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Interview vol.4 岸野令子さん(映画パブリシスト)「女性監督」「女性映画祭」という括りが必要のない時代に

 vol.4は映画パブリシストの岸野令子さんにお話を伺いました。韓国映画人と交流を続け、韓国映画に造詣の深い岸野さんに、10月28日より公開中の韓国映画『同じ下着を着るふたりの女』、7月の神戸YWCAとの共催上映を経て、12月に公開予定の『アフター・ミー・トゥー』をはじめ、最近の韓国映画界や女性映画祭に思うことを語っていただきました。
 


第25回ソウル国際女性映画祭

■過渡期にある女性映画祭


―――『アフター・ミー・トゥー』は2021年にソウル国際女性映画祭(以下SWIFF)で世界初上映されたそうですが、岸野さんもこの8月、久しぶりにSWIFFへ行かれたそうですね。

岸野:現在の映画祭会場は8万人ぐらい収容できるサッカー場の中にあるシネコンなんです。そもそも映画祭に来る客層と、サッカーなどのスポーツ観戦に来る客層が全く違います。8スクリーンほどあるのを全てSWIFFの上映に使っていたので、映画を鑑賞するのに移動は楽なのですが、会場の周りにお店も何もない。ソウルの新村(シンチョン)で開催していたときは、梨花女子大学校や学生街があるので、空き時間も楽しかったのに、これでは映画祭の雰囲気づくりは難しいと思いましたね。運営面での困難も耳にしていますし、女性映画祭自体が過渡期にきているのでしょう。あえて女性監督だけを集める必要がないぐらい層が厚くなってきたのなら、使命を果たしたということで映画祭を終わらせてもいいと思うのです。高野悦子さんがジェネラルプロデューサーを務めた東京国際女性映画祭も27年間開催し、幕を閉じました。一方、大阪では「おんなたちの映像祭」が名前を変え「シニア女性映画祭」として、とよなか男女共同参画推進センターすてっぷで、毎年開催されています(今年は11月18・19日に開催)。同映画祭で『百合子、ダスヴィダーニヤ』が上映される浜野佐知監督に話を聞くと、「この映画祭は80歳がスタッフの定年なんです」と。シニア女性映画祭は、シニアと謳っているので対象がはっきりしていていいと思うのですが(笑)。
 

フォトスポットには色とりどりの来場者のサインが!


―――なるほど、SWIFFも使命を果たしたということですね。
岸野:一方で、あいち女性映画祭もずっと行政が入り、男性中心の運営で、古い体質が残っています。例えば行政は集客できる企画を求めるため、山田洋次監督や吉永小百合さんをゲストに招くこともありました。確かに集客には寄与しますが、わたしたちが考えているような女性映画祭の姿とは乖離している。また、これだけ女性監督が増えてくると、わざわざ女性映画祭へ自分の作品を入れることに疑問を覚えたり、カテゴライズされたくない人も増えてきています。そういう意味で、形を変えてもいい。SWIFFでは男性監督が女性を描いた作品も上映していますし、監督の性別に関係なく、テーマで選ぶ。例えば、ジェンダー的なことを考えるような映画祭にするなら、やったほうがいいと思います。

閉館前日の京都みなみ会館(外観、岸野さん撮影)
閉館前日の京都みなみ会館(中の様子、岸野さん撮影)

■転換期にあるミニシアター、今の世界情勢と無関係ではない


―――転換期といえば、まさにミニシアターも昨年の岩波ホール閉館に続き、大きな転換期を迎えていると言えます。
岸野:7月に名古屋シネマテーク、9月に京都みなみ会館が閉館したのはかなり大きなことです。名古屋シネマテークは70年代に学生運動をしていた人たちが82年に立ち上げ、運営してきたわけで、いろんなものが全部今の世界情勢と無関係ではない。何を取り上げるにしても、そういう視点を忘れてはいけないとわたしは思います。自分で対象をフォーカスしすぎて、視点を狭めてはいけない。
 
―――岸野さんは映画パブリシストですが、コロナ禍を経て、宣伝がより届きにくくなってきた実感があるのでしょうか?
岸野:本当にそう。ひとつひとつの作品に対象とすべき観客がいると思っているし、その映画にふさわしいお客さんを集めるためには、どういうところに宣伝すればよいかを考えるわけです。今はあまりにも作品数が多く、小分けになっているので、せめてターゲットと思われる人だけでも捕まえようとするし、それぐらいしかできない。わたしたちのような映画パブリシストでも、いつどこでどんな作品が上映されるか把握しきれていないくらいだから、一般のみなさんがどこで映画の情報をキャッチするのか、よほど自分から情報を取りに行く人でないと無理な現状です。
 
―――特に今は中編のインディペンデント映画や、コロナ禍で作り、公開時期を見計らっていた作品が一挙に公開され、情報をキャッチアップするのが大変なのでは?
岸野:例えば現在大ヒットして、シネコンに拡大公開となった森達也監督の『福田村事件』は、すべての新聞やあらゆるメディアが取り上げてくれた。そこから映画を知ってもらい、お客さんから情報を探してくれる好例ですが、大抵はどんなに優れた作品でも、お客さんに見つけてもらう前に、上映が終了してしまう。
 

■『同じ下着を着るふたりの女』が描く、独特な母娘関係


―――映画館側でも広報をどうしていくかは、まさに模索しているところです。ところで『同じ下着を着るふたりの女』は、最近注目され続けている韓国女性監督の作品群の中でも、新しいインパクトを与えていると思うのですが。
岸野:そうですね。『同じ下着を着るふたりの女』というタイトルを見て、内容を知らずにきた中高年男性客が多かったと配給から聞きました。原題も同じで、ちょっと女性が来にくい雰囲気を醸し出しているのですが、キム・セイン監督はそれを見込んで付けたのだと思います。韓国の映画の流れの一つとして、父と息子の関係を男性監督が描いてきたように、母と娘の関係を当事者である女性が描く作品がたくさん作られています。『同じ下着を着るふたりの女』の独特な母娘関係は、他の韓国映画にはなくて、わたしはとても面白いと思いましたね。実際、セイン監督に会うと、映画の毒々しさとは正反対の、爽やかな女性でした。

―――主人公、イジョンの母の毒親ぶりには驚かされると同時に、彼女の苦悩の裏側も徐々に見えてきますね。
岸野:イジョンの母は娘の悪口をたくさん言うけれど、嫌な感じはしないんじゃない?自分が運転する車で娘と接触事故を起こし、保険金をせしめようとする。シングルマザーの彼女は、ずっとよもぎ蒸しの店で働いてきたんです。女性客たちは店で体内の毒だけでなく、口で家庭の愚痴(毒)を吐くわけです。その毒を受け止めた彼女が、イジョンに毒をぶつけると言うものだから、イジョンは「わたしはどこに毒をぶつければいいの?」と。
 
―――逆に言えば、女性客たちが夫に対し、毒づくほどのストレスを抱えていなければ、イジョンも母に毒を吐かれずに済んだわけで、結局変わることなく続く家父長制の中、妻たちが抑圧されていることを示しているわけですよね。
岸野:やはり家父長制社会の中で、夫の立場、妻の立場の歪みが、回り回って、こんな形で現れてくる。例えば、スナックのママのような仕事をしていて、世の夫たちの愚痴を聞かなければいけないけれど、ある意味カウンセラーのような仕事だと割り切って、話を聞ける人なら、自分の精神を保てると思うのです。イジョンの母はそのことが自分の中で積もり積もってしまった。
 
―――母には恋人がおり、一緒に生活をし始めるけれど、彼の中学生の娘とうまくいかず、結局イジョンと離れても幸せを掴めないのも皮肉ですね。
岸野:勝手に彼の娘の部屋に入って、セルフプレジャーみたいなものを見つけてしまい、娘は怒るわけですが、他にも映画の中で女性の性的なことがたくさん出てくるのがこの作品のいいところです。今まであまり映画に描かれてこなかったけれど、女の人にもいろいろな欲望があることを、セイン監督は意識的に表現しているんじゃないですか。


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■韓国MeToo運動に対する男性たちからのバッシング


―――確かに夏におこなったインタビューで、セイン監督も「この作品では、女性の体だからといって隠すのではなく、ありのままでいることは一般的なことであることを見せたかった」と語っていました。続けて『アフター・ミー・トゥー』も、韓国MeToo運動のその後を描いた注目作です。
岸野:韓国ではMeToo運動に対し、男性たちのネット上での反発が日本とは比べものにならないぐらい、ひどい。一つには韓国の男性は徴兵制があり、軍隊に入隊しなければならないため、女性に対して君らも行けばいいじゃないかという思いがある。ただ、その軍隊は男性たちにとっても決していい場所ではなく、さりとてそれをあまり表向きには言えないという複雑な状況にもあるわけです。政治面でも大統領が変わり、その反動が大きいですし。
 
少し話は飛びますが、ヤン・ヨンヒ監督が制作したドキュメンタリー『揺れる心』の一部をホン・ヒョンスク監督の映画『本名宣言』<釜山国際映画祭(以降BIFF)でウンパ賞を受賞>に無断盗用された事件がありました。当時ヨンヒ監督は朝鮮籍で韓国へ入国できなかったため『揺れる心』のコピーを送り、BIFF他に訴えたんです。それから20年以上が経ち、ソウルで『揺れる心』と『本名宣言』の比較上映会が実現したけれど、BIFFとしては賞の取り消しや正式な謝罪はしていない。昔、ヨンヒ監督が訴えたときも、その事実を握り潰されてしまった。その辺の事情が最近、韓国のある女性監督による告発で明らかになったのですが、この件も家父長制的な体制・体質が映画祭運営においても続いていることの一端です。韓国の女性たちは、そういうことを日々敏感に感じ、それに対して声を上げていこうとしている。だから日本も連帯していきたいし、日本の女性たちも、もっと声を上げていくべきです。
 

7月に行った神戸YWCAさんと共催の『アフター・ミー・トゥー』上映、最終日に岸野さんと江口で行ったフェミニズムトーク後の記念写真

■『アフター・ミー・トゥー』が描く連帯と男女のグレーゾーン


―――オムニバス映画『アフター・ミー・トゥー』の#1<女子高の怪談>では、実在した学校での性加害事件に対して起こったスクールMeToo運動について描いています。ここでは「ME TOO」だけでなく、「WITH YOU」という連帯の言葉が示されますね。
岸野:学校の窓に在校生たちが「WITH YOU」とポストイットを貼り、連帯の意思を示すのですが、そのような運動の仕方がユニークで、自主的な感じがします。わたしも一番印象に残ったシーンです。昔、『女子校怪談』シリーズという映画があったと思うのですが、そこにセクハラを告発する裏テーマがあったのかもと、ちょっと思いましたね。
 
―――#4<グレーセックス>は、アニメーションを使い、恋人同士のセックスにおける違和感を提示した意欲作です。
岸野:アニメーションの分野も女性監督が多い分野です。短編を作りやすいのと、ひとりで作業しやすいという部分もあり、「花開くコリア・アニメーション」では毎年韓国の女性監督によるインディーズアニメーションが多数上映されています。セクハラなど、アニメだから描ける手法の作品もありました。
 
<グレーセックス>が描いているのは、当事者のふたりだけしかいないケースの話なので、とても複雑なんですよ。女性側は相手に対してそんな接触は望んでおらず、その行為がレイプだと言えば、男性側はいや、そんなことはなく合意の上だと言うのはよくあるケースです。女性側もはっきり拒絶したかったけれど、うまくNOの意思を伝えられずグレーゾーンになってしまう。どこかに訴えても大体男性側が不起訴になってしまうわけです。<グレーセックス>は、マッチングアプリを使った恋愛やセックスをする若い世代の悩みをうまく可視化していますね。
 

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■『福田村事件』で描かれていないことが『金子文子と朴烈』で描かれている


―――話は変わりますが、9月に第七藝術劇場で『福田村事件』公開関連企画として、太秦とキノ・キネマ配給作の『金子文子と朴烈』上映とトークショーが行われましたね。
岸野:『福田村事件』で描かれていないことが『金子文子と朴烈』で描かれているので、両方セットで観てほしいと思いましたね。共同配給の太秦、小林三四郎さんとトークをしましたが、本当は日本で作らなければいけない映画だったと。『金子文子と朴烈』は朴烈を演じたイ・ジェフンが主役ですが、金子文子役のチェ・ヒソの方が印象に残るんです。チェ・ヒソは小学校時代に大阪で暮らした経験があるので、日本語ができることもあり、イ・ジュニク監督の前作『空と風と星の詩人~尹東柱(ユン・ドンジュ)の生涯〜』にて日本人役で出演。『金子文子〜』では彼女がイ・ジェフンを朴烈役に推薦したそうです。
 
―――『金子文子と朴烈』は、大阪アジアン映画祭2018のオープニング作品(映画祭タイトル『朴烈(パクヨル) 植民地からのアナキスト』)で、チェ・ヒソさんが来場され、役作りについて語ってくださったのを、わたしも覚えています。
岸野:『金子文子と朴烈』の日本公開時は日韓関係が一番険悪な時期だったので、イ・ジュニク監督はキャンペーン来日に難色を示したそうです。そんな中、ヒソさんが日本でのキャンペーン活動(インタビューなど)を全て引き受け、日本語で対応してくれました。また、金子文子を演じるにあたり、ヒソさんは金子文子の日本語で書かれた自伝をちゃんと読み込み、劇中で字を書くシーンも全て自分で書いたんです。それぐらい素晴らしい演技をされていたので、日本で配給するにあたり、これはきちんとタイトルにも「金子文子」を入れるべきだと思いました。今回は『隠された爪跡』『払い下げられた朝鮮人』という関東大震災直後に起こった朝鮮人虐殺に迫るドキュメンタリー2作品も上映したので、関連企画としては非常に良かったです。
 

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■監督としての力量を見込まれて


―――『金子文子と朴烈』を久々に観たくなりました。最後に、今後注目の作品や監督があれば教えてください。

岸野:今の韓国では、本当に多くの女性監督が、多彩なジャンルの映画を作っています。また、今まで男性監督が扱うことがほとんどだったテーマでも女性監督が手掛けるケースが増えてきました。『リトル・フォレスト 春夏秋冬』のイム・スルレ監督最新作、『極限境界線-救出までの18日間-』が10月20日より全国ロードショーされていますが、面白かったですよ。ファン・ジョンミンとヒョンビンという二大スター主演作で、ヨルダンへロケに行くような大作ですが、純粋に監督としての力量を見込まれて任されたわけで、そういう時代が韓国ではもう来ています。ただ、タリバンの人質になったのが、宗教布教のために渡航禁止だったアフガニスタンに渡った韓国人団体だったので、韓国の人たちにとって共感を呼ぶ出来事ではなかったことが、現地ではヒットに至らなかった原因だと言われています。映画では交渉人の主人公が、タリバンやアフガニスタン政府、そして自国の韓国政府といかに交渉し、人質救出を行ったかに力点を置いて描いている力作ですのでぜひご覧いただきたいですね。
(2023年9月30日収録)
 

<岸野令子さんプロフィール>


1949年、大阪府生まれ。
1970年〜89年全大阪映画サークル協議会事務局で勤める。
1989年からフリーの映画パブリシスト。
1994年、有限会社キノ・キネマを設立、代表取締役。
1995年〜2017年、龍谷大学非常勤講師として<多文化映像論>の講座を持つ。
2021年、国際映画祭でのエピソードを中心に私的映画史をまとめた新著『ニチボーとケンチャナヨ ― 私流・映画との出会い方2』を上梓
 
●主な宣伝作品
『赤毛のアン』『髪結いの亭主』『天使にラブソングを』『子猫をお願い』『マルタのやさしい刺繍』『拝啓、愛しています』『チスル』『マルリナの明日』『月』など
 
●主な配給作品
『暗恋桃花源』『永遠なる帝国』『もし、あなたなら〜6つの視線』『ブッダ・マウンテン 希望と祈りの旅』『でんげい わたしたちの青春』『金子文子と朴烈』『チャンシルさんには福が多いね』『猫たちのアパートメント』

Text江口由美

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