見出し画像

カラオケで叫んだ「もう一回!」は青春の景色だった

先日、久しぶりにカラオケでゲームをしながら飲むという、学生のような飲み会に参加した。アルコールが1.5リットルのピッチャーでどんどん部屋に運ばれてきて、マイクを持っていない人たちも叫んでいて、歌は途中からコールに変わるような、そんな飲み会である。人生でまたこんなふうに飲むとは思わず、かなり感慨深かった。氷で薄まった液体が、床を点々と濡らしていた。

私は、学生時代にそういう飲み会を体験してきた世代の代わり際なんじゃないかと思う。分類としてはZ世代らしいけど、コロナ前に学生をしていて散々飲んだし、ハラスメントという言葉もまだ学生たちには遠いものだった。だからと言ってはなんだけど、お酒での失敗は学生のうちに学べたと思う。二日酔いや寝過ごしやその他の粗相。そして同時にその介抱。人生でいちばん飲めたのもあの頃だろう。今では朝まで飲むなんて到底できないし、もうしたいとも思わない。

社会人になっても、そういう飲み方をする環境もあるとは知っている。たまたま飲んでいた居酒屋で、周囲の団体がえげつない飲み方をしているサラリーマンだと、わあ、っと思う。いかにもお酒が好きで飲んでますという感じじゃなくて、お酒が苦手な人もいるんだろうにと思わせる雰囲気がある時には、うへえ、と思う。それは私が、部署での飲み会がほとんどない環境で過ごしているからだと思うけど。

社会人になったからか、コロナ禍を経たからか、恋人がいるからか、家に返してもらえない飲み会というのが嫌になってしまった。もうお酒も飲めなくなって、それでもベトベトのテーブルに肘をつきながら脂の浮きまくった肌と乾いたコンタクトで存在する自分。それがもう受け入れられなくなってしまったのだ。その日のうちにお風呂に入って、あたたかい布団にくるまって眠ることの幸福といったら!

それに、周りも婚約、結婚し始め、子供がいる人もいる。仕事は、授業のように簡単にパスできるものではない。飲もうぜといって誰もが朝まで帰らないで良い前提だったあの頃とは、どうやら前提が変わってしまったようだ。それに、私は学生時代、日本ではずっとフリーで過ごしていた。心配してくれるのは両親くらいで、それはありがたいけれど、飲み会に行かないでと止めてくれるような存在はなかった。(いたらいたで面倒だっただろうけど、人間はないものねだりだから。)

今は、過保護な恋人がいる。男性がいる場所も、夜遅くなるのも、女子だけで飲んでいて絡まれるのも、ぜんぶ心配してくれる。別にそれでもお互い干渉しないのでストレスは溜まっていないと私は思っているけど、とにかく、朝帰りなんてとんでもないのだ。

だから、久しぶりにカラオケでみんなが思い思いに叫んでいるのをみて、感動してしまった。私の生活は、あの日々の延長上にあって、そしてここにいる多くの同世代とその時間を共有できるのだということ。同じ歌を歌って跳ねているその光景が、私の7年分の時間を高速で巻き戻すみたいだった。マイクを使っている本人の歌声など聞こえないその騒音が、ひどく懐かしかった。

同じ歌で飲んできたことが、予約リストからもよくわかる。キセキ、残酷な天使のテーゼ、プレゼント、さくらんぼ。サビで何杯もグラスをあけるような歌で、みんなの声が重なるのを、遠くから見ている自分がいた。自分もその中で声を上げているのに、空いたピッチャーや飲みすぎた人なんかが気になり始めるのだ。だんだん、あの頃の自分まで戻ってきた。おかえり、こんなところでまた再会するとはね。

体力はやっぱり27歳のものだから、とんでもなく疲れた。帰りの電車に揺られながら、そのまま眠って流れ着きたい気持ちになるほど。でも、なんだかカオスさも含めて、自分にもまだあの頃の時間が流れていたのだと不思議に嬉しかったのだ。でもまた、しばらくはいいかな。楽しい時間を、ありがとうございました。



ここまで読んでいただいた方、ありがとうございます。 スキやシェアやサポートが続ける励みになっています。もしサポートいただけたら、自分へのご褒美で甘いものか本を買います。