【1994年のこと】(自分にとっての)小沢健二「LIFE」、エレファント・カシマシ「東京の空」、そして佐野元春ライブ「LAND HO!」

 1994年の事を書こうとしたのだけど、しばらく書けませんでした。

 自分にとって1994年は小沢健二「LIFE」の年。「LIFE」の開放的なムードと、就職して仕事を始めて関東に住んだことが、絶妙にシンクロしている。そんな何度も何度も聞いた「LIFE」のことを沢山書こう、と思った。でも書けない。記憶を頼りに書きたいのだけど、聞き込みすぎて当時の記憶が薄れていることもある。
ある時気が付いた。もしかして自分は「「LIFE」が好きじゃなかった」んじゃないか、と。その考えが、すっと自分になじんだ。そうか、そうかも知れない。

 1994年。年初は前年の年末に出たアルバムをよく聞いていた。特に電気グルーヴの「VITAMIN」は好きだった。当時は付き合っていた人が遠くにいて、自分は週末に高速バスに乗っていた。一番前の席に座って、雪が舞う外の景色を見ながら「VITAMIN」の後半のインスト曲を聴くのが大好きだった。最後に映画のEDみたいに「N.O.」が始まる瞬間も目が覚めるみたいで良かった。「花を入れる花瓶もないし」。いじけてるけど、いじけ方が綺麗だ。

 もうひとつ、年末に出た小沢健二のシングル「暗闇から手を伸ばせ」。カップリング「夜と日時計」が大好きだった。静謐なバラード。「凍り付いた」のところで声が変になるところも誠実な感じでかっこよかった。それで1月ころ「小沢健二、3月にミニアルバム発売!」という手書きの張り紙をCD屋で見かける。「年末のシングルのカップリングに「夜と日時計」を入れるくらいだから、この路線のミニアルバムだろう!」と期待して予約した。(「夜と日時計」が渡辺満里奈さんへの提供曲のセルフカバーだというのを知るのは後のこと。)

 2月くらい、満を持して小山田圭吾のプロジェクト、コーネリアスのファーストアルバム「ファースト・クエスチョン・アワード」が出る。CDの作りや写真まで何もかもがおしゃれで、何よりもファンへの気配りとやさしさに満ちていて、欲しかったものがここにある感じがすごくした。1曲目の「太陽は僕の敵」では「意味なんてどこにもないさ」と歌い、ラスト曲「ムーンライトストーリー」では「物語を語りだすだろう」と歌う。「意味やメッセージがなくても物語は語れる」ということか、と思った。この宣言は次のアルバムの「ムーン・ウォーク」に結実しているし、さらに物語も取り去って情景だけを残したのがその次の「スターフルーツ・サーフライダー」で、2000年以降のアルバムからは情景さえも排除される。そんな風に思ってます。意味からの離脱、脱却。これも旧相方の小沢健二の重力圏から逃れようという動機によるものかな、とも思う。でも動機がどうあれ、そうだとしても誠実だし、なにより見事だ。(そしてそのことが海外展開に結びついたと思う。)

 3月、けっきょく小沢健二のミニアルバムは出なかった。代わりに届けられたのは「今夜はブギーバック」というシングル。少し怖いような、暗さをまとったような、パーティーチューン。カタカナ交じりの日本語でワンナイトな出会いを歌う歌詞。正直、受け入れられずに戸惑った。「甘い甘いミルク&ハニー」? 「心変わりの相手は僕に決めなよ」? 「僕こそがラブ・マシーン」? でも、後輩は「ほんのちょっと困ってるジューシー・フルーツ」は判りますよ、俺もそういう感じ好きです、って言っていた 笑。まあコラボシングルだしな、と、この時には思っていた。

 4月、就職して住処を関東地方に移した。山の中の小さな町だった。週末、タワーレコードのある東京の街に、電車で1時間半かけて遊びに行くのが楽しみだった。収入もできたからタワーレコードで沢山CDを買った。聞いたこともない洋楽やマイナーバンドのCDを試しに買うのは勇気が要ったけど、外れたら外れたで楽しかった。

 そうしたCDの中に、エレファントカシマシの「東京の空」があった。いきなり「この世がどうにもならねえくれぇは俺でも知ってらぁ!」。うわ最高。ロックだ。世界の否定だ。想像通りのエレカシだ! しかし全曲を聞いたあとには違う印象が残る。高揚感と焦りと力強さ、何より聞くものへの共感と激励。自分が思い描いていた、孤高で闘争的なエレカシとはずいぶんと違っていた。会社で仕事を始めたばかりでもあったし、じわじわと沁みるものがあった。中でも「いつまでそうして意地を張るのさ」と歌う「誰かのささやき」。「見てみろよ夕日が綺麗じゃないか」。世界の肯定だ。否定と肯定が同居してる。宮本浩次にとってのこのアルバムの位置づけはもうあちこちで語られている。「誰かのささやき」とは、宮本から宮本への「ささやき」だったのだろう。だけどこの焦りも激励も含んだささやきは、宮本自身へと同じく、もがいていた自分にも響いた。この時からエレファントカシマシはフェイバリットバンドだ。

 夏の初めには、小沢健二のシングル「愛し愛されて生きるのさ」が届く。「ブギーバック」はショックだったけど、このシングルは馴染んだ。「何にも見えない夜空あお向けで見てた。そっと手を伸ばせば僕らは手をつなげたさ」。「犬」の世界観から地続き。でも確実に丁寧に歩を進めた優しさ、ポジティブさ。カップリングの「東京恋愛専科」の「こんな恋を知らぬ人は地獄に落ちるでしょう」なんていう毒のある表現にもホッとしたりした。やっぱり「ブギーバック」は企画ものだったんだ、と。

 しかしそんなことはなかった。「ブギーバック」はほんの序章だった。夏の終わりにアルバム「LIFE」が出る。これを聴いた時の違和感。歌詞に共感できない。軽薄に装ったような言葉遣いは、わざとにも見えた。歌い方も声も変わった。無理してる気がした。自分の好きな小沢健二は「犬」アルバムの小沢健二、「LIFE」には馴染めなかった。好きになれなかった。ただ、めちゃくちゃ聴いた。歌詞カードを見て、インタビューを読んで、何度も何度も聞いた。嫌いなのになんで聞くのか。それは、「正しい」と思えたからだ。この方向に正しさと未来があると思えた。自分は「LIFE」に置いて行かれたのかもしれない。だから聞いて聞いて聞きまくって理解して学習して、これを内面化しようとしていた。

 何度も聞くうち、ラストソング「おやすみなさい、仔猫ちゃん!」が好きになった。2番「生まれたての蝶が」から「それは素敵なシーンだった」までが一つながりの詞だと気づいた時の衝撃と感動。まるで短編小説だ。途中の子供コーラスも可愛いくて「夏の嵐にも冬の寒い夜もそっと灯りを消して眠ろう。またすぐに朝がきっと来るからね」と終わる。暖かで柔らかな、陰陽を反転させてはいるけど、「犬」アルバムの世界だと思えた。(変なタイトルはやめて~、とは、少し思ったけど 笑。)

 というわけで、この年は年末にかけて、とにかく「LIFE」と「東京の空」をたくさん聞いた。小沢健二はテレビにもたくさん出て、12月には「ラブリー」がシングルカットされ、いよいよキャーキャー言われる存在になった。あの小沢健二がキャーキャー言われるなんて。(でもまあ、思えばフリッパーズ時代からキャーキャー言われてたのだ。)

 小沢健二以外の話も。

 「LIFE」発売の少し前、だったか。佐野元春のバンド、ハートランドが解散するという記事を雑誌で読んだ。ラストコンサート「LAND HO!」を横浜スタジアムでやるという。チケット販売はもう始まっていた。直感的に思ったのは「ああ、佐野元春 and ザ・ハードランドを見ることはできなかった。一生に一回くらいは見たかったなあ」ということ。会社の寮のベッドに寝転んでぼんやりとそう思った。はっきり覚えている。土曜日のお昼を食べ終わってゴロゴロしてる時だった。「待てよ、横浜ならいけるじゃん」。ガバッと起き上がりましたね、ベッドから。そしてその日の午後、ひたすら電話をかけたら、なんとかチケットをゲットできた。発売当日に一回売り切れても、その後にキャンセルが出て復活してた。幸運でした。当日は9月15日の祝日、次の日は出勤だ。でもコンサートが終わってからでは帰れない。しかたがないのでホテルを予約した。

 コンサートは素晴らしかった。明るいうちに始まって3時間以上。取れた席はレフトスタンドのポール際の3階とかで、佐野さんはものすごく遠かった。豆粒みたいな佐野さんとスクリーンを交互に見た。最高だった。とにかく知ってる曲ばかり(当たり前だ!)。立ちっぱなしの歌いっぱなし。初めての佐野さん、初めてのスタジアムコンサート。行ってよかったなあ。でも終了後だいぶ遅くなってホテルに着いたときはへろへろ。翌日はそのまま出社しないといけない。起きて30分で5時発の特急に飛び乗った。起きた時は思わず言いましたね、「でもまだ四時半だぜ」って。

  横浜スタジアムへはスチャダラパーの「スチャダラ外伝」をウォークマンで聞きながら行った。「Get up and Dance」で「アスピリン片手のジェットマシーン」という歌詞が出てきてシンクロニシティを感じたものです。「Get up and Dance」にも参加していたTokyo No.1 Soulsetの「トリプル・バレル」は新鮮だった。ヴィーナス・ペーターの「ボクサー」のカバーも最高だった。ピチカートファイブも聞いた。L⇔Rも「ランド・オブ・リッチーズ」で一気に開放的になった。「渋谷系」という名称が聞こえてきていた。でも自分は「渋谷系」とはアフターフリッパーズ、コーネリアスとピチカートファイブのことだと思っていた。小沢健二やスチャダラパーは、ちょっと違うんじゃないかな、と。だからサニーデイサービスの「コズミック・ヒッピーep」は「ザ・渋谷系」だった。

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