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映画「蛇のひと」(ネタバレあり)


長いあらすじ

 これもまた、西島秀俊主演によるサスペンス映画である。
 経理部員のOL三辺陽子(永作博美)がある朝、出社すると社内は騒然としていた。上司の伊東部長が自殺し、また課長の今西由紀夫(西島秀俊)が失踪したという。副社長に呼ばれた陽子は、今西に会社の金を横領した疑いがあり、警察に届けずに内々に対応したいので今西を探すようにと命じられた。

 なぜ陽子なのか。今西は好人物とみられていたものの、彼の係累や生い立ち私生活は、社内でも正確に把握されておらず、直属の部下であった陽子がいちばん身近で彼を知っているから、とのことだった。陽子は今西が横領したとは信じられず、今西の棲んでいたアパートや前の職場などを訪ねて行く。そうして、今西についての逸話を聞くことになったのだが好人物という彼の印象は怪しくなっていった。

 今西は親切で過去の職場などでもトラブルや悩みを抱えた人たちにアドバイスをしていたのだが、それにしたがった人たちが微妙に不幸せになっていったのだった。陽子はまず、今西の自宅アパートに向かったが、そこで隣に住む漫画家志望の島田(劇団ひとり)が通りかかり、話を聞いた。島田は、6年前、今西に励まされた結果、周囲の大反対を押し切って会社を辞め、創作に専念していると言う。陽子は彼女を応援するよう会社から命じられた田中一(田中圭)と合流し、つぎつぎと話を訊いていった。

 今西が残した名刺から一人の女性を訪ねると、彼女は今西にふられた後で今西の友人と結婚したのだが、DVにあって結局離婚したという。そして、ある夫婦は、今西のアドバイスに従って分不相応のマンションを購入したがローンの返済に汲々として夫婦仲に亀裂が入っていた。今西の友人の一人は不倫が妻にバレた挙げ句に今西の仲裁を受けて、愛人と妻と3人で住むことになったという。

 今西に関わって彼の忠告に従った人たちは微妙に不幸せになっていた。田中は、今西は彼らのためを思って言ったので悪気はなかっただろうというが、陽子は今西がわざとやったような気がしてきた。会社に戻ると伊東部長の妻が、実は夫が会社の金を横領したと、その金をもって謝罪に訪れていた。伊東は、横領の罪を今西になすりつけようと考えていたが、伊東の不正行為に気づいた今西が部長宅にやってきて、夫を責めるでもなく、自分は犯人として姿を消すといい残して去り、その後伊東は自殺したのだと妻は釈明した。

 陽子の今西に対する疑念はたしかなものに変わった。彼女は、大阪にある今西の実家を訪ねて、今西の実の母親の面倒を見続ける彼の幼馴染から話を聞くことができた。今西の父は義太夫の師匠で地元の名士でもあった。ただし、今西は妾腹の次男であり、本妻が生んだ歳の離れた兄がいたのだった。今西も素質を見込まれ、子どものころから父のもとで義太夫の修行を日々積み重ねていたのだが、兄や先輩たちは何かにつけて今西を虐めるのだった。

 それは腹違いの弟だからというだけではなく、義太夫の才能は兄よりも圧倒的に今西の方が上だったからでもあったが、彼はあえて、その才を隠すようになった。ある晩、今西が口笛を吹きながら風呂掃除をしていると兄は夜に口笛を吹くと蛇が出るぞ、邪悪なものがくるぞと嫌味を言った。その邪悪なものって僕ですよね、と返して卑屈なそぶりを見せると兄は満足するのだった。

 運命の兄の初公演の日、今西は兄をだまして遅刻させ、代わりに自分が高座に上がった。父や先輩たちは驚くが、何かが憑いたように芸を披露する幼い今西の語りに惹き込まれ聞き入ってしまった。客席も割れんばかりの拍手に包まれた。その後、今西は幼馴染と一緒に実の母のもとに身を隠す。その頃、今西の芸を見て乱心した兄は、家に帰ると両親と父の弟子たちを刺殺して自らも命を絶ってしまったのだった。

 幼馴染は、今西は、こうなるとわかって仕組んで家をつぶしたのだと言う。これまで今西と関わった人たちの、その後を辿って来た陽子は、ふと彼が自分の婚約者を訪ねるのではないか、と思って急ぐのだった。案の定、今西はそこに来た。陽子は一緒に帰るように今西を説得するが、彼は自分が人を死に追いやるほどの深い業をもった人間なのだ、自分に関わるな、と陽子に告げて一人、赤いスポーツカーを運転して去っていく。

 陽子に自分の闇を知られて、死のうと思ったのか、今西は海の近くで空を見上げながら車のアクセルを踏み込む。だが、海に落ちる寸前、ダッシュボードに陽子が置いていったあるものに気がついて急ブレーキをかけた。それは、幼い頃に意地悪な兄に捨てられてしまったお気に入りの万華鏡だった。師匠である父から唯一買ってもらった宝物だった。

 陽子は今西が姿を消したままの職場に戻っていた。ある日、漫画家を目指していた島田が新人賞を受賞したという記事を見つける。今西の口車に乗せられながらも、自分の力で運命を切り開いた島田の成功を知って、陽子の心は、ようやく晴れやかになったのだった。

短い感想

 今西は伊東部長が自殺する直前に伊東の家を訪ねたが、その時に「兄が生きていれば部長と同じくらいの歳なんです」と言ったのだった。伊東が、どう受け取ったかはわからない。ただ、日頃から伊東は今西に引け目を感じていたので彼が横領したように偽装したのだし、彼の訪問が伊東の自殺の引き金になったのだった。そして今西の生い立ちと重ね合わせると彼のこの一言は怖しい意味を持っていたのだが、それが映画の後半で明らかになった時はザワッとした。

 今西は直接、人を責めたり傷つけたりしない。今西の親切ごかしのアドバイスにしたがって不幸せになった人たちは自分の欲望や愚かさのために自滅していったと観ることもできる。言ってみれば彼らは自業自得だったのであり、今西は単なる触媒だったと言えるのかも知れない。

 そして今西自身は不幸な生い立ちの中で虐げられた弱者として復讐を果たしたのだ。兄に恥をかかせてやればよい、父と兄が不和になればよい、くらいのつもりだったろうし、自分は父の家を出奔するつもりだったのだろう。しかし、結果は極めて重大なものになった。

 この経験が今西の性格にある種の歪みをもたらしたのだろう。自分の業の深さにおののきながらも、自分の心の闇を制御できなくなってしまったのだろう。最後に陽子は今西に救いの手を差し伸べたわけだが、彼女自身がこれからの人生をどう選ぶのか余白が残された感じがした。

【映画情報】

2010年公開
脚本:三好晶子(第二回WOWOWシナリオ大賞受賞作)
監督:森淳一
出演:永作博美、西島秀俊、板尾創路、田中圭、劇団ひとりほか

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