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メグレ長編53『メグレと口の固い証人たち』Maigret et les témoins récalcitrants(1958)紹介と感想

ジョルジュ・シムノン 長島良三訳『メグレと口の固い証人たち』河出書房新社,1983


あらすじ

11月3日の月曜日。定年まであと2年のメグレは不機嫌だった。
司法警察局でラポワントが逮捕した『修道者』グレゴワール・ブローと話していたメグレの元に殺人事件の知らせが入る。
被害者はレオナール・ラショーム。1817年創業の老舗菓子会社ラショーム・ビスケットの中心人物だった。
メグレが現場へ行ってみると、家の前時代的な古臭さと、通常の場合に見られるような反応が家族に見られないのが気になった。
新しい予審判事が捜査の見学をしているため、思うように捜査できないメグレに、非協力的な家族。
果たして、潰れかけた老舗菓子会社を経営している一族に隠された闇とはなんなのか。


紹介と感想

潰れかけた老舗企業の一族を舞台にした今回は、古さと新しさの対比が全編に渡って張り巡らされていました。

老舗だが新しい時代に対応できなかった菓子会社ラショーム。時流に抗えず、しかし潰れることを良しとしなかった一族は、何よりも存続をさせることが最優先と、未来の無い延命処置をし続けます。
そんな無理を続けてきたことが、今回の悲劇の始まりでした。

そして、司法警察にも新しい流れが押し寄せていました。
コメリオ判事は引退して犬の散歩に勤しみ、代わりに来たのは新しい世代の判事・アンジェロ予審判事でした。
アンジェロ予審判事のせいで、メグレはいつものように事件関係者に尋問ができず、現場を感じることもできず、最後の尋問まで規則通りアンジェロが行うことになってしまいました。

しかし、メグレは心の中では多くの不満がありながらも、時流に無理やり逆らうのではなく、その中で自分の出来る事を一つ一つ行っていきます。

上記のような状況に加え、関係者達がだんまりを決め込む事もあり、今回のメグレは事件の周辺から中心に近づこうとしていきます。
メグレの部下達もしっかり活躍する為、レギュラーキャラクター好きとしても満足度が高いです。

個人的に印象に残ったキャラクターが2人いました。

一人は本筋の事件とは関係ないが、後半でメグレが判事に話すプロの強盗の話の説得力を高めるためのキャラクター、『修道者』ことグレゴワール・ブローです。
彼は、留守と分かっている著名人の家に盗みに入り、食事をしたり風呂に入ったりベッドで休んだりして、冷蔵庫が空になるまで滞在するという変わった泥棒です。
彼との場面は、メグレから見て正に古き良き警察を表す場面にもなっていました。

もう一人は、唯一ラショーム家から脱出したヴェロニック・ラショームです。
既に死体となっている家にしがみつく家族に反発し18歳で家を出た彼女は、自立し立派に生活していました。
しかし、事件の全貌が分かってみると、間接的に事件のきっかけ作りに関わってしまい、自分自身も傷つく結果が待っていました。
大きな傷が残ってしまったヴェロニックですが、彼女はまた立ち上がることができるだけの力があると思います。

今回の件がなくても遠くないうちに悲劇が起きたことは間違いないほど疲弊していたラショーム家。
しかし、ラショーム・ビスケットは潰れ、かび臭い邸宅には老人しか住んでいない状況でも、ラショーム家が潰えたわけではありません。
本編では一切出て来なかった、ラショーム家にとっての未来を表すレオナールの息子・ジャン=ポールと、ヴェロニックの二人が、悲劇の中に一筋の光を残していると感じました。

ミステリーとしては、いつも通り凝ったものでは無いですが、メグレシリーズの中では事件の作り自体も中々面白いものだったので、捜査小説が好きな人も楽しみやすい作品だと思います。

 この新しいアンジェロ判事の前で、メグレは思わず知らず、いわばある人々が想像するようなメグレの役を演じて気取っていたのだ。彼はそれが得意なわけではなかったが、やめるわけにはいかなかった。二つの世代が向かい合っている。彼はこの青二才に見せつけてやりたかったのである……。

ジョルジュ・シムノン 長島良三訳『メグレと口の固い証人たち』河出書房新社,1983, p.210
アンジェロ判事に事件の経過を説明しているメグレ

映像化

ルパート・デイヴィス主演(英) ※日本未紹介
 シリーズ2 第11話『The Reluctant Witnesses』(1962)

ジャン・リシャール主演(仏) ※日本未紹介
 第38話『Maigret et les témoins récalcitrants』(1978)

愛川欽也 主演(日)
 第8話『警視と口の固い証人たち』(1978)

ブリュノ・クレメール主演(仏)
 第9話『メグレと口の固い証人たち』(1993)


メグレシリーズ 既読作品リスト

現時点での読了リストを自分用のメモとして書いておきます。
☆がお気に入り、〇がお気に入りには後一歩だけど良いと思った作品です。
全て現時点での評価になります。

長編
〇03.サン・フォリアン寺院の首吊人(1930)
 06.黄色い犬(1931)
☆07.メグレと深夜の十字路(1931)
☆09.男の首(1931)
 14.サン・フィアクル殺人事件(1932)

☆21.メグレと超高級ホテルの地階(1942)
☆25.メグレと奇妙な女中の謎(1944)
☆29.メグレと殺人者たち(1947)
☆35.メグレと老婦人(1950)
☆36.モンマルトルのメグレ(1950)
☆38.メグレと消えた死体(1951)
☆39.メグレと生死不明の男(1952)
☆44.メグレと田舎教師(1953)
☆45.メグレと若い女の死(1954)
☆46.メグレと政府高官(1954)
☆47.メグレ罠を張る(1955)
〇48.メグレと首なし死体(1955)
☆53.メグレと口の固い証人たち(1958)
 62.メグレと幽霊(1964)
☆63.メグレたてつく(1964)
〇64.メグレと宝石泥棒(1965)
〇72.メグレと老婦人の謎(1970)
 73.メグレとひとりぼっちの男(1971)

中短編
 01.首吊り船(1936)
 03.開いた窓(1936)
 04.月曜日の男(1936)
 05.停車──五十一分間(1936)
 07.蠟のしずく(1936)
〇12.メグレと溺死人の宿(1938)
☆14.ホテル“北極星” (1938)
〇17.メグレと消えたミニアチュア(1938)
〇19.メグレとグラン・カフェの常連(1938)
 20.愚かな取引(1939)
☆21.街中の男(1940)
☆24.メグレと無愛想な刑事(1946)
☆25.児童聖歌隊員の証言(1946)
〇26.世界一ねばった客(1946)
〇27.誰も哀れな男を殺しはしない(1946)
☆28.メグレ警視のクリスマス(1950)


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