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story おばあちゃんの幸せ

おはよう

目が覚めると
おばあちゃんは
窓の向こうの
おひさまに
挨拶をした

カーテンをあけると
おばあちゃんは
ゆっくりベットから
おりて着替えをした

読みかけの本も
編みかけのストールも
ベットの脇のランプの横で
昨日のままに重なっている

変わらないって
良いことね

だってこんなに
安心するもの

春になって
ずいぶんと外が
明るくなった

ひばりの声がする

おばあちゃんは
レースのカーテンを
ふわりとまとめると
窓を少し開けた

木蓮が朝日を受けて
静かに佇んでいる

おばあちゃんは
一足ずつゆったりと
洗面台へ向かった

お気に入りの
カーディガンに
スリッパ

鏡の前に来ると
おばあちゃんは
洗面台に飾っている
花を眺めながら
ほっと息をついた

ほらね
神さまは誰にだって
ご褒美を用意してくれている

私にもこうして
新しい一日をくれるのだから

それから
おばあちゃんは
花の水をかえて
うがいをした

髪をゆっくりと
とかしながら

おばあちゃんは
鏡の向こうの
おばあちゃんに
話しかける

見てご覧この
髪の毛を

なんて美しい
色だろうね

こんなに美しい
白髪は世界できっと
私くらいよ

ふふと微笑むと
おばあちゃんは

大好きな
讃美歌を口ずさんだ

さて今朝は
何を食べようか

おばあちゃんは
また一足ずつ
ゆったりと動きだすと
キッチンへ向かった

キッチンには
2日前に出会ったばかりの
子猫のミーチェがいた

ミーチェはおばあちゃんが
畑にいる時にふと現れて
それからずっと
おばあちゃんから離れず
家まで着いてきのだった

おばあちゃんに
気がつくと

ミーチェは
ミーャミーャと
可愛らしい声で鳴きながら
おばあちゃんの足元に
擦り擦りをした

ミルクね
ちょっとお待ちよ
今すぐに用意するからね

ミーチェは
おばあちゃんが
自分の皿を
床に置くのを見ると
だまっておばあちゃんが
ミルクを注ぎ終わるのを
見ていた

よいしょっと

おばあちゃんは
ミルクで顔を濡らしながら
勢いよく飲んでいる
ミーチェを

うんうんと微笑みながら
眺めた

おばあちゃんは
何をするにも
ゆったりと動いた

今朝はね
ミントのハーブティーが
いいわね

それから
バターとハチミツを
たっぷりとかけて
トーストを焼こうね

ねぇ
信じられるかい

私はね
歳をとると
何もかもが無くなって
ただただ
寂しくなっていく
ばかりだと思っていたんだよ

だけどね
驚くかもしれないけれど

私は今が
一番幸せだと毎日
感じるの

分かるかい?
お前はまだ
小さいから
分からないかねぇ
きっと

おばあちゃんは
ミーチェに話すように
自分にも話しながら
トーストを焼いた

それから
ゆっくりと
お湯をわかして

手作りのミントティーを
飲んだ

キッチンのテーブルにも
窓辺にも

小さな空きビンに
野の草花が
飾られている

ミーチェや
今日も畑へ行こうかね

そろそろ
インゲン豆を植えても
いい頃さ

菜の花も満開で
ジャガイモも
芽を出し始めたね

ひとりっきりの
私にも

神さまはこうして
毎年新しい種を授けて
くれる

あなたとも
出会えたものね

ねぇ
ミーチェ

私たちはなんて
恵まれているんだろうね

おばあちゃんは
そう言って
ミーチェの頭を
撫で撫でした

その日も
その次の日も

おばあちゃんは
やっぱり同じように

一足ずつ
ゆったりと動きながら
おばあちゃんの暮らしを
送った

雨の日もあれば
風の日もあった

肌寒い日は
ミーチェを膝に
乗せて
ブランケットを
一緒に被った

ある晴れた日の夕方

季節は初夏をむかえていた

ねぇ
ミーチェ
見てご覧あの夕焼けを

私はこの季節が
一番好きよ

だって
いつまでだって
こうしてお前と
庭のベンチで
過ごしていられるんだから

それでも
やっぱり夜は来るのね

おばあちゃんは
少し寂しげに
ミーチェを撫でた

今夜は
スープを飲んだら
早く休みましょう

私はね
夜眠る前

ベットの中でね

目を閉じる時が
一番幸せなの

だって
あたたかな布団に
くるまっていると

神さまの大きな
腕の中にいるみたいに
感じられるから

おばあちゃんは
スープを飲んだあと
ミーチェと一緒に
ベットへ入った

ねぇ
ミーチェ

今日も良い日だったわね
おやすみなさい…

おばあちゃんは
今よりもずっと昔の
小さな女の子だった頃の
事を思い出していた

その時もやっぱり
夜ふかふかのベットに
もぐりこむのが
一番の幸せだった

小さな女の子の
そばには
その女の子のお母さんがいて
ぐっすりと眠るまで
大好きな絵本を読んでくれていた

おばあちゃんは
時々
昔を思いだすように
その夢を見た

今夜も

そしてその夢は
いつまでも
おばあちゃんを幸せにした

ことばはこころ。枝先の葉や花は移り変わってゆくけれど、その幹は空へ向かい、その根は大地に深く伸びてゆく。水が巡り風が吹く。陰と光の中で様々ないのちが共に生き始める。移ろいと安らぎのことばの世界。その記録。