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【短編小説集】どこかの世界の少し怖い話/第一話 自亡請負会社・表 ②能力

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②能力

 何故、刑務所に服役していた犯罪者が、国営企業であり、政府所有会社でもあるところの代表として選ばれたのか。

それは、そこが “ 殺人 ” を扱う会社だからにほかならない。

本来、怒りや憎しみで人を殺すのも、殺してと頼む相手を殺してあげるのも “ 殺人 ” であることに変わりは無い。当然、どちらも捕まるべき “ 罪 ” となる。しかし、それが政府公認の行為となると、たちまち正当化され、会社という組織において “ 仕事 ” として扱われるのだ。

私は “ 犯罪者 ” であった。自殺願望犯罪者ではない。数え切れないほどの悪事を働いて捕らえられた “ 純粋なる罪人 ” である。

どのような罪を犯したのか、何故、悪事を働く人間になったのか。それはこの話とは関係のないことであり、また、それをひとつひとつ説明していては膨大な時間を要してしまうため、ここで 語ることはやめる。

ただこの前まで、この国の最高刑である “ 終身刑 ” として服していたということ、そして、この国の法律では、犯した罪の中に “ いくつかの殺人 ” がなければ “ 終身刑 ” になることはない、ということだけを伝えておく。

とにかく、私が犯した “ 悪事と罪の数 ” 、そしてその “ 内容と経験 ” が、この国で初めて作られる「自亡請負会社」にとって必要とされたのである。

運営と管理は出来ても、政府の役人たちに人を殺す “ 能力 ” は無い。殺人には特別な “ 能力 ” が必要であり、私はそれを “ 身につけて ” いるのだ。

単に人を殺すだけならば、誰にでも可能だ。しかし、この仕事は “ 自殺願望者 ” が望む方法で、且つ、望む日までに殺さねばならない。さらに多種多様な要望が加わることもあり、それらに対応出来る “ 能力 ” は、決して書物などから学べるものではなく、実際の “ 経験 ” からしか、身につける方法はないのである。

3年前、突然、私は赦免された。終身刑であったにもかかわらず、服役期間はわずか8ヶ月で済んだ。

赦免の条件は「自亡請負会社」の代表となることであった。

それを伝えに来たのは、政府機関の難しい部署名が書かれた名刺を持つ “ 黒縁の丸眼鏡をかけた痩せぎすの男 ” であった。

この男は “ 私の前に度々姿を現す者 ” であり、“ 私の監視役 ” でもあるから、もう少し姿を想像しやすいように説明しておく。

立っていても座っていても背筋をピンと伸ばして姿勢を崩すことがない。七三で分けられた白髪が一本も無い真っ黒な髪を、ポマードかワックスでぴったりと頭皮に張り付かせている。

いつも眼鏡は黒縁、スーツもワイシャツも靴も余計なラインやデザインは一切無い黒一色で統一しており、反対に首から上とスーツの袖から出た両手は色白のせいか、浮き上がっているかのように見える。

その色白で痩せぎすの顔は頬骨が張り、両目は落ち込み、初めて会ったときには、昔見たホラー映画の一場面で、稲光の時だけ主人公の顔がサブリミナル的に変わる髑髏か悪魔のような顔を咄嗟に思い出したものである。

いつも彼は片手にタブレットを持っている。何故かこれだけは赤色。大きめなので10インチ以上のものだろう。

刑務所の面接部屋で会ったときも、そのタブレットの画面に条件や契約内容などを表示しながら、小さいがよく通る声で説明された。

赦免の条件は「自亡請負会社」の代表となること、“ 代表 ” になれる条件は、人を殺すことに慣れている者、どのような殺し方も経験している者、そして壮健で、部下を統率し、指示命令ができる者・・・。

他に二人の候補者がいたらしいが、一人は年を取り過ぎており、もう一人は精神的な問題のある者であったため、私が選ばれたらしい。

終身刑を赦免された上に、これまで自分が作り上げてきた “ 能力 ” を活かせる仕事まで世話してくれるのだから、断る理由はなかった。

私には自信があった。

“ 殺人 ” に関して、私の右に出る者などいるわけがない。
この “ 能力 ” は活かして然るべきなのだ。

そう意気込んで “ 代表 ” になることを承諾したのである。

しかし、残念ながら、その後、今日に至るまで私がその “ 経験と能力 ” を直接発揮する機会は与えられなかった。

“ 代表 ” の仕事は、契約内容の確認、現場チームの編成、各責任者との打合せ、そして最終的な全体計画を立てることであり、現場で “ 人を殺す ” ことではなかったのだ。

これが会社組織の中で “ 仕事をする ” ということなのか。

以前の私は、全て一人で行動していた。犯罪においても然りだ。いわゆる単独犯である。どこかの組織に入っていたわけでもなく、誰かと協力し合うこともなかった。もちろん “ 殺し ” においてもそうだ。誰かを雇ったり、誰かに協力を求めたりしたことはなく、計画から準備、実行まで全て一人で行ってきた。

しかし、ここでは、全てが分担制であり、私は全体的な計画を立て、それぞれの責任者へ指示するだけで良いのだ。

それは、私にとってあまりにも “ 楽すぎる仕事 ” であったが、私が苦労する、しないに関係なく、会社の業績は順調に伸びていったのである。

考えれば、それも当然であった。

私には “ 能力 ” があるのだし、その “ 経験 ” から得た知識を、部下たちへ “ 具体的な方法 ” として指示すれば、必ず “ 仕事 ” は成功するのだ。

部下も特に優秀な者を揃える必要はない。私の指示を理解でき、それを忠実に実行さえ出来る者であれば “ 目的 ” は達せられるのだ。

しかも、この会社は、国内唯一の「自亡請負会社」なのだ。この国の全ての “ 自殺願望者 ” たちが頼れるのはここしかないのだから、 “ 依頼人 ” に事欠く心配もない。

実際、その “ 自殺願望者 ” の多さには驚かされた。

問い合わせの電話が鳴り止むことはなく、毎日、様々な “ お客様 ” が説明を聞きに来社する。来社予約がなかなか取れないため、説明を受けた日に “ 契約 ” までしていく者も少なくなかった。

この会社と “ 契約 ” するのに特別な条件は無い。

年齢制限も無く、親や扶養者の許可も必要無く、 “ 自分の意思 ” を伝えられさえすれば、子供から老人まで、年齢に関係なく、誰でも “ 契約 ” することが出来るように “ 法制化 ” されているのだ。

但し、その “ 対価 ” は馬鹿にならない。五割以上の “ 特別税 ” がかかるために、希望する “ 死に方 ” によっては、到底、子供や学生、年金暮らしの老人などでは支払えない額になる。

しかし、それでも “ 自殺願望者 ” たちは、お金を工面してくる。

お金のない者は、親、兄弟、親戚、友人はもちろん、担任教師、アルバイト先の店長、アパートの管理人など、周りのありとあらゆる人からお金をかき集めてくるのである。

周りの者たちにしてみれば、その者に隠れて自殺され、自分たちに刑罰が及ぶことが一番怖い。確実にそれを回避でき、安心を買えるのであれば、多少の金銭的負担ならばやむなし、と考えるのであろう。

とにかく “ 私の能力 ” と “ 一社独占 ” のおかげで、会社の業績は上がった。それとともに、私の収入も増え、服役する前では考えられないほどの優雅な生活を送れるようになった。

おかしなもので、刑務所に入る前に、金のための “ 悪事をした私 ” は罪人として裁かれたが、赦免されて国営企業の代表となった後の “ 私の悪事 ” は金に変わり、良い生活を保障してくれるものへと変化したのだ。

“ 保障 ”

そう、その時は、これからも “ 国に守られた悪事 ” をすることによって、会社の業績は伸び続け、この優雅な生活も続くものと思っていた。

しかし、風向きはいつも突然変わる。

政府が “ 自亡請負 ” を民間企業にも承認すると言い出したのだ。

五割以上の税金を徴収できるこの商売を民間に広げることにより、税収入を増やそうと考えたのである。

あっという間に、各地で「自亡請負会社」が立ち上げられた。

それによって各社の競争は激化。競争となると国営と民間では勝負にならない。それまで一社独占してきた私の会社は、価格やサービスの面で差を付けられ、利用客は大きく減少。一気に赤字経営となってしまったのである。

「この業績が続く場合、自亡請負業務の国営企業・政府所有会社での対応は廃止、全て民間に委託することが検討されます。その場合、当然、貴方はまた刑務所に戻っていただくことになります。」

政府の対応は早かった。

あの “ 黒縁の丸眼鏡をかけた痩せぎすの男 ” から、来年の通常国会が開かれるまでに業績回復がなされなければお役御免、と通告されたのは、4ヶ月前のことである。

あれから状況は変わっていない。

私は焦っていた。

“ 彼女 ” がやって来たのは、そんな頃であった。


《③焦慮》へつづく(執筆中・近日追記・投稿予定)

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