見出し画像

マチルダ

 髪を切った。「レオン」を見たからだ。鏡に映った自分の姿は、全然マチルダにはなってなかったけど、折れちゃいそうな首と、世界のすべてに向けられたみたいな挑むような目つきだけはちょっと似ていた。ファック・ユー世界。
 ムカつくのは、いつもメッセージを送り始めるのはわたしであり、終わらせるのもわたしだったってことだ。なんだか、わたしが月で、あいつが地球だったみたい。わたしはいつもあいつの周りをクルクルせっせと回ってた感じ。あるいは、あいつが太陽で、わたしが地球みたいな。どうでもいいか。
「今日はありがとう楽しかったよ」とか「わがまま言っちゃってごめん、ありがとう」とか。
 そういうのを全部消去していく。ふたりで撮った写真とか、一緒に行った映画の半券とか、テーマパークに行ったときの浮かれたカチューシャ、プレゼントでもらったピアス、影響されて読んだ小説の文庫本。
 バーン!思い出を消去。わたしは殺し屋だ。レオンみたいに凄腕じゃないけど、誰よりも残忍で冷酷、命乞いにも聞く耳を持たない。
 バーン!ピアスをゴミ箱に投げ込む。
 バーン!映画の半券をビリビリに引き裂く。
 バーン!カチューシャを真っ二つにしてやろうとするけど上手くいかなくて壁に投げつける。
 バーン!写真を消去。
 バーン!メッセージを消去。
 バーン!消去しますか?はい。消去しますか?はい。はい。はい。
 きっと命乞いなんてしないってことがムカつくんだ。きっと、いや絶対、命乞いなんてしないだろう。わたしがいたことも覚えてないんじゃないだろうか?
「もういい、サヨナラ」これが最後のメッセージ。そして、それに返信は無い。最後の最後のメッセージ。バーン!思い出を消去。
 むかし、ひとつだけ超能力を持てるとしたらなにが最強だろう?ってことを話したことがある。たぶん、ジョジョかXメンを見たんだろう。
「念力?」と、わたし。
「瞬間移動?」と、わたし。
「鉄を操る?」と、わたし。
「あ、わかった。時間止めちゃう能力じゃない?」
「そうかな?」と、あいつ。
「時間止めちゃえば、なんの抵抗もできないじゃん。銃で撃たれてもよけられるよ」
「浅いな」あいつはしたり顔でそう言った。
「じゃあ、なにが最強だと思うの?」と、わたしはムカつきながら言った。
「記憶」
「は?」
「記憶を消しちゃう能力」
「なんで?」
「記憶を消して、自分が敵だってことを忘れさせちゃうんだよ。そうすりゃ戦わなくたっていい。攻撃されることはないし、こっちが攻撃するとしたら簡単にできる」
 なんかそういうズルいことを思いつく奴だった。ズルくて、卑劣で、皮肉っぽくて、なんでもかんでも斜に構えて見てます、みたいな感じの奴だった。据え膳の完成を待って、なんともないみたいに笑うのでしょう。正しさを嘲笑ってて、正しくなきゃなんて思ってなくて、それを強要するなんてこともなくて、自由で、解放されてて、悪い奴。
 でも、確かに記憶を消す能力があったら最強かもしれない。そんな能力があったなら、わたしはわたしの記憶を消すだろう。人差し指を突き立てて、それをこめかみに押し付ける。バーン!記憶を消去。でも、そんなに簡単にはいかなくて、それはお風呂の黒いカビみたいにしつこくて、どんなに強くこすっても無くなってくれない。
「君は」と言うあいつの声を思い出す。「マチルダに似てるね」
 たぶん、一緒に「レオン」を見てたんだ。そのときは、わたしの子どもっぽい体型をバカにされてんだと思った。たぶん、そうだ。
「君は」と、わたしは言った。「ちょっとあの悪い奴っぽいよ」
「ゲイリー・オールドマン?」
「そう」
 あいつは悪い笑みを浮かべて見せる。わたしは指で銃を作って、その銃口をあいつの額に突きつける。
「バーン!」
 あいつはゆっくりと目を閉じる。


No.559


兼藤伊太郎のnoteで掲載しているショートショートを集めた電子書籍があります。

1話から100話まで



101話から200話まで



201話から300話まで



noteに掲載したものしか収録されていません。順番も完全に掲載順です。

よろしければ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?