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AAEE版グローバル人材(3)「曖昧さへの寛容」と「柔軟性」


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『社会人になり私が強く感じるのは、人生を歩んでいくことは「答えが無いレール」を死ぬまで歩み続けることなんだなという事です。誰も何も言わない、自由な世界です。しかし、それは楽しくもあれば辛くもあります。なぜならそこに答えが無いからです。』

これは僕が勤務する大学のゼミの卒業生が後輩に送った言葉なんだ。
https://sekiseminar2017tku.blogspot.com/2020/04/2013.html

まさにこの言葉の中には曖昧さへの寛容と柔軟性の重要さが現れていると思う。今日は互いに関連するこの二つの話をしていこう。


大瀬「AAEEでの活動ではまさに、『曖昧さへの寛容性』と『フレキシビリティ(柔軟性)』が常に問われていますが、そもそもこの言葉はどのように定義づけられているのですか?」

曖昧さへの寛容
一言で答えると、「不確実性が多い場面でもストレスを感じずに順応できる力」。
Bunderによると、曖昧さとは「十分な手がかりがないために、適切に構造化したり、分類化できない状態」を言う。(Bunder, 1962)
このような状態では、正確に未来を予測するのは難しいから、そこでとるべき態度や行動を判断することも難しい。わかりやすい例で言うと、対人関係。初対面の人の言動と態度から真意を正しく読み取るのはなかなか難しかったりするよね。
そのような曖昧さに直面した時に現れる態度には個人差が生じるんだ。西村(2007)は”曖昧さへの態度”を「享受」「受容」「不安」「統制」「排除」の五尺度にカテゴリー化し、前の2つを肯定的態度、後の3つを否定的尺度と解釈したんだ。自分の当たり前が通用しない、不確実性が多い状況でも、ストレスを感じて否定的にならず、うまく受け入れて対応できるのはとても大事なこと。
→人が曖昧なものに触れた時に、享受、不安、受容、統制、排除の5つの側面でみる
 人が曖昧なものに触れた時に、不安が喚起されることもあれば、安定して受け入れられることもある
https://www.jstage.jst.go.jp/article/personality/15/2/15_2_183/_pdf

柔軟性
一言で言えば「自分の価値基準に固執せずにその場に応じて臨機応変に対応できる人や姿勢」のことだよね。
柔軟性がある人は、予測不能で曖昧な状況において臨機応変に対応できるけど、そうでない人は、自分の当たり前と異なるものに遭遇すると、自分のやり方=自己流に囚われてしまい、うまく対応できなかったりする。
柔軟性がある人の特徴としては、視野が広く、置かれた状況に自分を適応させて、どんな状況でも最低限要求されるパフォーマンスをすることができる人かな。

世の中は自分中心には動いていないからね。自分の価値基準に拘束されずに、その場その場の価値基準を見定め、行動していける人は収穫も多いよ。

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大瀬「先生のお話を聞いていて、人間力においても他者と共生する上でも、曖昧さへの寛容と柔軟性の大事さを改めて感じることができました。でも実際にそのスキルを身につけることって簡単ではないですよね。どうやれば良いのでしょうか?」


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まず大前提として、社会で生きていく上での基本は絶対に忘れてはいけない。
それは「他者へのリスペクト」。既に詳しく話してきたからここでは省略するが、これを忘れると絶対にいいことないよ。

この大前提をクリアした上で、曖昧さへの寛容と柔軟性のスキルを身につける手法を順を追って説明していこう。

①様々な経験をする
当たり前のことを言うようだけど、経験値は価値観を形成する上でとても重要なんだ。ただし、「経験を積む環境」というのは経験そのものと同じくらい大事だと思っている。
教育者目線になってしまうのだけど、理想的には一人一人の人間の特性に合わせたオーダーメイド経験を与え続けるのベスト。けれど親でもない限りそれは難しい。だとしたらせめて教育者は、同じ経験を集団に与えるときに、そこから得るものは一人一人大きく異なるということを肝に銘じるべきだと思う。与えた経験に対して模範解答など提示するなどもっての他。各々が一生懸命に取り組んだ結果がその人の人生にとっての正答なの。こんな風に考えてくれる教育者の元で経験を繰り返せば、AAEE版グローバル人材が完成する(笑)。

AAEEのプログラムで山岳地帯の農村部に行くとね。目の前に広がる光景は同じでも一人一人が見ているものは十人十色なんだ。花、食べ物、山、水、衣装、建築、人の目つきや口調)・・・例を上げればきりがない。例えばこの人たちに一律に「ネパール農村部の衛生環境の問題点を検討しなさい」などと言う共通課題を出すのは超KY。そうではなくて、まず興味関心を引き出して、それについて課題を出せば、興味のあることなのだから打ち込むよ。そして気が付くの。「一つのことは他のことと関連している」って。例えば衣装は、気候や宗教に関係しているし、口調や目つきは生活環境に関係している。こうやって興味関心が広がっていくんだ。

みんなの日常生活に当てはめて考えれば、例えば勉強したくないのに親からただ「勉強しろ」と言われて打ち込むことはできないよ。打ち込むことができる人の特徴の一つに、自分の心からやりたいと思っていることをやっていることがあげられるんだ。やらされているという気持ちでやっていたら、そこから得られる学びも少なくなってしまうよね。自分からやりたいと思うことだからこそ、さらに極めていくために様々な知識ややり方を取り入れて、それを自分のものにしていくんだ。"好きこそものの上手なれ"だね。

②経験を振り返る
経験を積む中でもう一つ大切になるのは、経験から「考える」、「振り返る」ことなんだ。
これは人材育成や社会人スキルとしてもよく言われることだ。経験を客観的に振り返る、つまり経験を振り返って熟考する作業もまた、経験自体と同程度に重要となる。思い出したくもないような最悪の経験は忘れ去った方がいいけどね(笑)。

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大瀬「確かに、経験を積んで振り返ることは重要ですよね。私の場合、中学生の陸上経験とかはまさにこの繰り返しでした。記録更新に限界が来ると、他の選手や一緒に部活を頑張っている仲間をじっくりと観察、研究し始めるんです。その中で、ここ改善していこう、と課題を見つけて自分の成長に繋げていましたね。怪我した時でさえ同じことずっと考えてました。笑」


③自己形成
ここまでいきたい人はかなり高いレベルを求められるんだけど、いずれ重要になるから説明しよう。
大抵の人は経験をしている最中には目の前に起こることへの対応で手一杯。AAEEの学生交流プログラムを見ていてもわかると思うけど、一つ一つのアクティビティをこなすのに必死でしょ。
その背景にあるのは、不慣れな環境で「曖昧な」空気感の中、ことに対応するのは心的負担が大きいからなんだ。答えがない、どうなるかわからない状況で、自分のやり方だけを頼りに対応するのはとても大変なこと。
僕みたいに(学生と比べて)これまでにたくさんの経験を積んで自分のやり方をある程度自信を持てている人は、曖昧な状況下でも心に余裕が生まれるんだ。
「まずは相手のやり方に合わせて、それでうまくいけばそれでいい。一方で、もしうまくいかなければ、自分のやり方を提案しよう。」
みたいな感じになれる。
相手のやり方でやって上手くいった経験はある?僕は何度もあるよ。その度に、目標の実現方法って一つじゃないんだなぁって思った。この経験を重ねる中で、複眼的視点と言うものの意味がよくわかるようになったんだ。これが自己形成であり、この複眼的視点こそが柔軟性(フレキシビリティ)を下支えする強力な武器になる

大瀬「なるほど。柔軟性に富んだ人は、なんでもポジティブに楽しめそうだし、そういう人こそもっとたくさんの経験を積んで、人間力に磨きがかかっていくんですね。
それを身につける過程はとても奥深いし、簡単なことではないけど私もその境地まで達してみたいと思いました。
実際にこの仕組みがAAEEのプログラムにも反映されていると先生が前に話していたのを覚えていますが?」

そうだね。朝楓さん。AAEEのキャッチフレーズを知っているよね。

大瀬「はい。Try Your Best, Never Give Up, and Be Flexible.」ですよね。

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その通り、当然、柔軟性を高めることを意識したプログラム構成となっている。分かりやすく言えば、参加者が思いもよらぬことをこっちが意図的に発生させて対応を迫る。実はかなり高度なテクニックを使っている。

2017年に参加した学生の経験を例に取る。
ネパールの農村地域でホームステイをする時に、一人だけ(もう一人のネパール学生と一緒)みんなと距離的に離れた場所にホームステイをすることになった子がいたんだ。
朝楓は行ったことがあるからわかると思うけど、ネパールの村に行くまではジープに乗って日本では考えられないような山道というより崖道を何時間もかけて登っていく。
村についた頃にはとてつもない疲労感を感じているところに一人だけさらに山道を登らされる。
(本人曰く)さほど柔軟性の高くなかった彼女は、案の定機嫌を悪くしながらホームステイ先に向かったんだ。ところが、次の日の午後、ホームステイ先から帰ってきた彼女は晴れやかな表情をしていた。時は過ぎ、大学卒業を迎える頃に彼女は僕にこう語ってくれたんだ。

「最初は自分だけなんでそんなところに行かなければいけないんだと正直かなりイライラしました。でも、次の日の朝起きて外を見渡すと、ネパールの山々が広がった景色が目に飛び込んできて言葉を失いました。壮大な景色に圧倒される一方で、他の人たちはこの景色を味わうことはできなくて、ここにたどり着いた私だけが噛みしめていると気付きました。その時に、なんか心にビビっとくるものがあったんです。『物は捉え方次第』ということだと思います。「嫌だ」と正直に言えば他の人と代わることもできたわけじゃないですか。でも思い留まって、山道を必死に歩いた。あそこで私が「嫌だ」と言っていたらあの感動を味わえてはいなかった。いやだと思った選択肢から感動を得られたあの経験は、私のそれまでの凝り固まった考え方を一変させました。多分、あれは私にとって大学生活一番の収穫だと思います。」

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大瀬「とてもいいお話ですね。結果はどうでるかはわからないけど、すぐにダメだ、嫌だと決めつけずに判断保留して、与えられた状況を受け入れて挑戦してみるフレクシブルな姿勢。まさにAAEE魂ですね。」

これは何も学生に限らず、そして多文化共生社会に限らず、必要なスキルということができると思うんだ。
例えば昨今のコロナ禍と社会情勢。
AAEEも同様に、今までのプログラムや活動スタイルの見直しを急に迫られた。今年2月のネパールプログラムを普通に開催し、8月・9月のプログラムも準備の最終段階まで来ていたのに、いきなりやってきたコロナ禍。
でもAAEEの対応を見てごらん。我ながらすごいと思うよ。他のほとんどの団体がプログラムをキャンセルする中、AAEEは関係各国同時に素早くオンライン交流に切り替えて、何事もなかったかのようにオンラインで活動を継続している。例えば、5月初旬のイベント。緊急事態宣言化で外務省・JICA後援イベントをオンラインで開催し、最強のコンテンツを作って過去最大の参加者数を記録した。曖昧さへの寛容力と柔軟性を超高いレベルで発揮した。さらに、毎月のオンライン国際交流勉強会も夏のオンライン国際交流プログラムも最強化している。コロナ禍は最悪だけど、一方で長年の努力が実ったと喜んでいる自分もいるのも事実なんだ。

答えがない曖昧な環境で、新しいものを作り出す時に何が起こるかは誰にもわからない。
ましてや、バックグラウンドが異なる様々な人たちが揃えば尚更未知の世界だよね。
そんなとき、柔軟性が高く、創造性豊かな人たちが集まれば、ブレインストーミングしていくだけで面白さを見いだせる。一方、凝り固まった理屈を重視する寛容性が低い人はブレスト段階で否定的になってしまうよ。

これからの多様性社会をより良い方向に発展させるためには、前者の人々を一人でも多く育成する必要がある。
だからこそ、AAEEの活動を通して、学生には曖昧さへの寛容性と柔軟性を身につけた人間になってほしいというのが僕の願いなんだ。



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