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浜松の象徴 松菱百貨店④

-タイムカードは”ナシ”、女性優先の労働環境-

私が昭和46年(1971)に入社した時、驚いたことに松菱百貨店にはタイムカード、というものがありませんでした。出勤したら、各職場に架かっている自分の名札をひっくり返す、というものでしたが-これには理由がありました。
タイムカードが廃止になったのは1971年(昭和46年)の事ですが、それ以前は出勤時になるとタイムカードに人が密集してしまったので、始業前に出勤しても打刻できず、遅刻になってしまう社員が続出したからです。とくに女性社員の場合は身支度も必要になりますので、それにも配慮する必要がありました。
タイムカードの廃止は、会社と労働組合の合意によって実現したもので、会社側も従業員を信頼してくれたのだと思います。タイムカードが無くなったからといって、無断欠勤などの不正があったなどという話はきかれませんでした。それに、賃金にも男女差がなく、いわゆる「同一年齢・同一賃金」でした。良いかどうかは別として、例えば十八歳で入社した場合は、男女同額。それが生涯続くわけです。給料の額に差が出るのは、役職に昇格したとか、あるいは結婚して世帯主になったり、子供が生まれたりした場合の手当が支給された時ですね。また、女性を大事にする会社でしたから、残業も遅くならないように調整していました。やはり、浜松の街中ばかりではなく、近隣の市外-湖西市とか袋井市、掛川市などから通勤してくる女性社員も多かったものですから。特に冬の残業は日没が早いからすぐ真っ暗になってしまうので、なるべく早く帰宅させるというのが、経営者の考え方だったと思います。残業も事前の申請が必要で、当日になって突然残業、というのは通りませんでした。とにかく、すべてにおいて女性優先。男性社員はといえば、下働きのようなものでした。業務にしても、女性には汚れるような仕事をやらせない、など-そういう面では、かなり進んだ会社でしたね。社内ではクラブ活動も盛んでしたが、女性については茶道(表千家)と華道を教えていました。これについては希望者を募りましたが、大半の女性社員が希望して習っていました。なので、お茶の心得は身に付いていたと思います。こういった社内での習い事、というのは当時の他企業にもありましたが、今では考えられないでしょう。でも、後々それが役立ったんじゃないかと思うんです。お花にしても、簡単な生け花だったら、直ぐに出来ますものね。あと、お茶の席に招待された場合でも多少の心得があれば、お茶をいただく位なら、大丈夫でしょうから。それと、お習字も習わせていました。これは伝票などを書く時、昔は手書きでしたからキチンとした字が書けなければ困るわけです。あとは、教育係が作法を教えたり、舞踊まで習わせていたんですよ。
おそらく、初代社長の考え方というものー薫陶が、松菱社員のなかにずっと息づいていたのではないでしょうか。その時期は松菱百貨店の64年余の歴史の中では、良き時代だったと言えます。何といっても創業者はたいへんな苦労をしていますから、従業員の気持ちもよく理解したことでしょうし、従業員の方も、いちいち上から「全社一丸」、などと訓示を垂れなくとも「ここは社長のために頑張ろう」という思いで付いて来てくれた人が多かったのではないかと。また、社員は松菱という会社に対して憧れを持っていました。松菱に入りたい、あそこで働きたいーそんな気持ちで入社してきた。だから、残業とか多少の無理も厭わず、各々の気持ちひとつで献身的に働いてくれた社員が少なくなかったのです。やはり、会社に魅力がないと、従業員もまとまりませんから。僕が松菱に感謝している、というのはそういう事です。松菱が無ければ、今の自分も無かった。常にそう思っています。私は松菱が倒産して退職したあとに美術画廊を経営したのですが、これも外商部の仕事で長年にわたって美術品を取り扱ってきたからこそ、出来た事なんです。それが無ければ、到底無理でした。
                 (つづく)
【第三問目の答え ④映画ロケの誘致】
①ライオンズクラブは、当時谷政二郎社長が京都ライオンズクラブのオリジナルメンバーだった事もあり、浜松市にも同クラブを、ということで昭和30年、浜松ライオンズクラブとして県下初、国内16番目に結成されました。
②京都裏千家の茶道-当時、茶文化のなかった浜松市に京都から茶室を取り寄せ、松菱百貨店にお作りになった谷社長。これをきっかけに松菱百貨店では年一回、8階催事場で茶会を開催しました。
③百貨店-谷社長が浜松に松菱百貨店を開店さ
せた事により、市民の生活文化が向上したのは言う
までもありませんが、物価の安定や商品の品質改善、品質管理の徹底にもつながったのです。
④過去に松菱百貨店の屋上で映画ロケが行われた例はありますが(松竹映画『涙』昭和31-主演・石浜朗/若尾文子)、谷社長が誘致したわけではありません。

【松菱クイズ 第四問目】
昭和27年、松菱百貨店7階に「松菱映画」がオープンしましたが、ここで問題です。
映画館のこけら落としで上映された映画は、次の4本の映画のうち、どれでしょう?

   ① 美しき受刑者
   ② 男はつらいよ
   ③ 幸福の黄色いハンカチ
   ④ 愛と死をみつめて

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