ばんくーばーから、めりーくりすます(エッセイ)(振り返る×シロクマ文芸部)
振り返る。
腰かけた老婆がにっこりと笑う。
僕も微笑み返す。
老婆が言う
「せんきゅーそーまっち」
僕は微笑む。
「どうせ、僕は次の駅で降りるから」
それでも、老婆はにっこり笑って
「めりーくりすます」と僕に言ってくれた。
そういえば、今日は街中の至る所で、人々がメリークリスマスを言い合っていた。
僕の住んでいるマンションのセキュリティーも住人に「めりーくりすます」
エントランスに飾られたクリスマスツリーは、すっかり電飾でぴかぴかおめかしされている。
バスの運転手も「めりーくりすます」
乗る人も「めりーくりすます」
まるで、そこが目的地みたいに言い合って、少し乱暴にバスが走り出して、
車窓からクリスマスの街が流れて行って、みんな笑っていて。
僕は電車に乗って、老婆に席を譲って、めりーくりすます。
12月24日のバンクーバーは、皆が浮足立っていて、親切で、特別で、街のあらゆる店が休み始めていて、各コミュニテイーで祝う準備をしていて、僕のお気に入りのコストコだって、明日は休むって、それでもって、僕はって、いつもは降ろしている部屋のブラインドを上げて、ダウンタウンの街を見下ろして、ケーキを食べて、キャンドルをみつめて、テーブルにはヘラジカの人形が飾ってあって、道行く人は寒さに着飾って、とっておいたシャンパンは明日に預けて、今日、席を譲った老婆を思い出して、目の前の婚約者に向き直って、僕は言うんだ。婚約者が買っておいてくれた、ヘンテコなクリスマスの帽子を被って、僕は言うんだ。
めりーくりすます。
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