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ストーカーに軟禁された話

昔勤めていた職場にいたAは、眼鏡をかけていて背が低くてひょろっとしていて、会話中も目を合わせてくれず、声が小さくてオドオドしていた。

でも、学歴は高く知識も豊富だった。私はそこに興味を抱いていた。

フランクに馴れ馴れしく話しかける私に、最初はかなりの拒絶反応を示していたA。
声が小さいくせに、好きな小説やアートの話になると途端に得意げに饒舌になる姿が面白くて、何かと理由をつけては飲みに誘った。

いわゆる、「ヲタク」「コミュ障」と言われる人たちは、自分が傷つかないように他者と心の壁を作ることで自己防衛している。

私はその心の壁をぶち壊すのが好きだった。どんな君の姿も受け入れるから、見せてごらんよと、あえて土足で踏み込んでみると、彼らはあたかもそうされるのを待ちわびていたかのように、懐いてくれる。
自分を素直に表現して、それを受け入れてもらえたという成功体験を積んだ彼らは、別人のようにキラキラして、堂々と振る舞えるようになっていく。

そんな風にして、私は昔から、もちろん純粋な相手への興味からなのだが、男女関係なくそうやって様々な種類の殻に閉じこもった人のブレイクスルーを手助けするような存在になっていた。
「彼らは私のおかげで…」
そう、いつからか私はそんなおごった考えを持つようになってしまっていたのだ。

Aに対しても、そのままの考えだった。
あなたにはこんなに素敵で面白い所がたくさんあるんだから、自信をもって出してみなよ、と。

分厚い防御の壁で覆われた心の部屋を、容赦なくこじ開けてしまったんだ。いたずらに。

猫耳ロリ巨乳少女サイコー!!と堂々と私に言えるくらいには打ち解けた頃、Aは現実の女性に興味を抱き始める。
それはいたって喜ばしいことだ。
ただ想定外だったのは、その責任を私に求めてきたことだ。

君が僕をこんな風にしたんだ、自分でも自覚したことのなかった欲望や、性癖や、変態性を君は何でも受け入れてくれた。
それは僕のことを好きだから、という理由以外にあるかい?と。

彼は決して私に恋をしていたわけではない。
ただそこにあったのは、「自分のことを1番受け入れてくれた相手」に対しての執着心のみだ。

少しずつ少しずつ、人は成長の過程の中で他者との距離感を学ぶ。
彼もその過程の途中にいたところだったのだろう。
なのに、その小さく小さく何段にも丁寧に積まれた階段を、私は一気になぎ倒してしまったに違いない。

「君は僕の面倒をみる責任がある」

いつの間にか真っ直ぐ目を見て話せるようになっていた彼は私に言った。

センセーショナルなタイトルにしてしまったが、Aは元来は人を傷つけるようなことをしない、優しい男性だったと思う。
そんな彼をストーカー行為に走らせたのは完全に私のせいだと思っている。
だから、Aのことをストーカーと呼ぶのには抵抗がある、実際は。
また、軟禁されたのは、元はといえば「縛られたい、そういう願望がある」と話す彼に対して、「じゃあ縛ってあげるよ!」と(何の経験も知識も無いけど)安易に受け入れてしまった自分にも非がある。

Aの縛られてみたい願望を快く受け入れてしまった私は、
Aの部屋で、両手脚を荷造り用の紐で縛り、しばらく観察していた。
そしてどんどん紅潮していく顔を見て、
あ、なんだか新しい姿を引き出せそう。と
私は冷静にそんなことを思っていた。

縛ったままズボンとパンツを膝までずり下げて、じゃ!と私はAを放置して部屋を後にする。

30分後部屋へ戻ってみると、Aは息も絶え絶えに、ビクビクと痙攣しながら射精していた。

その姿を見て満足げにしている私を見たAは、血走った眼差しで
責任をとれ!責任をとれ!と叫んだのだった。

まず、Aの筆下ろしを手伝った。
(もちろんここに至るまでに一悶着はある)

これは恋愛感情によるものじゃないよ、私はあなたとお付き合いするつもりはないよ、と何度も念を押した上で応じた。

なのに、事後Aは、お前は俺の女だ。と言った。

怖くなった私はAと距離をとりはじめた。

私との距離を察知したAは、執拗に追い回してくるようになった。

どうして彼氏のことを無視するんだ?と。

そのたびに、彼氏じゃない。友達だと思ってる。友達としては好きだから、今まで通り仲良くしよう。と説得した。

でも、もう身体の関係をもった後なのだ。

だから彼1人だけ悪者にできないという思いが私にはあって、だからこそ自分で何とかせねば、説得すればわかってくれるはずだ、と信じていたのだ。

Aはそんな私の罪悪感に漬け込む技をも習得する。

真面目に大人しく生きていた僕をこんな風にさせたのは君だ、と言われるたびに、
その通りだ…と私は彼に従うしかなかった。

そして決め手となる事件が起きる。

いつか私が彼を縛った荷造り紐で、今度は私が縛られてしまったのだ。

すぐに解いてもらえると思っていた。

しかし、金曜の夜に彼の部屋へと向かった私が、部屋を出られたのは日曜の夕方だった。

日曜日の夕方、まだ陽も高い中、Aの住むマンション前の人通りの激しい交差点で、走って横断歩道を渡ろうとする私の腕を掴み、その場でAは土下座した。

ごめんなさい、と泣きながら土下座して謝っていた。

私は彼への罪悪感も忘れて、
ふざけんな!!帰れ!来んな!!と叫んでいた。

以来、私は土足で人の心に踏み込むような真似からは一切手を引いた。

ストーカーにさせてごめんなさい。
 
今でもAには罪悪感しかないのだ。

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