死者の声に耳を澄ませて/石津日出雄

読了日 2021/02/11

ある一人の法医学者の日記のようなもの。
後半になるにつれ、記念式典の代表者の手紙となっていくのが残念だった。
法医学者の回想という副題がついているくらいなので、法医学関連でご自身が記憶されている印象的な出来事に対して深く書かれているともっとよかった

まあ本人が前書きの時点で、自分の反省を孫たちに知ってもらうための本命と銘打っているので仕方ないかなとは思う。
とはいえ、一人の医学部生が法医学には興味がなかったが、結局のところ一生を費やすまでの日々が大ざっぱでも綴られているのはおもしろかった。
著者はもともと産婦人科医になるつもりだったのだが、時代の潮流に流された結果の道というところが興味深い。こうした潮流に今後の若者が乗ることもなければ、潮流を起こすこともないだろうな。

途中に著者の結婚と子どもの命名についての閑話が差しこまれる。
正直なところ必要な話なのか? と最後まで読んだ結果、まあ法医学者の話題としては必要なかったな。血縁関係のありがたみが、このあと記される陰惨な事件と対象的に語られる……ということもなかった。
ミステリー詳説の読み過ぎでした、すいません。

アナフィラキシーショックについて研究していた点については興味深く読めた。深く知りたいので関連書籍があれば買うだろう。
著者もこの分野になら相当自信があるようで、聞かれもしないのに裁判で胸を張ってショック死なら任せてくださいと答えている。

アメリカ留学中のエピソードが読んでいて特におもしろかった。
事件にかかわらせてもらいながらも、法医学者としえば定番の、その後はどうなったか分からないモヤモヤの残る話もあった。きっと役に立ったと思う。それで救われた人間も必ずいるし、裁かれるべき人間も正当な評価をくだされたはずだ。
それと研究者とはいえ、やはり人は人なのだ。
著者の実験手法を疑っていた科学者と、実験を踏まえて和解していくエピソードはよかった。
反して、著者から無理やり実験手法を習うだけ習ったらあとは無関係な他人振る舞いをする研究者もいた。
こうなるとお国の違いではなく、人は一人一人まったく違うのだと思わされる。

違いといえば血液型。
私はB型で、兄弟そろって同じ血液型で、奇しくも父と同じである。悲しいかな。母と同じ血液型はいない。
しかし世の中半数近い人間が血液型を誤って記憶しているというから、異なってくれていてもいいのになあと思わなくもない。
本書の中には、成人したわが子が夫婦のあいだで生まれる可能性のない血液型と知って愕然としている男性が書かれている。
まあなんてことなく、本人の血液型の記憶が誤っていただけで、わが子と男性は同じ血液型ということで丸く済んだ。

丸く済む話ばかりならいいが、そうもいかないのが現実ときている。
独身男性と既婚男性と同時に交際していた女性は出産したが、子の父親がどちらか分からないなんていうぜいたくなエピソードがあった。
母親はどちらにも認知請求を行なうというよく分からない暴挙に出たが、女性裁判官はやはり頭が良いので、まあどっちかが父親でしょ? ということで一気に四人(母、子、独身男性、既婚男性)の鑑定をした。
結果は既婚男性の子だったというのだから、この話はどう丸く収まったものやら。

ほかにも身障者施設にて、重症身障者の女性が妊娠したがなぜ? 相手は? やむなく中絶するしかなかった事件の父親を鑑定によって探す。
また75歳という年齢の男性は、関係をもった若い女性が連れてきた子供がわが子かどうか疑う。

法医学者の書いた本は何冊か読んだが、かなり薄味だったことは否めない。
反面、入門くらいの気持ちならおもしろく読める。留学中の話などは他にはないエピソードなので興味を引かれるし、アナフィラキシーショックの研究はちょっと難しい(か、私の理解力が足りないか)。

また一人、法医学者の人生を追想させていただきました。感謝します。
それと、亡くなられた方、やむを得ず生命を絶たされた方々のご冥福を祈ります。

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