見出し画像

(物語・小説)リスのトム ~ 子供か 大人か ~

 子リスのトムは、緊張していた。手のひらにリスと書いては、何度も飲み込むほどに。今日は、リス学校の卒業試験の日。これに合格すれば、一人前の大人として認められるのだが、トムは全く自信を持てずにいた。

 トムは他のリスより小柄で、走るのも速くない。
(駆けっこの試験で、いい成績を取るなんて僕には無理だ。)
 そう思うのであった。

 トムは、大人のリスに憧れていた。憧れが強すぎるが為に、自分と彼らを比べてしまうほどだ。大人のリスは力持ちで、足が速くて、賢くて。それが眩しくてしょうがないのだ。
 しかし、そのどれもが自分には無い。トムは肩を落とし、自信なさげに俯いた。
(もし試験に合格できなかったらどうしよう。)
 そんな不安を抱えたまま、トムは試験に向かうのであった。

 大人のリスがキーキーと合図の雄叫びをあげる。駆けっこの試験が始まったのだ。トムは一生懸命に走るのだが、思った通り。他の子リス達はどんどん先に行ってしまう。
(やっぱり、僕なんて大人のリスにはなれないんだ。)
 そんな事を思いながら諦め足を止めようとしたその時、トムは生い茂った草むらの中で誰かが泣いているのに気が付いた。

 茂みをかき分け、中を恐る恐る覗き見ると、大きな鷹が足に怪我をして泣いているのが目に映る。
(怖い!!食べられてしまう。)
 トムは逃げようと思った。それに、グズグズしていたら試験に落ちて大人のリスになれないかもしれない。
(でも。。。)
 鷹は助けを求めるように大粒の涙を流し、悲しげな声を出している。

(このまま、放ってはおけない。)

 トムは自分の身に着けていたタスキを取ると、鷹の怪我をした足に巻き付け始めた。

 鷹は言った。
「坊や、俺が怖くは無いのか?」
 トムはタスキを結びながら答えた。
「怖いよ。僕は弱虫だから。でも放っておけないよ。」
 鷹が言った。
「立派なもんだ。坊やなんて言って済まなかったな。お前の様なリスは中々いないぞ。見たことがない。弱虫だなんてとんでもない。勇敢で優しいリスだな。おかげで、痛みが和らいだ。ありがとな。」
「僕が、勇敢で優しいリス。。。?でも、もう試験は落ちたも同然なのに。」

「おい、何を落ち込んでいるんだ?。。。ああ、なるほど。そういえば、リスが大人になる為の試験があるって聴いたな。その試験中に俺を助けたの か?」
 鷹は少し驚いた様子で言った。
「そうだよ。僕は、大人のリスになれないんだ。もう遅いかもしれない。だけど、走らないと。」
 トムは肩を落とした。
「よし事情は分かった。恩返しは、ちゃんとするからな。」
 そう言うと鷹は、トムの肩をつかみ空へ舞い上がった。 

「このまま、ゴールまで一直線だ。俺はなかなか速いんだぜ。それに、お前は小柄で軽いからスイスイ飛べるぞ。これで駆けっこの試験で、一等賞だ!!」
「駄目だよ!!ズルだよ!!それじゃあ、他のリスたちが僕を大人だと認めてくれないよ。」
「何を言っているんだか。」
「僕は、大人になれないんだ。」
「。。。ゴールに着けば、分かる事さ。」

 あっという間にゴールに辿り着いた二人。鷹が足を離すとトムは青ざめた顔で周囲を見渡した。大人のリスたちが、こちらを睨みつけているのが分かる。
「キーキー!!キーキー!!」
 リスたちが怒り雄叫びを上げる中、鷹が大きな声でそれを遮った。

「こいつは、勇敢で優しい大人のリスだ!!誰が何と言おうと、俺はそう思うぜ!!自分の不利益を承知で、俺を助けたんだ。怪我した俺を、怖がりながらも助けてくれたんだ。こんなに立派な大リスがどこにいるって言うんだ。それにな、自分が大人になれたかは、他人に決めて貰う事じゃないんだぜ!!」

 鷹の叫ぶ様な、しかし訴えかけるような声を聴き、ザワザワと顔を見合わせるリスたち。その合間をぬって、年老いたリスがゆっくりと前に出て近づいてくる。この群れの長である。

「その話、にわかには信じがたい。」
「なんだと。俺が嘘をついてるって言うのか??」

 そう鷹が食って掛かると、長老は首を横に振った。

「早まるでない。そんなに勇敢で優しいリスがいるわけがない。とても信じられない話だ。もし、そのような誇り高いリスがいるのなら、喜んで大人として群れに迎え入れよう。いや、トムを群れの誇りにしようと思う。」

 その言葉に、大リスのトムは感激していた。自分は、無事に大人になれたのである。いや、既に大人になっていたのだ。

この記事が参加している募集

スキしてみて

私の作品紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?