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島日記 花言葉は無視する

花の名前を調べると必ず花言葉が載っている。
私はずーっと前からこの花言葉を無視してきた。
いったい誰が決めたのだろうか。

神話や物語などが起源の命名はわかるが、つけた人の花のイメージが、その花のメッセージになるなんて、そんなのおかしい。
贈り物の花を花言葉から選ぶ人もいるという。
不吉な花言葉をつけられた花も不憫である。

黄色いバラが「嫉妬」?アジサイが「移り気」?
知られた花言葉だが、そんなの全く意味のない言葉だ。
色が変わっていくから移り気なんてどうかしている。

なんだか一人ムキになってしまったが、花言葉はバレンタインデーのようなものだと思っている。
チョコレートに付加価値をつけるように花にも意味を持たせているのだろう。

人のイメージよりも自分で感じたイメージを大事にしたい。
惑わされずに花言葉は自分でつければいいと思う。

アジサイの新芽が勢いよく出ている。
クチナシの花芽もついている。
雨や初夏の季節を感じさせる気配だ。

種まきしなかった庭も多年草や宿根草、草花が花開いている、道端や畦道にも小さな花が咲き乱れている。
晩春の景色を焼きつけに出かけなくては。

タイトル画像は我が庭のコデマリ。
よそは終わりかけだがうちは遅咲き。

クチナシのつぼみ
香りがよみがえる
今日は黄色の花を撮った

日陰の庭はセリ、ミツバなどでおおわれてきた。
ミョウガもミント類も混じってきている。
増えているが食べられるのでそのままにしている。
菜飯にして新ジャガ新タマのお味噌汁、コサン竹の炒め煮で遅めの朝ご飯を食べる。

竹と下弦の有明月
ススキと下弦の有明月


花言葉が好きなひとごめんなさい。
今日もお付き合いくださってありがとうございます。

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