POLICE in 2117 3-12

  3-12、ポリスのお見舞い

 病院は何もないように静かだ。しかしこの中ではポリスが命の岐路に立っている。

フロントで来訪を告げると担当の女性医師が現れた。

「クロードさん、いらっしゃい。お連れさんも。手の具合はどう?」

「はい。お陰さまで」

「よかった。山階さんね。変わったところはありません。まだ不安定です。しばらくはこんな状態が続くと思いますけど、不安定ながらそれで安定してますから滅多なことはないように思います」

「そうですか。会えますか?」

「どうぞ」

透明なプールの中に浮かんでいるその姿が、なんとなくじいさんのそれと重なってなにやら奇妙な感覚があった。

「この中の水は替えるんですか?」

「これは水じゃないのよ。体液と同じ成分なのよ。それにこれはいつも循環していていつも清潔に保たれてるの」

「そうなんですね。病院には来ることがないから」

「そうよね。クロードさん、フラッシュやってますか?」

「それがあまり・・・」

「じゃやりますか?お連れさんも」

「私はやってます。三カ月に一度ですけど」梶原が言った。

「そう。じゃクロードさん。いらっしゃい」

検査室に連れて行かれた。

「リングとかベルトとか金属類は外してくださいね」

後ろが黒い布でてきているところに背中を付けて台の上に載せられた。目の前に透明なカバーがゆっくり現れて閉じた。

「いきますよ」

そういう掛け声とともに眩しい光が筒の中に充満したように思った。次の瞬間、閉じられたカバーはもうゆっくり開き始めていた。

「はい。終わりました」

ベルトを付けて廊下に出ると医師が待っていた。

「あなたの身体の状態ね、血液の状態が凄くいいわね。新生物もありません。問題ないわね。いったい何を食べてるの?」

「普通の食事ですよ。みなさんと同じシリアルです。朝のオレンジジュースと」

「朝のオレンジジュースね。そうか、それかなぁ」

「何がですか?」

「状態がいいの」

「そうですか、毎日の習慣なんですよ」

「私もやってみようかしら」

「そんなにいいんですか」

「うん。いいわね。この血液の状態は理想的ね。あれ?何か変な臭いがするわね」

「あ、すみません。ちょっと先ほど変な部屋に入ってきたもんだから」

「何かいろんな薬剤が混じった臭いね」

「そうかもしれません」

これ以上突っ込まれるのはよくない。

「あのフラッシュっていうのはどういう仕組みなんですか?」

「うちのは最新式なのよ。上と下から光を発するのよ。それをカバーで乱反射させて身体の中を透過させてそれを背後の黒い部分で捉えるってわけ」

「身体に害はないんですか?」

「全くありませんよ。X線のような放射線じゃなくて光の高密度な束ですからね」

「何でも便利になりますね」

「一瞬で全部わかっちゃうから凄いのよね。これまでは診断に10分以上かかってたのよ」

「じゃ、梶原のはきっと10分以上かかるやつですよ」

「もちろんそうよ。これは発売されてすぐに導入したものだから」

「高いんでしょうね」

「そんなのは知らないけど」

「きっと個人病院では怖くて手が出せない値段ですよ」

「チェントリーノが公立ってよく知ってるわね」

「大事な仲間を預けるところだからしっかり調べました」

「そのへん抜かりはないってことか。あなたが優秀なわけね」

「先生の優秀さも把握していますよ」

「なんだか褒めあうのは気恥ずかしからやめましょ。あなたの相棒さんは?」

「まだあの部屋にいるんじゃないでしょうか」

ポリスの病室の前で声をかけた。「カジ、そろそろ帰るぞ」

「はい」

「何見てたんだ?」

「ポリスさんに不整脈が出たんです。それが治っていく様子を見てました。身体が痙攣したんで驚いたんです」

「痙攣したですって?」

彼女が部屋に飛び込んでいった。

「何かマズいことでも?」

「いいえ、痙攣はちゃんとした生体反応ですからね。よい兆候です。意外と目覚めは早いかもしれません」

「そうですか。やったな、カジ」

「はい。よかったです」

女性医師、吉野のぞみ医師に後を頼んで本部に向かった。


「地域の住人を把握してるのは地域安全課だよな」

「はい。私がいた部署です」

「警務部長の無線が交信していた場所の住人を調べたいんだ」

「それならご案内します」

地域安全課の部署は大きく22階から4フロアを占めていた。

「本部から見て交信先はどちらの方角ですか?」

「西の方だ」

「それなら23階です」

「東西南北の順で上に上がるのか」

「はい。その通りです。洞察力というのはそういうものですね」

「ああ、そういうことだな」

22階で課長に挨拶をして23階に上がった。

警務部長の無線の交信記録からその地域を確認したところ、厄介なことに西の区域と北の区域にまたがっていた。

「この地域の住宅の移動は日を追って確認できるか?」

「はい。それは可能です。二カ月前の3月の下旬から受信区域が少しズレている。誤差の範囲かもしれないが調べる価値はある」

市街地の戸建て住宅地域は電気、上下水道などのインフラ設備のチューブとそれに繋がるキューブでできている。通常のキューブはこのインフラのチューブと地中深くに埋められた柔軟な杭に固定されていて地震にも強い。そしてこの杭には一本ずつ位置情報のIDがふってある。キューブも一つずつIDを持っているがしかしキューブは状況によって位置を変える。それはボックスと同じ原理で動いていて、たまに移動しているキューブと出くわすことがある。つまりキューブを固定したものと考えることはできないってことだ。

地域安全課のこの地図上の住宅をタップすると家族構成、氏名、犯罪歴が表示されるが職業の表示はない。せめて世帯収入の表示はあってほしかった。ためしにおれの家をタップしてみるとおれの名前と高幡由莉奈という名前が表示された。先日申請したばかりだが更新は正しく行われているようだ。地域安全課で見ておくことはこれくらいだ。

「じゃおれたちも海上保全課に出向くとしよう」

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