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坊主の魔法は、その日ばかりの思い出を作る魔法だった。

「その日ばかり」は休日だったのにも関わらず起き抜けに、まだ寝ている坊主を起こすことにした。梅雨空が続いていたからだろうか、久しぶりに部屋に入る光の明るさを感じたからなのだろうか。

夏至が近付き、早朝から明るいのは気分を良くする。陽を長く感じることが出来るが、実際は梅雨の影響で曇り空が多く、太陽の光を浴びるその体感がより貴重なもののように感じてしまうからのような気もする。

「ほんとに陽が延びたねぇ」

なんて口に出すのは、私だけの口ぐせではないはずだ。

我が家の坊主は、見た目には普通だが、彼にしか分からない心の不安やカラダの不調を抱えて生きている。それを無理に私達が理解しようとしても、それが出来ないということも理解してきた。

朝の陽光を浴びて散歩をする習慣は、自律神経を整えるのに効果的だと病院の先生や、書籍からも教えてもらった。普段から整っていて、整い見本市にも出展されそうな私が、坊主を誘い散歩に行くことにしている。普段から坊主とは小学校に登校する前、私が出社する前に散歩している。

本人が、寝惚けながらも散歩に「行く」と答えるのは、私達が「行った方がカラダに良い」と説明したことよりも、本人のカラダの中からの実感の方が強いからだと思う。特に散歩を強制したりはしていないので、雨の日や坊主の気分によりムラがある時は行かないでいる。

私は、最近坊主との間で流行っている魔法で起こすことにした。

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」

詳しくは物体を浮遊させる魔法だが、とりあえずこの魔法を何十回も念仏のように耳元で唱えながら、寝ている坊主を無理矢理浮遊を装いながら力任せに立たせるという方法だった。

「私の魔法にかかれば君は起きざるを得ない。さあ、散歩に行く時間だ」

坊主は、無理矢理浮遊させられている時から、私の念仏のような魔法により朝一番で笑いながら納得して答えた。

「ちょっと発音違うし。行くならそのまま浮遊させて連れてってくれればいいじゃん」

起き抜けに偉そうに魔法を語る坊主に着替えを促し、私達は散歩に出ることにした。

坊主は、ハリー・ポッター好きの友人からUSJ では、杖を振ると実際にアトラクションが反応して魔法を使っているように見えるものがあると教えてもらったらしい。すぐに影響されて帰ってくる。

その日から「杖が欲しい。USJに行きたい」と一人で動画を見ながらイメージトレーニングをしていた。

そして私はなにより、この瞬間が来るのを待ち望んでいた。

「映画も見たこともない。本も読んだことがない。そんな魔法使いを、私がUSJに連れて行くと思うかい」

坊主は、普段から怖い映像や大きな音がする場所が苦手で目や耳を塞いでしまう。だから必然的に坊主が選択する方法は一つだけになる。

「じゃ、全部本を読むよ」

もう一度言う。私はなにより、この瞬間が来るのを待ち望んでいた。

「君はついに、本に呼ばれたようだね。魔法を心から欲した人にしかその本を読むことは出来ないんだ。どうして、こんなにも世界で読まれているか知っているかい?それは、魔法を信じているからだ。もちろん私もその一人だ。使えるしね。よし。用意しよう。これは、君が魔法使いになれるかの試練だ。最初からその権利を奪うことはしないよ。君にも魔法使いになって欲しいしね。無論私は、君がこの先読まなくなっても、もう一度今から全てを読み返す。たとえ一人でもだ。私はすでにもう一度ホグワーツに入る準備は出来ている」

「それ知ってる。学校のことでしょ」

「それが正解かは、読めばわかる」

こうして、坊主はホグワーツ魔法魔術学校へ入学した。そして、本を読むことをなんとか続けている。どこまで読み続けるのかは知らないが、本を読むという行為を自ら選択した。私は、本が好きだが読めと強制はしない。ずっといつか呼ばれる時がくるからと言い続けている。

唯一、私がしていることと言うならば、私が本を読むその姿を生活の一部みたいに、当たり前のように見せていることだ。読むことが普通だと。そして、そんなことに拘らずとも結局、私は夢中になって全部を読み返している。

散歩は、ハリー・ポッターの話題が比較的会話の中心になっている。読み終えたところまでの内容を私に自分の言葉で教えろと伝えているからだ。

その日、坊主が歩きながらこんなことを言ってきた。

「ねぇ。ハリー・ポッターは蛇語が話せるらしいよ。話してみたい」

坊主は、偉そうに大股で闊歩し手を大きく振っている。

「君は蛇を見たら真っ先に逃げるだろう。ましてや触れもしない。そして対峙した瞬間から怖がることは分かりきっている。恐怖心は蛇にだって伝染する。話すも何もないだろうなぁ」

私の家は比較的爬虫類に対して寛大で、なんなら毎日でも会いたいと思っている。だが私は、いまだに蛇と対峙する恐怖心に勝てない坊主に「その日ばかり」は現実を教えてあげた。

私は、家族以外からは門から家まで500メートルくらい続くアプローチの先に噴水があり、色とりどりのお花が咲き乱れる庭があり、その先にお城みたいな豪邸が立っているように見せる魔法をかけている。そして、その噴水で子供達の上履きを洗っていた。

家族以外に実際にどう見えるのかは、聞いたことがないから知らない。私の魔法できっとそう見えているはずだ。

私は噴水で上履きを洗うのが嫌だったので、とりあえずお城の中にいる坊主の姉と呼ばれる先輩魔女に変わりに洗って欲しいと真摯にお願いしてみたのだが、先輩魔女は私に対して「闇の魔術」を使いそうな勢いで断ってきたので、「闇の魔術に対する防衛術」を習っていない私はしょうがなく、いつも通りに結局上履きを洗うことになっていた。

坊主が、庭園に出てきて私に話しかけた。

「カナヘビを捕まえた」

その手にしっかりと確かにカナヘビを捕まえていた坊主は、カナヘビを入れるケースを私に用意させ、カナヘビの居住環境を提案し、私にそれを素早く指示した。

私は、言われるがままにケースにヤシガラマットを引き、シェルターを用意し、バスキング用に枝もセットした。坊主はそれを確認し、OKを出すとカナヘビを逃げないように安全に入れてから次の指示をした。

「カナヘビが食べる昆虫を探しに行こう」

カナヘビが食べる昆虫とは、小さいバッタやクモなどがそれに当たるのだが、坊主はクモが触れないので私に捕まえさせようとする腹積もりが見て取れる。

「とりあえず庭でみつけてみたらどうだい。なぜ庭にカナヘビがいたと思う」

「エサがあるから」

「その通りだ。それがわかっているなら簡単だ。もしかしたら、ミミズも小さいのなら食べるかもしれない」

とりあえず、私達は手分けして昆虫を探し始めた。私の魔法により、まるで森と言われても誰も気付かないように見える私のお城の庭園は、生態系がしっかり作られている。私は、その中でも控え目に置いてある植木鉢を持ち上げてみた。

湿った土の上でグニョグニョと動くミミズのようなものを見つけたが、ミミズにしては色が黒い。一瞬ナメクジやヒルかと考えたが、次の瞬間には無意識に掴んでいた。

「おい‼️蛇だ」

それは、体調10センチくらいの幼体の蛇だった。まだ生まれてそんなに経過していないのかもしれない。目の色が深い青みがかり神秘性を伝え、その鱗もまだ柔らかく感じるようなとても可愛い蛇だった。「ほら。ほら」と坊主に渡そうとするが、坊主は案の定怖がって触れない。

「噛まないの?平気?飼いたい。どうしよう」

「そうだなぁ。まずこの蛇が何の蛇か調べないとな。それに君はカナヘビを飼うんじゃなかったのかい」

私は、幼体の蛇をハンドリングしながら坊主に語った。蛇の体温は冷たく、黒いカラダはより黒く光って見える。私の手のひらの温度が原因で体調が悪くならないか心配になったが、坊主は、私が悩む間もなく一瞬でケースを開きカナヘビを逃がした。代わりに入ったのがその幼体の蛇だった。とりあえず、湿気を確保しなければならないと坊主は霧吹きを持ってきてケースの環境を整えた。

坊主は、蛇の特徴をよく観察し、その幼体の蛇の名前をしっかりと見付けだした。

「そいつは、ヒバカリだよ。間違いないよ。顔の横の白い模様が特徴だもん」

ヒバカリという蛇は無毒なのだが、毒蛇と思われていた過去があり、噛まれたら「その日ばかり」と思われていたところから、日ばかりヒバカリと名付けられたらしいとのことだった。成長しても、40センチから60センチくらいにしかならない蛇の中でもとても小柄な可愛い蛇になる。

エサは、カエル、おたまじゃくし、メダカ、ミミズなどらしい。飼うことも出来なくはないが、エサの調達を考えると、そのうちに私だけが探しに行く日課になりそうなのが目に見えていたのでかなり難しいと思っていた。

結論が出ないまま、しばらく家の中で観察し、坊主も先輩魔女もヒバカリをハンドリングしながら可愛いがっていた。

私達に飼うのは難しいと言われた坊主は、真剣にケースを見つめしばらく考えていてそして重大な決断をした。

「コイツと話したけど、やっぱり飼わない。庭に帰すことにするよ」

坊主はケースを持ち、家族以外には庭園に見えるはずの庭に行きヒバカリとお別れをした。

「また会おうぜ。約束だから」

坊主は、そう言って「その日ばかり」のお別れをした。私はそれを見ながら坊主に囁いた。

「なぁ、君はいったいいつの間に蛇語を喋れるようになったんだい」

坊主は、笑いながらこう言った。

「ホグワーツに入学してからだよ」

私は自信満々にそれを言う坊主を見ながら、実際にはホグワーツに入学したからといって話せるワケではないとはまだ教えなかった。

それは、いずれ読めばわかることだ。

なんのはなしですか

「その日ばかり」は、それで良いことにしようと思った🐍

またね🐍坊主の手に乗るヒバカリちゃん🐍


やっぱりハリー・ポッター最高
めっちゃ面白い🐍









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