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定年からの人文系大学院生~定年後の生き方を考える(その2)

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自分は何がしたいのかを考える

仕事以外で自分はいったい何がしたいのか。これまで趣味などで手を出したことを一つ一つ頭の中で洗い出してみた。社会人になってからトランペットやクラシックギターを習ったことがあった。しかし、どちらも長続きせず、自宅のクローゼットには楽器が長いことしまったままになっている。当時は奮発してそこそこ良い楽器を買ったものだったが。定年後に時間が自由になったら再開することが漠然と頭にあった。このどちらかを本気でやり直そうか。

トランペットは音が大きいため、密集した住宅街にある我が家で練習することは実際上無理がある。妻からも文句が出るだろう。それが長続きしなかった大きな理由でもある。また、単音しか出せない(ハーモニーが出せない)ため、一人で練習するのは音楽的につまらないと感じたのも正直なところだった。どうやら残りの人生をこれに賭けるのはなさそうだ。

クラシックギターは、トランペットとは違って、それほど大きな音は出ないので、自宅での練習はできそうだ。一人でハーモニーを出せるので、トランペットより音楽的にも面白い。近所にギター教室があるのでそこに通って教えてもらうこともできる。


こんな風にしばらく第一候補として考えていた。その間、余暇にギターのCDを聴いたりしてギター音楽に馴染むように意識はしていた。しかし、しばらくしてもどうもやる気があまり盛り上がってこない。ギターを取り出して練習を再開するところまではいかない。

私が好きな音楽は主にドイツ・オーストリア系のオーケストラや声楽の入った大編成の曲で、器楽のソロはバッハの無伴奏などの一部を除いてさほど食指が動かない。また、ギターのレパートリーは歴史的・文化的な背景からスペイン系の曲が多い。つまり自分が好きな音楽ジャンルと、ギターのレパートリーとがあまりマッチしていないのだ。時間がないから、などと言い訳をして先送りするようなことでは、きっとすぐに飽きてしまい、残りの人生をそれに費やすところまで打ち込めないだろう。こうして楽器の演奏は、選択肢から落ちた。

言語学を再発見する

それ以外で自分が興味を持ってきたことというと、言語学がある。高校生の頃、言語学に興味を持ち、その分野の雑誌を読んだり、専門書を買って眺めたりしていた。大学入試では、第一希望として2つの大学の文学部を受験したのだが、どちらも落ちてしまった。

社会科学系にも興味はあったので、第二希望で合格した社会科学系の学部に進学した。親からは文学部なんか行くと就職できないぞ、と言われていたことも影響したかもしれない。文学部は、受験した2つとも落ちたことから縁がなかったと考えて、その後はさほど執着はしなかった。

それでも、教養科目で取った言語学系の授業(いわゆる「語学」ではない)は面白いと思った。期末試験のときに、試験日程を間違えて、結果的に試験勉強を全くせずに試験を受けることになった。それなのに成績が良かったことが記憶に残っている。好きなことは自然に身につくものなのだろう。

就職活動の時期になってみると、当時は文学部を求人の対象から外している企業が多かった。親の言ったことは正しかった、つぶしの利く社会科学系の学部に行って良かったと思った。それから三十有余年、サラリーマン生活に大きな疑問も抱かず過ごしてきて、50代に差し掛かったというわけだ。

ただその間、趣味の面で少し新たな発見があった。40代の中頃、人事異動でグループ会社に出向した。自分で希望した異動だったが、業務内容がそれまでとは全く異なる異業種で、カルチャーショックもあり、かなりストレスを感じていた。

そんなときに、以前買って何年もそのままになっていた言語学の本をふと読んでみようと思った。仕事と全く関係のない分野の本を読んで気分転換をしようとしたのだ。その本は、Steven PinkerのLanguage Instinct(邦訳スティーブン・ピンカー『言語を生み出す本能』NHKブックス)だ。

世界中のすべての言語に共通する文法があるというチョムスキーの説については、大学時代に雑談の中で先輩から聞いたことがあった。当時は半信半疑で、本当にそんな文法を人間が生まれつき持っているのならどうして外国語学習にこんなに苦労するのだろうかと思った。それでも長年印象に残っていて、ピンカーの本の紹介文を見たときに買っていたのだった。

10年くらい積ん読状態になっていたが、このときようやく手に取って読み始めた。ピンカーの軽妙な文体もあり、英語の原書だったが、あまり苦労せずに面白く読むことができた。これをきっかけに、趣味として言語学の他の本を読み始めた。あくまでも趣味の読書の一ジャンルという位置づけである。この時点ではまさか自分が将来言語学を本格的に学ぶとは思っていなかった。

雑誌の広告で東京言語研究所を知った。ここでは大学教員が講師を務める講座が開かれていて、誰でも受講できる。幸い自宅から行けるところに教室があったので、休日に開催される入門用の講座を受けて言語学の理解を多少深めたりした(現在はオンラインで開講されているのでどこにいても受講できる。)。

理論言語学講座というのがメインの講座なのだが、平日の夜間に開講していて、残業が当たり前のサラリーマンが通うのは無理だった。それで休日の講座を2、3回聞いてとりあえず満足した。カルチャーセンターに行くのと同じように考えていた。後はその講座で紹介された本を気が向いたときに読むという感じだった。そんな風にゆるく言語学と付き合っていたところ、2011年の東日本大震災が起き、仕事にも大きな影響が出て、趣味の読書をしているような時間的・精神的なゆとりはなくなってしまった。言語学の本を読む習慣もいつの間にか途絶えた。


この後、大学院に入学するまでの経過に続きます。お楽しみに!
その3はこちら


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