観覧車の下で自分と待ち合わせ♨️お散歩「後楽園」
めくるめく日々が過ぎ、
手帳をめくり、暦をめくり、
この身を追いこし季節がめぐる。
自分との約束を果たす日
いくつかのハードルをギリギリの低姿勢でなんとか飛び越えて新年度を迎えながら、よりによって月曜日に満開になった桜に向かい、ああどうか置いていかないで、と念じたのがずいぶん前のことのようだ。
乗るつもりのない観覧車が、雲の隙間からのぞく青空を背にパースがかかり胸を張って立っている。
そのBIG-Oの円心のど真ん中を、上がったり下がったり、誰かさんの心持ちのようなジェットコースターの鋼鉄の線路が突き抜ける。
金曜日の午前11時。
後楽園駅から東京ドームを横目に遊歩道を渡って観覧車の下に到着すると、疲れきった自分を自分で手招きした。
よかった、休みが取れたんだね。
さあ、行くよ。
まずランチタイム前の早めの時間にレストランに入ろう。みんながお昼を食べようとやって来る頃には、お腹を満たして天然温泉へ移動、行列なしで入場するという周到な混雑回避計画だ。
だからアトラクションには乗らない。
忘れたの?
疲れたらまめにいたわるって言ってたのに。
トッポキを食べて韓国ドラマを思う
韓国ドラマによく出てくるトッポキを、食べたことがない。
主人公が高校時代、学校帰りに友達と立ち寄る屋台は決まってトッポキだ。
社会人のヒロインが親友に悩みを打ち明けながら狭いテーブルで一緒につつくのもトッポキで、泣いてない、辛いだけだよ、なんて涙をごまかしたりする。
失踪事件の手がかりになる被害者の足取り、最後に近所で買ったのはおみやげにするはずだったトッポキだし、バツイチのパパがロゼなんて邪道だと言って中学生の娘を拗ねさせてしまうのもトッポキだ。
歴史を思い返すと何だか居心地が悪くて、ずっと韓国ドラマを見たことがなかった。
大好きな映画をいろいろ観ている中にいくつか韓国映画があるくらいだった。
かつてポン・ジュノ監督「殺人の追憶」に度肝を抜かれたのをよく覚えているが、今となっては韓ドラ沼に片足を突っ込み、韓国語の学習アプリをインストールする始末だ。
時間がなく映画館に行けなかった時期、家で熱中できるドラマにハマったのは当然の流れだった。
最初に沼落ちしたのはJ.J.エイブラムスの名を世に知らしめた全6シーズンのドラマ「LOST」だ。
続いて「24-TWENTY FOUR-」の全シーズンを一気見しようとして、自分がもう徹夜はできない年齢になったことを自覚した。
「ゲーム・オブ・スローンズ」が完結する頃まではよくGEOやTSUTAYAの店舗に通ったものだ。
韓国ドラマのきっかけは強いて言うならパク・ソジュンのとあるラブコメだったろうか。
日本のドラマより長く、20話以上かけて人間関係の変化や絡み合う感情をじっくり深く描くのがおもしろかった。
1人の俳優や監督の作品を年代順に追いかけて映画を観ていくのは、とても深みのある遊びだと思う。
その習慣でパク・ソジュンの過去のドラマや映画もできるだけ観た。
仲がいい俳優だと知ってチェ・ウシク主演のラブコメも観た。彼が短髪で「パラサイト 半地下の家族」に出演したときには髪型のせいで、いやその演技力のせいで全く気がつかなかったのだが。
「梨泰院クラス」でパク・ソジュンが世界の注目を集めたあたりで、U-NEXT、Netflix、アマプラを、ようやくリビングのテレビに装備した。
韓国は火のイメージがある。
感情が豊かで、燃えるような愛や激情を表す物語があり、おいしい辛さ旨さの真っ赤な唐辛子の料理があり。
今回のお散歩は岩盤浴に行くことを最初に決めたので、何となく熱いモードになっていたのか、いつもは行かない韓国料理のお店に引き寄せられた。
そういえばあんなに気になっていたトッポキを、まだ食べたことがなかったのを思い出したものだから。
とんでもなく正解だった。
有名どころが勢ぞろいしているではないか。
ピビム(混ぜる)+パプ(ごはん)の石焼ピビンパは灼熱の器の肌で卵もあっという間にこんがりだし、ニラと多分タコがプリプリのチヂミの生地はモッチモチ。ドラマで主人公が亡き母の思い出の味に涙していたときに食べていた、あのチャプチェも。
そしてトック(餅)+ ポクタ(炒める)トッポキは、赤唐辛子とコチュジャンのベースにクリームなどの乳製品を入れてまろやかにした、ロゼと呼ばれるわずかにトロみのあるスープ。辛さは残しつつ、プルコギも乗って旨みたっぷり。
もち米ではなくうるち米でできているから、トックは長く煮込んでも溶けないのだそうだ。
なるほど甘みと弾力のある歯応えを長く楽しめるというわけだ。
そういえばパク・ソジュンは料理も上手だ。
マーベル映画に出演する何年か前に、外国人のお客に韓国料理をふるまうバラエティ番組でも活躍していた。
お店が少しずつ混んできたようだ。
そろそろ目的地へ向かおうではないか。
ごちそうさまでした!
はじめての岩盤浴でいろいろ流れ落ちた
東京のわりと真ん中辺りにも、ありがたいことに天然温泉が湧いている。
〝キレイがさめない〟とうたう都心のリゾート「東京ドーム天然温泉スパ ラクーア」を訪れるのは3度目だが、今回はじめて岩盤浴コースを+1100円で追加する。
ターコイズブルーの岩盤浴専用ウェアに着替えて、いざ憧れのヒーリングバーデエリアに足を踏み入れる。
一段ずつキャンドルが並べてある階段をペタペタと裸足で上り、いよいよ楽園への扉を開けた。
読書や昼寝など思い思いにくつろぐ数名の先客の横を通り過ぎ、はじめての岩盤浴へ!
当然スマホは持ち込めないので、ホームページの写真をお借りしながら順番に部屋を巡っていこう。
橙幻宮|とうげんきゅう
ゲルマニウム/岩塩/黄土
薄暗いオレンジ色の明かりの部屋は地底の遺跡をイメージしているそうだ。
以前サウナの高温高湿に数分も耐えられなかったので、手始めに室温40℃からチャレンジしてみる。
温かい湯船に潜るような気怠い感覚だが、慣れないためやや緊張したまましばらく横になる。
黄土房|おうどぼう
黄土/石英石/ブラックゲルマ/麦飯石
黄土の遠赤外線効果による老化防止や解毒作用との案内を読み、室温45°Cの床に寝転ぶ。
前の部屋より確実に暑い。
石を敷き詰めたスペースもあったが、その石がどのくらい高温なのか見当がつかず勇気が出なかった。
煙るような石の香りが満ちている。
身体も慣れてきたのか少し汗ばんできた。
つい立てを挟んだ隣には身体の大きな男性が横たわっており、膨らんだお腹がゆっくり上下している。
ズズウウー、ズズウウー、という規則正しい寝息が聞こえ、確かにいびきはアルファベットのZであるという納得が頭に浮かぶ。
その男性の身体からは傍目にも大量の汗が流れ出していて、デトックスどころか水分が抜け過ぎて小さくなってしまいやしないかと気になるほどだ。
きっと目覚める頃にはすっきりと多くの毒素が抜けているに違いない。
そう考えると自分から出る水分はこんなものなのか?もっと汗水を流せないものだろうかと気がはやるのだった。
茜音洞|あかねどう
麦飯石/珪藻土/松鈑石/紅容煉
茜という名の通り赤みのある壁の部屋は50°Cに調整されている。今回は石の上にバスタオルを広げてみることにする。
ジャリジャリジャリッと思いのほか大きな音がして慌ててしまう。どの部屋の誰もが黙って口をきかず、たまにペットボトルの蓋を開け閉めする音しかしないのだ。
そろそろと石の上に寝転び足をのばす。
これまでで1番暑い部屋だがしばらくゆっくりしよう。どのくらい耐えられるか、汗がどれほど流れ出たかを気にしていると、思い出したくないことなどすっかりどこか遠くへ去ってしまうようだった。
かなり暑い。
誰かが起き上がるようだ。
ジャリジャリジャリッというその音に便乗して一緒に退室することにした。
琥弓洞|こきゅうどう
七宝石/ブラックシリカ
最後はアーチ状に切りとられた壁の連なりからか、弓という名を持つ45℃の女性専用の部屋だ。
床から天井にかけて曲線がいくつも並んでいるのが美しく心地よい。
ときおりひそひそと囁く声がする。
室温もちょうどよく、全身の力を抜いて目を閉じる。
その時左の腕を何かが這っている感覚があり、とっさに右手でこすると今度こそ流れ落ちる自分の汗の滴をぬぐっているのだった。
また目を閉じる。
いつも何かを考えたがる自分の脳を寝かしつけるように。
ズウー、ズウー、とまたどこかからアルファベットのZの音がする。
誰のかって、その音で目を覚ました自分のいびきだった。
はじめての岩盤浴を堪能したあとは天然温泉にゆっくりつかる。
身も心も軽くなった湯上がりにはリラックスルームのベッドでのんびりうたた寝をする。
うん、今日はかなり上質な休日を過ごしている。
HAYAKAWA coffeeの早川さんに会いに行く
いつの間にか時計が午後3時を回った。
ということはおやつの時間、大切なカフェタイムだ。
以前ティーポットにひとつずつティーコゼーがかぶせられていた頃からいろいろな町でつい入ってしまうAfternoon teaを、どんな風にどれだけスキなのかはまた別の機会に。
数ある店舗の中で後楽園店は窓があるのでお気に入りなのだが、今日のお散歩では後楽園から歩いて行けそうな新しいお店を探してみた。
常連さんと言葉を交わしていた早川さんは、それと変わらない口調ではじめての来店客にも話しかけてくれる。
自家焙煎した豆を挽いた時点で香りを確かめると、金属の入れ物をこちらに渡してくる。香りを嗅いでいい匂いです!と伝えると安心したような笑顔でよかったです、と呟いてお湯の準備をはじめ、コーヒー豆が収穫される標高のことなどもポツリポツリと教えてくれた。
いつもコーヒーには最終的に牛乳を入れるのだが、今日はもちろんブラックでいただく。
苦手と思っていたコーヒーの酸味に、赤い実であるコーヒーチェリーの姿が浮かぶ。
そうか、フルーツだったからか。
一緒にレモンケーキを食べるとこれまた柑橘の爽やかな強めの酸味が負けじと現れ、口の中がおいしい酸味とは?の討論会のようになった。
「レモンケーキ、こんなにレモンを感じるのははじめてでとてもおいしいです。コーヒーの酸味と合っていてきょうだいみたいです。」
思わずそう言うと、早川さんはいい組み合わせをお選びになったので、とうれしそうに笑った。
途中で帰った顔馴染みらしいお客さんを外まで見送り、早川さんはしばらくお店の前に立ったままだった。
ひとつ空いた椅子に座ると、戻ってきた早川さんに来店のきっかけを尋ねられた。
お店のInstagramを見てやって来たと答え、後楽園から歩いて来たこと、途中東京ドームの野球の試合前の音楽で入場を待つ人びとのわくわくが伝わってきたこと。
ランプや本物のネイビーブルーが見られてよかったですなんてことまで、自分が初対面の方を相手にこんなに多くの言葉を発していることが不思議で、長年人見知りのくせに何をそんなにしゃべっているのだと笑えてきたほどだ。
ごちそうさまでしたと席を立つと、早川さんはまたお店の外まで見送りに出てきてくれるのだった。
神田川の桜並木には葉っぱが混じり、もちろん待っていてなどくれなかった。
時間も季節もどんどん進んでいくなかで、今日はわざと立ちどまってやったのだ。
人が出せるスピードには限りがある。
ゆっくりだっていいのだ。
夕方も近いというのにこんなに空が明るい。
木々の緑を揺らして強く吹きつけてくる風の感覚を全身で受けとめてみる。
温泉で水を、韓国料理で火を、岩盤浴で土の感覚を。
自分の中に風、水、火、土のエレメントがそろっていた。ちょっとファンタジーアドベンチャーを攻略したような気分になって、足どりも軽く帰途につく。
疲れた顔をしていた自分もいつの間にかいなくなっていた。
いい1日だったよね。
バイバイ!
↓本日のお散歩は7つ目の約束
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