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【小説】林檎の味(六)

 カオルは朝からそわそわと、窓の外を眺めていた。入院してもう一カ月になる。病状が少し落ち着いたので、カオリがお見舞いに来ることになっていたのだ。遠くからでもよく目立つカオリの真っ赤な自転車が、病院の前の並木の緑をぬい、ゆっくりとやって来るのが見える。カオルの表情に、花火のようにぱっと明るさが広がる。入院以来、初めての感覚だ。
 カオリが自転車を止め、いよいよ病院の玄関に入った。カオルははやる気持ちを抑え、ごく自然な感じでカオリを迎えようとベッドの上で居住まいを正してはみたが、じれったくてたまらず、たったの二分三五秒がものすごく長く感じられた。
 「よお」
 ビニール袋をぶら下げたカオリが、ひょいっと病室に入って来た。カオルは気恥ずかしそうな笑みを浮かべた。

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