午後から降り始めた雪は夜になってもやむ気配がなく、ますます勢いを増していた。
　大人達は憂鬱そうに顔を曇らせ、子供達は大はしゃぎ。
「こりゃあ積もるぞっ」浩が歓声を上げる。
「明日は雪合戦ね」いつになく美奈子もそわそわ興奮していた。
「一応、手袋はしてくるように。しもやけはあとが大変ですからね」合理的な元之は注意を忘れない。
「この白い粉みたいなのが雪？」緑は空を見上げながら言った。長い睫毛に、みるみる雪片が積もっていく。
「緑の国じゃ雪は降らないの？」美奈子は聞いた。
「うん、ぼくんとこは１年中春だもん」
「そうか、そりゃあ珍しいよな。いいか、雪ってのは空の水蒸気が凍って降ってくるんだ。そんでもって、町中に綿のように積もるんだぜ」浩がそう説明をする。

　翌朝、ラブタームーラはどこもかしこも白一色に染まっていた。美奈子は外へ出ようとしたが、ドアの外に積もった雪のせいでなかなか開かない。
「どれ、おとうさんが開けてやろう」そう言うと、力一杯ドアを押し、こじ開けた。
　さっそく飛び出してみると、美奈子の膝の辺りまで雪が積もっている。
　町の広場にはすでに浩、元之、和久が来ていて、雪を投げ合っていた。
　美奈子も、さっそく雪玉を握り始める。
「いい、緑。雪玉はこうやって丸めるの。そしたら、相手に向かって投げつけるのよ」
「手袋って温かいね」昨日買ってもらったばかりの青い手袋をじっと見つめながら、緑はつぶやいた。
「雪を触っているうちに冷たくなるからね。もし、ビショビショになったら、脱いで絞るのよ。そうしないとあかぎれになっちゃうから」

　緑は言われた通り雪玉を作り、元之、和久チームに向かって投げつける。けれど、力がないのでサッパリ届かない。
「腕をね、ブンブン振り回すの。そうすれば、もっと遠くまで届くから」
　緑は腕を振り回すと、思いっきり雪玉を投げる。今度は相手まで届いた。
　しかも、偶然だろうが、浩の顔面に直撃してしまう。
「当たった、当たったよ、お姉ちゃん！」緑のうれしそうなこと。
「やりやがったな。今度はおれ様の番だ」そう言うと、浩は雪玉を緑に向かって投げつける。
　それが美奈子にぶつかったものだから、
「あたしを狙ったね。よーし、浩にはギュウギュウに固めた雪玉をお見舞いしてやるっ」
　こうして、夕方近くまで全員で雪合戦をして楽しんだのだった。

　次の朝、美奈子の玄関の外には小さな雪だるまができていた。
「ああ、そろそろ雪の日も終わりかぁ」美奈子はふうっと溜め息をつく。
　雪だるまは美奈子の家の前だけでなく、どこの家の前にもできていた。手のひらに載るくらいの、小さなものだ。
　子ども達は、「雪だるまおじさん」が毎朝作っていくのだと信じていた。
　それにしたって、すごい量だ。ざっと見ただけで100はあった。
　雪だるまおじさんなる者が本当にいて、早朝に雪だるまを作っていくのだとしたら、たいした働き者である。

　翌日になると、雪だるまは一回り大きくなっていた。その分、回りの雪がなくなっている。
「もって３日くらいかな」美奈子は肩をすくめた。
「この雪だるま、誰が作ってるの？」傍らから顔を出した緑が聞く。
「さあ、あたしもわからない。朝早く、いつの間にかできているの」
　もしかしたら、雪だるまおじさんは妖精なのかもしれないな、と美奈子は思った。魔法でも使わないかぎり、こんなことは人間にできっこない。
　その次の日、雪だるまはさらに大きくなっていた。背も緑とほとんど違わないほどだった。周囲には雪がなくなり、茶色い地面が見えている。
　不思議なことに、雪や土をえぐったり、転がした後がこれっぽっちも見当たらなかった。
　雪がひとりでに集まって形を成したかのように思えてしまう。
「これじゃ、もう雪合戦は無理ね」美奈子は言った。広場や道路からも、ほとんど雪がなくなっていた。
　雪が降りだしたときとは逆に、子ども達はがっかりし、大人達はほっと一安心する。

　３日目の朝、雪だるまはとうとう、大人ほどの大きさにまで成長していた。日陰になった場所を探しても、雪のかけらさえ見当たらない。
「そろそろだな」浩は雪だるまを眺めながら言った。
「ええ、いい頃合いです」と元之。
　タンポポ団の面々は、じっと雪だるまを見つめる。何もなかったその顔に、ポコッと目鼻ができた。
「いよいよだね」和久も、心なしかワクワクしてしながら様子をうかがう。
「お姉ちゃん、これから何が始まるの？」緑は見上げて尋ねた。
「まあ、見てなさいって」

　雪だるまから足が生え、ムクッと立ち上がる。そして、同じ方向に向かって一斉に歩き出した。
　向かう先は思い出の小路だ。
「雪だるまは自分達の国へと帰っていくのよ」美奈子がそう教えた。
「そこって、ずっと冬の国？」と緑。
「ううん、そうじゃなくて、このラブタームーラのある場所へ行くの」
「今回は、タンポポ団として、おれ達も後をついて行ってみようか」浩が提案した。
「それもいいですね」
　雪だるまのしんがりを、タンポポ団はぞろぞろと追う。

　思い出の小道に入ると、雪だるまは一列になって進み始めた。あちこちの脇道からも、ほかの雪だるまが列に加わる。いつの間にか、数百もの大行列ができていた。
　カーッと照りつける太陽に晒されながら、雪だるまは少しも溶けずにいる。
「不思議だよな。雪ってのはふつう、日に当たったら溶けちまうもんなんだがよ」浩は感心した。
「だって、ここはラブタームーラだもん。それくらいのことがあっても当然よ」いちいち驚いていてはこの町で生きていけないわ、と美奈子は思っている。
「雪だるまの表面が極めて冷たいからか、それとも溶けない魔法がかかっているのか。はっきりしているのは、大昔から存在する自然魔法だということですね」観察好きな元之は、どんな些細なことも逃すまいと、雪だるまから目を離さず言った。
「ぼくさ、あいつらの１つにレモン・シロップをかけて、思いっきりかぶりつきたい衝動に駆られることがあるんだ」和久がこっそり言った。
　真っ白で柔らかそうな雪だるま。確かにシロップがよく合いそうだった。

　うねうねと曲がりくねった思い出の小路を、雪だるまと美奈子達はぞろぞろと練り歩く。
　雪だるま達の足取りは、決して早くはなかった。子どもの足でも、十分について行けるほどである。
　途中、森に入ったりもしたが、雪でできた足に枯れ葉がこびりつくことはなかった。もしかしたら、ほんのかすかに足が宙を浮いているのかもしれない。
「雪だるま達、どこまで行くの？」緑は聞いた。
「行き着くところまでよ。そこがあの子達の生まれ故郷なの」
　見晴らしの塔の脇を通り、小学校を行き過ぎ、再びカエデ大通りを横切って、思い出の小路をひたすら歩き続ける。
「あ、ぼく、この道知ってる。博物館へ行く方角だっ。雪だるま達は博物館に行くんでしょ？」緑は言ったが、美奈子はおどけた様子で首を振るのだった。
「いくら博物館が大きいからって、全部は入りきれないでしょ？　でも、そうね。確かにこの向こうは博物館ね」
　それにしても壮大な眺めである。何しろ、ラブタームーラ中の雪が雪だるまになって、こうして行進しているのだ。
「これだけの雪だるまに囲まれてるっていうのに、ぽくら、ちっとも凍えないよね」和久が疑問を呈した。
　確かにその通りだった。前も後ろも雪である。それにもかかわらず、誰も寒さを感じなかった。
　これもきっと、魔法の働きによるものなのだろう。

　星降り湖のそばまでやって来ると、雪だるま達はピタッと足を止めた。ちょっとした土手になっていて、滑り落ちれば星降り湖にはまってしまう。
　雪だるま達はその土手に向かって進み始めた。
　１つ、また１つと土手を転げ落ちていく。そして星降り湖に呑み込まれていくのだった。
「ここが雪だるまの故郷なの」美奈子は緑にそう説明する。「ラブタームーラの雪はここで生まれて、町中に降り注ぐのよ。来年もきっと雪が降るでしょうね。そしたら、この湖から生まれたってことを覚えていてね」
　言い聞かせつつ、来年はもう、緑はいないかも知れないのだ、と美奈子は気がついた。
　最後の魔法昆虫が見つかれば、緑はラブタームーラからいなくなってしまう。来年の雪を見ることもできなかった。そう思うと、無性に切なくなる。

　雪だるま達がすべて星降り湖に還っていくのに、およそ１時間ばかりかかった。その様子を、タンポポ団は黙って眺め続ける。
　星降り湖に飛び込んだ最後の雪だるまは、緑とほぼ同じくらい大きさだった。おそらく、半端に余った分の雪が集まったものなのだろう。
　それを見て緑は、
「見て、お姉ちゃん。あれって、ぼくみたい」と言った。
　緑も、あんなふうに消えていなくなってしまうのだろうか。雪だるまと緑を重ね、美奈子はそっと溜め息をつくのだった。