた事を、理解しているはずの彼女は言った。

「菩薩だわ・・・。来世は神になるわ・・・。」
「そんな主人と結婚した私。裏切るワケにいかないでしょ?」
「・・・そうだね。いや、旦那さん、ホントすごいよ、すごい!本当にすみません、って 思うもん。」
「何に対してよ。」
「あなたの奥さんのハートをがっちり掴んでしまってすみません!って。」
「・・・バカじゃないの。」
「あれ?ちょっと照れてない?」
「・・・バカじゃないの。」

彼女は、そう言うと、テーブルの上のノートパソコンをしまい始めた。

「部屋に戻るの?」
「うん、色々と目的は果たしたんで。」
「何、目的って。」
「男女平等とそれぞれの生き方に、愛と信頼をって事が理解出来たならそれでいい。」
「愛と信頼ねぇ・・・。」
「信じてる人を裏切ってはいけません。」
「まぁ、そうだね。」
「どこからが裏切るって事なのか、って言うと、人それぞれだけどね。」
「うん。」
「私は、日本人らしくないから、ほっぺにチューするくらいどうって事ない。」
「俺は無理だな。・・・いや、そうでも無いか、されるほうなら。」
「あ、そうなんだ。タイではモテるって言ってたもんね。」
「・・・あなたの旦那さんの気持ちが心配になるよ。」
「うーん、相手が私に本気になるかどうかが問題なんじゃないの?」
「あんまり、心配させないほうが良いよ。」
「そうだね。ありがと。気を付けておきます。」
「じゃぁ、行こうか。」
「うん。」

そして、二人で席を立った。
今更、彼女とどうこうっていう気持ちはもう無かった。
ただ、前に来た時とは、全然違う気持ちとシチュエーションで、 エレベーターに乗った。

彼女に「出口まで送るよ」と言われて、1階まで降りて、一緒にホテルの車止めまで出た。
ちょうど帰宅時間帯だったせいか、タクシーは出払っていて、まだ来ていなかった。 出口の正面にあるヤシの木が、ザーっと音を立てて揺れた。
迎えに来た乗用車に乗り込む人たちがチラホラしている。

つい先日、あんなにドキドキしながら過ごしていた日々が、嘘のようだった。 やっぱりあれは、夢だったんだよ。幻想だったんだ。
俺はずっと、彼女の幻を追いかけていただけだったんだよな。
実際の彼女は、こんなにも、大人で、やっぱり俺はまだまだ子供だった。
同級生って大体こういうものなんじゃないだろうか。 そう思っていたら、出口のところで、彼女が言った。

「じゃぁ、本当にありがとう。色々楽しかった。本当に。」
「こちらこそ。」
「ハグしましょうか。」
「そうだね。」

彼女を見ると、清々しい顔で、両手を広げて前に突き出している。俺の心は決まった。 まったく・・・警戒心無くて、危ないヤツだな、君は。 そんで、こうしないと、分かんないんだろ?

両手を広げた無防備な彼女の顎を、俺は、右手で少し上げて、キスをした。 高校の時と同じように。 驚いた顔のまま、固まっている彼女に俺は言った。

「旦那以外の男には、気を付けろよ。」
「・・・・もぉぉぉぉー!バカじゃないの!」
「じゃぁね。」

俺は、彼女の顔を見ずに手を振りながら、ホテルを後にした。

第12話に続く
↓↓↓

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