記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

『Flee』 自分を偽ることで命を守り、自分に向き合うことで心を守る <★3.6/5、2022年3本目>

<映画情報>
『Flee』2021年
監督: ジョナス・ポエール・ラスムーセン

<1文内容紹介>
生き抜くために自分を偽り続ければならなかったアフガン難民アミンが、半生を振り返りつつ自分を取り戻すアニメ映画。

<ネタバレ感想>


主人公アミンは比較的裕福な家庭に生まれたが、1979年にアフガニスタンに共産党政権が成立すると父は逮捕され、さらにその後タリバンが勢力を伸ばしたことで、家族でカブールを脱出する。これが彼の長い難民生活の始まりであった。

アミン一家はモスクワにたどり着くが、ソ連崩壊のため国は混乱、警察も機能しておらず、ビザのない彼らは摘発を賄賂でやり過ごす日々を送る。

救いの手を差し伸べたのが、先にスウェーデンに脱出していた長男だ。まずは人身売買業者の手で二人の姉を脱出させ、さらにアミン、もう一人の兄、アミンの母をヨーロッパに連れてこようと手を回す。

しかし、アミン一行は海上で立ち往生し、エストニア経由でロシアに連れ戻されてしまった。

それでもロシアでの生活に希望を見出せないアミンは、再度別の業者の手でヨーロッパ行きを企てる。今回は空路を使い、偽造パスポートで出国し、コペンハーゲンに到着、難民として保護された。

その後高校・大学に行き、この映画を作成した監督、パートナーとの出会いを得る。アメリカに留学も経験し、パートナーと新居で結婚生活を送ることになった。

あらすじだけ書くと「成功」した難民のようだが、心に抱える傷は深い。小さな頃に故郷を離れざるを得ず、絶えず不安定な立場で場所を変えつつ暮らしてきたため、ある場所に定住するのではなく、常に次の場所へ移ることに安心感を覚えている。自分の人生よりもキャリアを優先してしまう。

アミンにとって一番の深傷は、生き延びるために自分を偽りながら生きてきたことだ。二回目のロシア脱出では「家族は全員死んだ」と係員に伝え、強制送還を免れた。アミンは何よりも今の生活を守りたい、だから高校時代は誰にも真実を告げることが出来なかったし、大学に入って少しずつ語ることができるようになった後も、入国時に付いた「嘘」を恋人にすら利用されることがあることに気づき、人間不信が高まると共に、ますます誰にも真実を語ることができなくなってしまった。

彼がセクシャルマイノリティであることも、大切に思う家族に偽りの姿を見せるきっかけを作っている。生活が落ち着いてやっと、スウェーデンに住む兄弟姉妹にカミングアウトすることができたが、それは準備したものではなく、偶然口をついて出たものだった。

自分自身を偽ったからこそ生き残れたとはいえ、常に支え続けてくれた家族にセクシャリティを長い間隠し、さらにヨーロッパに入国するために彼らが亡くなったと伝え続けることは、アミンの心を少しずつ削っていく。

アミン本人は自分のキャリアを優先したと語っているが、パートナーにアメリカでのポスドクの機会を得たことを素直に伝えられないのも、失うことが怖いからではないか。

この映画に出演したことでアミンが真実を話しても受け入れられることを経験し、喪失の恐怖をこれ以上感じることなく生活できるようになって欲しい。心に余裕が生まれることで、パートナーが抱える関係への不安、アミンがキャリアを捨てて置いていくのではないかという恐怖にも、言葉を交わし向き合うようになれるのではないか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?