【1993年後半のこと】寒い夏:小沢健二「犬は吠えるがキャラバンは進む」、たま「ろけっと」、そして佐野元春「ザ・サークル」

1993年の夏は寒かった。いわゆる冷夏。自分が住んでいたのは東北の街、仙台でした。仙台はもともと曇りや雨が続く傾向があって、梅雨が長引く傾向があるのだけど、この夏は特別だった。8月になってもまだ炬燵に布団をかけていたのを覚えている。そして翌年はコメ不足となり、日本はタイ米を輸入する。覚えてますか? タイ米の味。

ということで、翌年に就職を控えた、冴えない理系の学生だった自分は、文字通りの「雨の良く降るこの星」を実感しながら、それでも姿勢だけはなんとか前向きにと、日々に取り組んでいた。「寒い夏の朝に一人きりの部屋で」、ふと気を許すと心に黒い雲が沸き上がって身動きができなくなる。それは少しずつ体を動かすことで凌ぐ。それを経験から学んでいった。あとは綺麗な結果を出すための実験のアイデアを思いついて「やったー!」と思ったり、失敗して落ち込んだり、徹夜実験の合間に同じく泊まり込みでゼミの準備をする先輩と「人生について」話し込んだり。そんな毎日。「俺たちの時代を築こう、なんて話を何時間でも話し合って飽きなかったな」。ホントに。

それとこのころ、少し遠くに住んでいる、こちらから声をかければ一緒に遊んでくれる、だけど向こうからは何もないという、そう、まだとても彼女とは呼べないけど、そうなってくれないかな、と思う人と知り合うことができた。遊園地や美術館に行ったり、海や山にドライブしたりした。盛り上がったりそうでもなかったり。頑張れ頑張れ。「たとえまだ君が臆病なままで、少し戸惑うとしても」。ホントにね。励みになりました。

そんな夏の、夏休みの少し前だったと思う。元フリッパーズ・ギターの声担当・小山田さんのソロ・プロジェクト、コーネリアスの第一弾シングルが届いた。「太陽は僕の敵」。タイトルからしていかにもだ。曲調はフリッパーズの2枚目の感じ。イントロはフライング・キッズの「心は言葉に包まれて」(名曲! 大好き!)に似てた。共通の元ネタでもあるのかも知れない。冒頭から「あらかじめわかっているさ、意味なんてどこにもないさ」なんて言っちゃう。「二つに分かれたストーリーが新しい世界を開くだろう」なんてことまで言ってくれる。期待に応えること100%だ。なによりあのスウィートボイスが戻ってきた。うれしかった。

しかし何度か聞くにつけ、何かが足りない気がしてきてしまう。味は好きだけどスパイスが足りないというかコクがない。たしか当時小沢健二が「フリッパーズとピチカートファイブが好きな人が作った曲。それだけ」と言った。悪いけど、ああその通りだと思った。「それだけ」ここですね。それでもこの曲は好きだった。でもやっぱり自分にはこういう歌が必要なんですよ、と思った。それに基本的に良い歌じゃないですか、と。

そして。あの寒い夏を挟んで、小沢健二ソロデビューの「犬は吠えるがキャラバンは進む」が発売される。

このアルバムについては、もう、何を書いていいのか判らない。この文章はできるだけ記憶に基づいて書こうと思っているのだけど、このアルバム含めいくつかの音楽については、何度も何度も聞いて繰り返し繰り返し考えているので、もう思い出すものが、当時記憶なのか後に考えたことなのか、判らなくなってしまっている。

それでもとにかく覚えているのは、なんといっても「天使たちのシーン」が胸に迫ったことだ。日常的な光景から始まり「真珠色の雲が散らばってる空に誰か離した風船が飛んでいるよ」の美しさにうっとり。「大きな音で降りだした夕立の中で子供たちが約束を交わしてる」になぜか涙が出そうになり、そして枯れ落ちた木の間から見える星を想い、ネッカチーフを巻いた笑う彼女を想った。明け方の月は沈むことはなく明けてゆく空に消えてゆくんだと知った。(「いつか誰もが花を愛し歌を歌い」の部分は、ちょっとだけ布施明の「愛よその日まで」を思い出した。)

比較的コンパクトで、少し薄暗い「カウボーイ疾走」も大好きだ。「夜明け前の、弱すぎる光」。美しい。それと理系の人間として、「熱はただ散ってゆく」とか「熱は均されてゆき」とか「歩道まで散らばって戻らない砂」とか、熱力学第三法則っぽい歌詞にも耳を奪われた。

その真摯な歌詞、隙間の多いアレンジ、生々しい歌声。何度も聞いた。今思うと一番勇気づけられたポイントは、すごく注意深くだけど確実に、アイロニカルで冷笑的な声を跳ね返す言葉が散りばめられているところだったかも知れない。小沢健二は決してフリッパーズ時代を「解脱」したのではない。ヒリヒリした気持ちのまま、決然と上澄みの世界を目指した。そのために冷徹さと攻撃性が必要だった。それを感じることができる言葉たち、そこに共感できた。「神様を信じる強さ」とは、強さでもあり弱さ、弱さでもあり強さ。「生きることをあきらめてしまわぬ」ため。響いた。救いとして、励ましとして。

そうそう。このずっとずっと後、自分が結婚した後の話ですが、「天使たちのシーン」の「生命の熱を真っすぐに放つように雪を払い跳ね上がる枝を見る」という歌詞が好き過ぎた自分は、「もし子供ができて、それが女の子だったら「雪枝」という名前を付けたい」と言ったことがある。でも雪国の育ちの彼女は「私は「雪」という字にポジティブな感情を持てないの。お願いだからやめてね。」と、それを止めた。

この同じ時期、もう一つよく聞いていたCDがある。たまの「ろけっと」。前作「犬の約束」から音響が良くなり、そのせいか風通しの良い、空間を意識させる音になった。更に「ろけっと」では、メンバー各人の色がはっきりしてきて距離が遠くなり、小さくて硬くて体積の小さい4つの「点」が空間に散らばっているような感じがした。その点が描く星座や、その間に張る空間が、「たま」なんだな、と思わせた。「日曜日に雨」「教室」「冥王星」などのキャッチーな曲もたくさん入っていて前作よりも明るい印象もありながら、最後の「眠れない夜の真ん中で」と「寒い星」のスローナンバー2連続で完全にノックアウトされる。特に「寒い星」は良質なSFみたいな光景・感覚。しびれた。

秋、遠くで学会があった。広島だ。当時は飛行機代も高かったし、新幹線代すら出ない。そこで節約のため、仙台から名古屋までフェリーで行き名古屋から新幹線でいくことにした。その仙台から名古屋までのフェリーの船上、「犬は吠えるがキャラバンは進む」と「ろけっと」を繰り返し聞いていた。学会の準備はそこそこできてたし、船は揺れるから文字を読んだら酔ってしまう。それで、甲板の上に出てベンチに座り、学会の発表原稿を覚えるふりをして、海を見ながら、カセットウォークマンで何度も何度も繰り返して聞いていた。そのときの風景を思い出す。心も、少しずつ癒されていた。

広島で、遠くのあの人に、お土産を買った。食べ物だったので、クール宅急便で送った。もちろん、あとで会話のネタにするため。品物の値段より、送料の方が全然高かった(笑)。

時代の話をしよう。いわゆる「ドーハの悲劇」もこの時期だった。この試合の中継局はテレビ東京だったのだけれど、仙台には系列局がなくて試合の生中継が見られなかった。別の局の深夜バラエティで、テレ東を見ながら番組を進め、W杯出場が決まったらどんちゃん騒ぎをしようという企画をやっていたので、それを研究室でみんなで観ていた。番組の途中まで大盛り上がっていた司会者やゲストたちが、ある時点を境に急にお葬式のような雰囲気になってしまって、いったい何が起こったんだ、と不思議がったのをよく覚えている。そして、帰り道に遠くのあの人に、公衆電話から電話をした。「残念だったね」と言い合った。

佐野元春の「ザ・サークル」が出たのはそのちょっと後だったかな。前作とはうって変わって落ち着いた雰囲気のジャケット、テンポ遅めの曲たち。そして冒頭から衝撃的な歌詞の数々。でもなんだか不思議に、自分は否定的な印象を受けなかった。後半の「彼女の隣人」や「エンジェル」や「君がいなければ」があったからかもしれない。衝撃的な歌詞「グッドラックよりもショットガンが欲しい。君を撃ちたい。レスキューミー、レスキューミー」には「佐野さん、判るよ!」って思った。たぶんだけど、この時佐野さんの心の底近くにあったものは、自分の抱えていたものに似ていた。それに救われた。「ありったけのレイン、ありったけのペイン」「君と抱きしめてゆく」。なんて優しい。

突然ですが、アイドル軍団、おニャン子クラブの解散前ラストアルバムも、タイトルが「サークル」なんです。これはたぶん駄洒落で日本語の文章の最後につける「。」のことだ。それをちょっと思い出した。まさか佐野さんの「ザ・サークル」もまた、ハートランドのラストアルバムになるなんて思いもしなかった。

年末、クリスマス。遠くのあの人に何かをプレゼントしたいと思い、2枚のCDを買った。めちゃくちゃ考えて迷って迷って決めたのは、フリッパーズ・ギター「海に行くつもりじゃなかった」と、矢野顕子「スーパーフォークソング」。なんでその2枚だったのか。うーん、思い出せない。気に入ってもらえるかどうかとかは、あまり考えなかった気がする。どっちも、自分が考える「最高におしゃれなCD」だった。もらった方はどう思ったんだろう? だいたいCDほどもらって困るものもない(笑)。どんな顔をしたか憶えてないな。「ふうん」くらいだったと思う。

そして、まあ。

良くあるオチではありますけれど、いま、自分の家のCDラックにはこのCDが2枚ずつ並んでいます。そして雪国育ちのその人は、子供に「雪枝」と付けることを反対する。
CDをもらった時の感想は、今に至るまで聞けていない。聞く必要はないですよね。

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