19.銀色のオカリナ

 3月ともなると、ラブタームーラに暖かい南風が吹くようになってきた。木の枝からは芽が吹き、クロッカスやチューリップが花を咲かせ始める。
 すっかり緑色になった三つ子山の1つ、三の山を、タンポポ団はテクテクと登っている最中だった。
「本当にあんのか、銀のオカリナなんて」先頭を歩く浩は、フウフウと息を切らせながら文句をぶつける。
「言い伝えによれば、この三の山のどこかにあるそうですよ」元之は、手帳に書き記したメモを広げながら答えた。
 かつて、ラブタームーラで悪い魔法使いが魔法昆虫を産みだして大災厄を引き起こしたことがある。力ある良き魔法使いはそれに対抗するため、強力なまじないを込めた銀のオカリナを作った。
  それが、この三の山に隠されているのだという。

「とっくに誰かが拾っていっちゃったんじゃないかなあ」そう洩らすのは和久だった。彼はなんでも悲観的に考えるクセがある。
「そもそも、言い伝えは本当だと思う? だいいち、聞かされるまで、わたし達の誰もそのことを知らなかったじゃない」美奈子も疑わしそうに言った。
「少々頼りないところはありますが、信用に足る人物だと考えていますよ、あの人は。なんだかんだと言いましても、これまでだって力添えをしてくれたじゃありませんか。いまは捜索も行き詰まっているわけで、些細な手がかりも欲しいところです。できることからやっていくより、ほかはありません」元之が答える。
「オカリナがここにあるんなら、早く見つけてあげたいなあ。だって、ずっとずっと昔からしまわれっぱなしなんでしょ? かわいそうだもん」緑は無邪気な顔で見上げた。
「そうだな、緑の言う通りだ。どこかにあるってえなら、おれ達で探し出してやろうぜ。ほかにできることもないしな」浩が緑の頭にぽんっと手を置く。
「こんなことも言っていましたね。言い伝えの肝になる部分だそうだ、と念を押しながら。『必要とあらば探すがいい。そのときこそ、再び銀のオカリナはその姿を現すであろう』」元之は聞いた通りを繰り返した。
「まさに、いまがそのときね」美奈子が言う。「だってあたし達、魔法昆虫を探しているんだもん。十分に必要なことだわ」

 三つ子山は3つの山が連なって特徴的な様相を呈していた。どれもほぼ同じ高さで、山頂まで100メートルほどしかない。
 そうはいっても、探すとなるとなかなか大変だ。密集した雑木林で、道もろくに整備されてない。手分けして歩いたとしても、何週間かかるかわからなかった。それが3つもあるのだから。
「まったく気が遠くなっちまうな。せめて、夏までに探索を終わらせたいぜ。暑い中、山登りなんて、ごめんだからな」浩の文句も、今朝だけでもう何度目かわからなかった。
「隠してあるからには、目印のようにものが必ずあるはずなんですがねえ」元之が言う。
「この山、たくさんの人が数え切れないくらい登ってきたでしょ? 誰か見つけて持って帰っているかも」と美奈子は可能性を言及した。
「それに、その本ってめちゃくちゃ古そうだから、ぼくらみたいに探そうとした人が、絶体にいるよ。なら、とっくに見つけられちゃったと思うんだ」和久が、またみんなの気をそぐような発言をする。

「多分、それはないでしょう。強い魔力を持ったオカリナです。普通の人には簡単に見つけることはできないはずです。それに、さっきの言葉を思い出してください。『必要とあれば探せ』、です。魔法昆虫が再び出現したのは、あの出来事以来、初めてのことじゃありませんか。見つられる資格のあるのは、わたし達のほかにあり得ないんです」
 木々の間にはかろうじて道が続いていた。けもの道と呼んだほうがいいくらいだが、藪よりはずっとましである。
「目印があるとして、そいつは例えばどんなのだと思う?」浩が聞いた。
「祠でもあるんじゃないかしら」と美奈子。
「あるいは、なんか特徴的な形をした岩とかさ」和久も想像力を働かせる。
「とにかく、何か変わったものを探しましょう。きっと、そこにあるはずです」元之の意見に、一同は改めて周囲を注意深く見回すのだった。
 午前中いっぱ山を歩き続けたが、祠も風変わりな石積みも見当たらない。
「あたし達ほど、銀のオカリナを必要としているものはいないっていうのに!」美奈子がいらだった口調で吐き出した。

 銀のオカリナ探しが決まったのは、つい今朝のことだった。
 博物館の館長が「そう言えば」と口にしたのだ。
「わしのご先祖である良き魔法使いが魔法昆虫を封じ込めるとき、銀のオカリナを使ったのだそうだ。オカリナを奏でると、魔法昆虫たちはふらふらと集まってくるのだという。一種の催眠術だな。半分眠っておるから、1匹ずつマユに封じ込めるのはたやすい。そうして出来上がったのが、この百虫樹というわけだ」
「こんどのシャリオンなんとかって魔法昆虫、最強のものなんでしょう? 銀のオカリナが必要なんじゃないかしら」美奈子が聞いた。
「そうだなあ、うむ、確かにそうかもしれん」
「博物館に置いてないんですか?」
「残念ながら、見つかっておらんのだ。良き魔法使いは、それをとある場所に隠してしまった。魔法の道具というものは、常に危険をはらんでおるものなのだ。人の目に触れぬよう保管するのがよかろう、そう判断してのことに違いない」

「あのう、どこに隠してあるんですか?」和久はたずね終わってから、自分の間抜けさに気づく。案の定、館長は鼻を鳴らした。
「それがわかっていれば、とっくに探しておるわい!」
「だけど、だいたいの場所とかは伝わっていませんか? 館長、あなたはよき魔法使いの直系じゃありませんか」元之が助け船を出す。
「ラブタームーラであることは確かだ」館長は断言した。
「それじゃ広すぎるって。もっと範囲を絞れないんですか」もどかしそうに浩が詰め寄る。
「えーと、どこかの山の中と聞いた気がするなあ……」
「それ、どこの山?」聞いたのは美奈子だった。いまにも館長に噛みつきそうな勢いである。
「待て待て、思いだそうとしとるんだ。そう、せっつかないでくれ」館長は額に何本もしわを寄せ、ポケットからハンカチを出して汗を拭った。
「早くっ!」緑をのぞく全員が、一斉に促す。
「そ、そうだっ。三つ子山だ! 三つ子山のうちの三の山だった!」膝をバンッと叩いて、座っていたイスから立ち上がった。「うむ、すっかり思いだしたぞ。三の山で間違いないわい!」
 こんなわけで、タンポポ団はいまも草をかき分けながら、必死の探索をしているのだ。

「なあ、1度山を下りねえか? とっくに昼の時間だし、飯を食ってからまた来ようぜ」空腹に耐えかね、浩は音をあげた。
「お弁当を持ってくればよかったなあ。ねえ、緑。あんた、家まで我慢できそう?」美奈子が聞く。
 その緑は、美奈子の声が聞こえなかったらしく、奧に立つマテバシイの木目がけて走り出した。
「緑、1人で森の中を行っちゃだめっ」緑を追って駆ける美奈子。残りの者も、仕方なくあとに続く。
「ねえ、これ見て!」マテバシイの幹を触れながら、緑はみんなを呼んだ。
「なに、どうしたっていうの、緑」ようやく追いついた美奈子は、樹皮を透かして幹がぼんやり光っていることに気づく。
「こりゃあ、いったいなんだ?」2番目に到着した浩も、銀色の輝きを目の当たりにした。
「どうやら、なかはうろになっているようですね」次にやってきた元之が、じっくりと樹皮を観察する。
「もう~、みんな急に走らないでよ~」最後に合流したのは和久だ。ほかのみんながのぞき込む幹に目をやり、「あれ? ここ、小さな引き手みたいなの付いてる。ふすまみたいに開くんじゃないかな」
 
「あら、ほんとうだわ。どれどれ――」美奈子は樹皮に刻まれた引き手に爪を引っ掛け、横に引いてみた。カラカラッと軽い音とともに小さな戸が開き、ちょっとした空間が出現する。
「まるでタンスの引き出しだな」浩が顔を近づけ中をのぞき込んだ。「何かあるぞっ。こいつはまさか? ああ、やっぱりそうだ。なあ、みんな。見つけたぞ。緑が見つけたんだ。銀色のオカリナだ!」
 浩が取り出した銀のオカリナを、全員で見つめる。洋銀のような光沢だが、自ら光を発していた。明らかに魔法の力を備えた神秘的な楽器である。
「まさか、こんなにあっさりと手に入るなんて」美奈子は半ば、呆気にとられていた。
「ここって、わりとちゃんとした道だよね。なんで、いままで誰も気がつかなかったんだろう。あんなにキラキラ目立っていたのにさえ」不思議そうに和久が言う。
「それこそ魔法なのでしょう」元之は1人うなずいていた。「思い出してみてください。『必要とあらば探すがいい。そのときこそ、再び銀のオカリナはその姿を現すであろう』という言葉を。わたし達がいま、ここに来たからこそ、自らの隠し場所教えてくれたに違いありません」
「ともかくだ、これでシャリオンに対抗することができるってもんだ」浩はそう締めくくった。

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