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【5分小説】泣きたい酔っぱらい

お題:たった1つの希望
お題提供元:スマホアプリ「書く習慣」より
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 ラーメンが食いたい。
 アルコールで朦朧とした頭でぼんやり思った。

 街路樹にもたれて夜風を感じていると、居酒屋から聞こえる喧騒も、雑居ビルの光る看板も、どこか他人事というか、別世界で起こっていることのように感じられた。

 その世界の表層に、落ちきれないかさぶたみたいに、俺の存在がぺらりと乗っている。そんな感じ。

「先輩、大丈夫ですか」

 振り返れば、後輩の山越である。

「ラーメン……」
「ラーメン?」
「ラーメンが食いたい」
「飲み過ぎですよ」

 この業界の経験年数は俺より半分なのに、俺より仕事ができる、K大卒のエリート。

「水飲みます? ベンチ座りますか?」

 嫌な顔ひとつせず仕事をこなし、誰に対しても物腰は柔らかで、非の打ちどころのないヤツ。社内で彼を嫌いな人間はいない。

 俺以外は。

「ラーメンだって、言ってんだろ」

 コイツがこの部署に来たから、俺は飛ばされたんだ。

「何で分かんないかなあ。豚骨の、こってりの」
「どうしたんですか。なんか、変ですよ」

 俺はコイツが憎い。顔を見るたびに嫌気がさす。コイツさえいなければ。

「違う違う、醤油だ醤油! さっぱりの、それでいて背脂たっぷりの」

 何が一番嫌いかって、コイツを憎んでしまう自分自身だ。何も悪くない後輩を、こんな風に困らせてしまう自分自身だ。

「やっぱり塩みそ坦々麺ニンニクカラメ……」
「先輩」

 山越が俺の背中に触れる。

「気を落とさないでください。僕、分かってますから。先輩がこの部署の誰よりも頑張ってたこと」
「うるさい!」

 思わず彼の手を払いのけてしまった。
 戸惑うK大卒の顔なんて、見ものじゃないか、なんて考えてしまう自分がいる。
 ごめん。ごめん。そんなつもりは。

「ラーメン……食いたいんだよ……」

 俺は最低だ。街路樹にもたれてうずくまる。
 再び山越の手が背中に触れる。優しく背中をさすられる。

 懲りないヤツ。
 これじゃ、どっちが年上だか分からない。