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夏から来た星の舟 #パルプアドベントカレンダー2022


――2009/8/8、14:15 茨城県鹿嶋市、鹿島灘某所の海岸

 

(ねえお姉さん、名前はなんていうの?)

((あたしの名前はね……沙羅。沙羅って言うんだ))

風に揺れる銀髪と白い服がまぶしかった。

(沙羅さんはどこから来たの?)

((ゆーちゃんになら教えてもいいかな))

そう微笑んで、少女が指差したのは……。

 

――2022/12/24、18:40 東京都足立区某所、路上

 

 

「うーさーお前彼女とはその後どうなんだ」

「うまくやってるよ」

 

俺の名前は御剣宇佐野。親しいやつらからは大体『うーさー』と呼ばれている。

で、時に触れて絡んでくるこいつは悪友の常島結月。

いいやつではあるんだがちょっと厄介な問題を抱えてるんだよな……。

 

「うーさーは就活どうだ?それとも専攻の民俗学で大学院行くのか?」

「結月こそ自分の心配しようぜ、二回も留年してるんだろ?今年は単位大丈夫だよな?」

「計算上は今年こそ留年回避できる単位を……寒いな、続きはどこか暖かいとこで」

 

こうして俺と結月はなじみのあの店で一息つく事にした。

 

 

――2022/12/24、18:45 東京都足立区、洋菓子店「ペンドラゴン」

 

 

サンタ帽とサンタ服に身を包んだ紫紺の髪の少女が店の前で客を呼んでいる。

俺には知ってる顔なんてもんじゃない、もっと運命的な――

 

「お二人様いらっしゃいませーっ……あれ、うーさー君じゃない。お友達?」

「そー言えば紹介してなかったなニコルには」

「……おい、イチャついてないで早く中入ろうぜ」

 

カランカラン……

 

俺たちが店内に入ると、彼女……ニコルもついてきた。勝手に持ち場を離れて怒られないか?

 

 

――2022/12/24、18:47 足立区、洋菓子店「ペンドラゴン」

 

 

俺たち三人は店内の小さな食事スペースに座ると話を再開する。

 

「てっきりうーさーは穂毬のやつとくっつくのかと思ってたぜ」

その声を耳にしたのか、店の奥から『そういう関係じゃない!!』と抗議の声が聞こえてくる。

本当のとこまーりん……秋山穂毬とはただの幼馴染なんだよな、実際。

「そうそう。宇佐野くんの彼女は正真正銘このわたし、ニコルだって事♪」

 

だが結月はいまいち納得できていないようだった。

「そもそもうーさー、ニコルとはいつ出会ったんだ?お前合コンとか興味なかっただろ。それに……」

「何だよ」

「去年のクリスマス前まで影も形もなかったぞ。怪獣騒ぎがあった時の」

 

俺とニコルが顔を見合わせていると、そこに思わぬ助け舟が出た。

 

「ちょっとー、店来たんなら何か買ってってくれない?」まーりんの声だ。

これは仕切り直すのにちょうど良いかもしれない。

「……よし、続きは俺ん家でやる。ちゃんと結月にもケーキ奢るからな」

「それマ?やっぱし持つべきものは友だよな」

「……わたしにもケーキ買ってよね?」

「ニコルの分はもう用意してる」

 

奥の方からの「店長ー、今年も宇佐野くんは早上がりみたいですーっ」という声は聞かなかった事にした。

 

 

――2022/12/24、19:03 東京都足立区、アパート「明星」13号室

 

 

「それで、結局どういう事なんだよ。抜け駆けか?」

 

結月が俺の買ったチョコレートケーキを口に運びながら詰め寄る。

俺とニコルはペンドラゴンチーズケーキ(各種ベリーが乗ったレアチーズケーキの上にストロベリーソースで赤い流星が描かれている)を買ったのだが、まだ開けていない。

 

そもそも、ニコルとの関係を説明するには彼女の素性を説明する必要があるんだが……待てよ?

「質問に質問で返すようで悪いけど、俺に前話してくれた不思議な少女の話もう一度頼む」

「あの話だな……まぁ、うーさーになら何度話してもいいぜ」

 

結月はそう言ってフォークを置いた。

 

 

「あれは今から……もう13年も前なのか」

 

 

――2009/8/8、14:07 茨城県鹿嶋市、鹿島灘某所の海岸

 

 

それはある夏の日のことだった。

海の近くを歩いていると信じられないものを見つけた。

 

(すげぇでっかい貝……いや違う)

浜辺に打ち上げられていたそれは近寄ってみると金属のような何かでできた円盤のようで……。

(もしかして、UFO?)

 

恐怖心が一瞬よぎるも、好奇心の方が勝りさらに近付こうとする。

すると突然円盤の横に書かれていた不思議な模様が光り、中から一人の少女が出てきた。

 

 

(……綺麗な人だなあ……)

 

 

見た目15、6歳くらいだろうか。海のように青い目に青みがかった銀髪、昔話の天女の羽衣じみて風に揺れる白い服。

何もかも忘れて、見入ってしまっていた。

 

((まあ、そんなにあたしの事が気になる?))

(そ、それは……うん)

((じゃぁ、君の名前教えてくれるかな?そしたらあたしもいろんな事教えてあげるから))

(わかった。僕の名前は結月、ゆーちゃんって呼んでいいよ)

 

 

二人はこうして出会った。

 

 

――2022/12/24、19:05 足立区、アパート「明星」13号室

 

 

「これはうーさーにも見せてなかったな」

そう言うと結月は一枚の紙を取り出した。そこには円盤型UFOらしきものが描かれている。

 

「さっきの話に出てきた円盤の絵だ」

「海岸に漂着して……中から人が出てきた……側面に文字」

どこかで聞いた事のあるような話だが……。

一方ニコルは円盤に書かれた文字を見て呟いていた。

「これ、トリスアギオン回路かも……」

 

 

「おい、そろそろ続き始めるぞ。彼女……沙羅と俺はそれから毎日のように遊ぶようになった」

 

 

――2009/8/9、14:05 鹿嶋市、鹿島灘某所の海岸

 

 

次の日も。

 

(沙羅さんって海の向こうから来たんだ)

((そう、君たちがちょうど『竜宮城』って呼ぶとこからね))

(……竜宮城……?)

彼女は不思議で、どこか神秘的だった。

 

 

――2009/8/10、14:12 鹿嶋市、鹿島灘某所の海岸

 

 

また次の日も。

 

(ねえ、今日は何して遊ぶ?)

((あたしの好きな歌を歌ってあげる。君もきっと気に入ると思うよ))

彼女はそう言うと座っていた岩のすぐ隣に腰掛け、優しい声で歌い始めた。

(なんか胸の奥があったかくなってすごい幸せ……何て歌ってるのかわからないけど)

((それは良かった。今度ゆーちゃんにも教えてあげるね))

その日はこの不思議な歌を何度も、何度も歌ってもらった。

 

 

――2022/12/24、19:05 足立区、アパート「明星」13号室

 

 

……うつろ船伝説。

俺はふとそれに思い至った。結月が以前住んでいたという茨城県をはじめ、日本各地の古文書に記述がある。

共通点は海岸に漂着し、円盤形で中は空洞、鉄らしき金属でできている……。

 

「なあニコル」

「言いたいことは大体わかったわ」

「だから思考を読むな」

「全く、話を振っておいてイチャイチャしやがって」

結月はぼやきながら表面に紋様がびっしりと彫刻された巻貝を掌で弄んでいた。

 

 

「そう言えば結月、肌身離さず持ってるその貝細工も」

「そういうことだうーさー。これはだな……」

 

 

――2009/8/20、16:40 鹿嶋市、鹿島灘某所の海岸

 

 

遅くまで二人で遊んでいたある日。

 

((そうだ、ゆーちゃんにこれあげる))

そう言って渡してきたのは、きらきらと輝く巻貝の貝殻だった。

見覚えのある模様がびっしりと彫り込まれている。

 

(これはなあに?)

((これはね、あたしの宝物なんだ))

(そんな大事な物……僕がもらっていいの?)

返事の代わりに彼女はそっと手のひらを綺麗な両手で覆ってきた。

(沙羅……さん?)

((明日も遊んでくれるかな。明日も、その次も))

(もちろん!!)

 

 

シャラララァ……

二人の手の中で貝殻がかすかに響いた気がした。

 

 

――2022/12/24、19:08 東京都足立区、アパート「明星」13号室

 

 

「だが、それも所詮ひと夏の想い出よ。俺は家の事情で引っ越す事になり、中学からはこの海の見えねぇ町で暮らしてきた」

 

「それは何ていうか……悲しい話よね」ニコルが珍しく沈痛な表情を浮かべる。

「彼女居ないもん同士つるんでたのをかっさらっていったお前には言われたくねー」

「酷くないこのホモサピエンス!?」

その声を聞き流しつつサイダーの缶を呷る結月。

「ところでだうーさー。この話がニコルとどう繋がるんだ?」

俺は頭を抱えつつも結論から先に言う事にした。

 

 

「要は、ニコルもそういった不思議少女の同類だって事だ」

「……後さっきのはさすがにニコルに謝ってくれ」

 

 

――2022/12/24、19:09 足立区、アパート「明星」13号室

 

 

俺たちの間に気まずい沈黙が流れた。

 

「それは本当か」

「ああ、言いそびれてたんだが……二年前のクリスマスに色々あって家に転がり込んできた」

「二年前っつーと、あのスカイツリーUFO騒動の頃じゃねえか!どうなってんだ」

「その頃から一年ぐらい遠距離だったけど去年都合がついて同棲始めた」

「友情より女を取ったって事か!?」

 

声を荒げる結月。ふと横を見るとニコルがサンタ帽を放り投げるのが見えた。

「ちょっと、宇佐野くんに謝ってよ!!」

帽子に隠れた角を突き出し赤い鱗に覆われた竜めいた翼を広げて威圧している。

これが(多分)彼女の本来の姿だ。

 

 

「……えーっと、俺も少し言い過ぎた。すまない」

「反省してるならいいけど?」

 

 

――2022/12/24、19:12 足立区、「明星」13号室

 

 

「それで結局何なんだ?悪魔?ドラゴン?」

「半分正解で半分間違いかなー」

「端的に言うと、宇宙人だ」

「宇佐野くん、わたしは一応地球で生まれたからね?」

「ちょっと待て二人とも、理解が追い付かねえ」

 

困惑している結月に対し、俺たちは順序立てて説明を試みる。

「まず何から説明すればいいか……そうだな、この円盤の絵だが」

「間違いないわ、軽ヴィマナ級宇宙艇ね」

「ニコル、ヴィマナって『ラーマーヤナ』とかに出てくるあれか?」

「その認識であってる」

ヴィマナとはインドの神話伝説に登場する様々な飛行機械の総称だ。

『金色姫伝説』では天竺から流されたうつろ船が日本に流れ着いてどうこうとかあるし、案外関係があるのかもしれない。

 

「余計話が見えないぞ」結月が眉間にしわを寄せながらぼやく。

「簡単に言えば、これは宇宙船だっていう訳だ」

「この型は動力源のトリスアギオン回路が露出してるから手入れが面倒なのよ。乗れるのもぎり二人が限界だし人間で例えるとバイクみたいな感じ」

「バイク」

俺たちの説明に分かったような分からないような顔をする結月。ニコルは手首のブレスレットを示しながら話す。

「ここの文字とその貝殻の文字って似てる感じしない?」

「……確かにそうだな。俺の記憶が合ってれば、円盤に書かれてた模様もそんな感じだ」

「つまり、これはトリスアギオン……地球外の物質ってわけ」

 

 

「認めたくはないが、そうなんだろうな……」結月は大きく息を吐いた。

 

 

――2022/12/24、19:16 足立区、「明星」13号室

 

 

「結局のところ、彼女も宇宙人だったのか」

「その可能性は高いわね。ただわたしと同族だと考えると歳的に生まれも育ちも地球だと思う」

「ニコルがだいたい5000歳で、その150万年前には母星が滅んでた訳だから……」

「お前たちしれっととんでもねえパワーワードを……」

結月がさらに混乱しそうなのでこの話はやめにした。

 

「それにしても、どこで明暗が分かれたんだろうな」

翼を広げ、尻尾を振りながら俺にすり寄ってくるニコルを見ながら呟く結月。

俺は片腕をニコルの首に回しつつ言い返す。

「そうは言うけどさ、本当に一度も彼女ができた事はなかったのか?」

「実は一度できた事はある」

「初めて聞いた話だ」

「うーさーとつるむ前の話だからな。留年が決まったら速攻でフられた」

「……そういう事か……」

 

するとニコルがこれに割って入った。

「これだからホモサピエンスはダメなのよ。拙速、生き急いでる、大局観がない」

長命種族の尺度と巨大主語で殴るのは反則だろ!!

「あのさ、いくらニコルの5000歳がまだ若いとは言え」

「地球人は100年生きたら長い方なんだよ!生き急ぎもするわ!」

「アッハイ、成長も寿命も全然違います……」

結月にまで正論でどやされ、すっかり委縮するニコルだった。

 

「まあこんなバカ話も今年でおしまいだ。単位も間に合わせたし、来年には新しい出会いが俺を待っている」

「そうだな。俺は『ペンドラゴン』でバイトしながら製菓学校行く事に決めた」

「穂毬の店継ぐのか……おい、民俗学専攻からどうしてそうなった」

「あの店とは色々あってな。まあ継ぐと決まった訳じゃないが」

「うーさーと離れるのは少し寂しいが、頑張れよ」

「だってさ」

元気を取り戻したニコルが頬に顔を近付けてくる。彼女の温もりが伝わってくるようだ。

「目の前でイチャつくな」

 

 

その時、結月のスマホがけたたましく鳴り、着信を告げた。

 

 

――2022/12/24、19:22 足立区、「明星」13号室

 

 

「うむうむ……それで確認するが、論文がどうなったって?」

結月の様子からして、かなり深刻な事態であろうことが見てとれる。

「何だと、そんなふざけた話があるかバカヤロー!!」

 

そう怒鳴りつけるとスマホを床に叩きつける結月。どうやら只事ではなさそうだ。

 

「何があった」

「どうもこうもあるか、課題論文が!」

「……課題論文が?」

「あのバカ教授、提出したデータを管理不備で無くしたんだと!」

おい、それってまさか……。

「今年も留年確定だバカヤロー!!」

 

さすがに理不尽極まりない話だが……。

「普通もうちょっと余裕を持って単位取るもんじゃないか?論文もバックアップくらい取るだろ」

「お前は何もかも上手くいってるからそんな余裕ぶっこいてられるんだ」

「そういう訳じゃ」

「分かるっていうのか!?降ってわいたように彼女ができて進路も決まったお前に、青春というものを何も得られず燻っていく俺の事が!!」

「…………」

 

俺はそれ以上言い返せず、黙りこむしかなかった。

ニコルが口を挟もうとするが、制止する。

 

「ちょっと、そんな言い方って」

「今は言うな。それに結月の言い分も一理ある」

「そんなぁ……」

 

クリスマスイヴに相応しからぬ悲壮な雰囲気を突如として破る音が聞こえた。

 

シャラララァ……シャラララァン……

 

ハンドベルの音か?

いや、潮騒の響きにも聞こえる。

あるいは、異国の鳥の歌声のような……。

 

「……彼女だ」

そう言って結月は例の貝細工を握りしめる。それから音が響いているようだ。

「え?」

「沙羅が俺を呼んでいる」

「でも、彼女は……」

……シャラララァン……

 

 

「悪りぃな、もう行かねえと。カノープス取ってくるわ」

一方的に話を中断し、結月は部屋を出ていった。

 

 

――2022/12/24、19:25 東京都足立区、アパート「明星」前

 

 

結月の姿はすぐに夜闇に紛れて見失ってしまった。

「どうなってるんだいったい!?」

「これはもしかするとあれかも。二年前のこと覚えてる?」

そう言うとニコルは竜がレリーフされた金貨の形をした揃いのペンダントを示す。

「わたしたちのこれと同じように、トリスアギオンを使って何かの通信をしてるのかも」

「そうだとして、結月は普通の人間でトリスアギオンは扱えないはずじゃ」

「あの音に秘密があるのかも……とにかく追ったほうが良さそう」

 

行き先なら、だいたい見当はつく。

 

「確か……鹿島の海岸って言ってたな。わかるか!?」

「ええ、宇佐野くんと出会ってから関東まわりはばっちり」

「決まりだな」

「念のため、『あれ』も持って行ってね」

俺は黙って頷くと、キーホルダー程の大きさの鞘に収まった剣を取り出した。

本来はこれもトリスアギオンなので普通の人間には扱えないはずだが、ニコル曰く自分たちの種族の末裔の血が流れてるとか推定しててとにかくある程度使える。

 

ニコルも頷き返すと、大きく翼を広げ高速飛行形態へと姿を変えた。

鱗は滑らかなボディースーツのように変化して全身を覆い、頭はシャープな流線形のヘルメットのようなものに隠される。

ゴーグルの奥から彼女の視線が向けられたのがはっきりと分かった。

「頼んだぞ、ニコル」

 

 

それ以上の言葉は要らない。

彼女はジェット噴射めいた真紅の光の翼を広げ、俺を背後から抱えてクリスマスイヴの夜空に飛び立つ!

 

 

――2022/12/24、19:40 東京都足立区、首都高速中央環状線上空

 

 

「ところで、あの人のバイクどれだか分かるの?」

「もちろん……見つけたぞ!『カノープス号』だ」

「どれ!?」

「あの火の玉みたいに赤いやつ!」

「……あれね!」

 

ニコルがスピードを上げる。

カノープス号……結月は愛車のバイクにそう名付けていた。

燃えるような紅いボディに、一際鮮烈なゴールドのライン。

それは綺羅星のように見えて、どこか沈みゆく太陽をも思わせるものだった。

 

「ちょこまかと……まさか、気付かれた!?」

混雑した車の間を縫って走ると大型トラックの荷台の陰に隠れ、その一瞬で姿を見失ってしまう。

「左に行ったぞ!」

気付いた頃には結月は俺たちのだいぶ先を走っている。

「ねえ、あれ……」

 

 

三人が目指す方角。

遥か空の星が、今夜はひどく輝いて見えた。

 

 

――2022/12/24、19:52 東京都江戸川区、首都高速湾岸線上空

 

 

俺は焦っていた。

 

「もっと速度出せないか!?」

「無茶よ、宇佐野くんの身体がもたないわ……ちょっと待って」

「どうした急に」

「あれを使えば……!」

 

ニコルがそう言うと彼女のブレスレットが明滅するように輝き始めた。

「来るのよ、『メテオール』!!」

 

その呼び声と共にステルス戦闘機めいた鋭角的なシルエットが夜空を切り裂き接近してくる。

しかし有機的で変幻自在な空中制動はやはり現人類の科学力ではありえない。

「乗るわよー」

その機体はいつの間にか俺たちの真上につけ、トリスアギオン光子を放出しながら無音でホバリングしていた。

特に断る理由もないので、この『メテオール』に一緒に乗っていく事にした。

 

 

「これに人間を乗せるのは宇佐野くんが初めてなんだよね」

「スピードは」

「新型機だから……とにかくすごくすごい!」

 

 

――2022/12/24、20:22 千葉県成田市、東関東自動車道上空

 

 

メテオールの速度と機動力は圧倒的で、結月のカノープス号を正確に追随していた。

「目標は依然高速道路をまっすぐ東進中よ!」

「このルートだと東関東道から茨城県道18号に下りてそこから鹿島に向かうはずだ」

「わかった、妙な動きがあったら知らせる」

 

 

――2022/12/24、同時刻 成田市、東関東自動車道

 

 

夜の東関東道をカノープスが駆ける。

結月の命を火にくべるように。

 

(思えば、遠くに来たもんだ)

 

懐であの貝細工が一際強く響いた。

……シャラララァァン!!

 

(そうだ、俺の時間はあの時から……)

 

 

――2009/8/24、17:15 茨城県鹿嶋市、鹿島灘某所の海岸

 

 

別れは突然だった。

その日は、いつものように沙羅さんとあの歌を歌っていた。

 

「お前だったのか、うちの孫をたぶらかしとったのは!?」

お爺ちゃんの怒鳴り声と共に、知り合いのおじいさんおばあさんが沙羅さんに詰め寄る。

「よもやこんな時代になってまで『海のあやかし』を見る事になるとは」

「お主はこの世には在ってはならぬ者なのじゃ!!」

思わず沙羅さんに質問する。

「どういう事?」

「この人たちの言う通り、あたしは君とは違う世界の存在。だから」

 

「さようならね、ゆーちゃん」

 

「嫌だよ、沙羅さんはずっと僕の友達で……!」

その叫びも届かず、漁師のおじさんが無理やり僕を連れ帰ろうとする。

「またいつか会いましょ」

そう言うと沙羅さんはふわりと海の上に舞い上がり、あの円盤に乗って水平線の彼方に姿を消した。

((明日も遊んでくれるかな。明日も、その次も))

(もちろん!!)

「そんな……」

 

 

……シャラララァン……

あの人の残した置き土産が、手元で寂しく響いていた。

 

 

――2022/12/24、20:57 茨城県鹿嶋市、県道18号上空

 

 

「海が見えてきたわ。宇佐野くんの予想通りのルートね」

「よっしゃ俺の超ファインプレー!!」

「ちょっと待って……レーダーにトリスアギオン反応!?」

「あれはまさか……」

 

海の上、雲の切れ間に一等星の如く輝く青い発光体を確かに見た。

 

 

――2022/12/24、21:05 茨城県鹿嶋市、鹿島灘某所の海岸

 

 

ザリザリザリッ!!

砂浜に轍を刻み、カノープス号が停車する。

 

「何も変わってねえな」

「変わったとすれば……」

結月はメテオールから降下してきた俺たちの方を見た。

「何故追ってきたんだ」

「わたしたちも力になりたいの」

「教えてくれ、13年前に本当は何があったのか」

「そんな事をして一体どうなる!」

 

 

……シャラララァン……シャラララァァン!!

その時、あの音が響き渡ると共に青い発光体が雲を裂いて海面に降着した!

 

 

――2022/12/24、21:06 鹿嶋市、鹿島灘某所の海岸

 

 

「……祈りが……通じたんだな」感極まったように結月が呟いた。

 

青白い光が晴れると、あの絵に描かれていたのと瓜二つの円盤がそこにはあり、まるで鳥の羽の如く白い衣服に銀髪碧眼の少女が舞い降りてきた。

そうだ、彼女の名は……

 

「サラ・アプラ!?」

「おいニコル、知り合いか?」

聞き慣れないフルネームに一瞬構えるが、サラが挨拶を返すほうが速かった。

「久々ねニコル・ドラキエル。彼氏できたんだ」

「……あんたには関係ないでしょ。それよりその宇宙船まだ使ってるの?」

「『ヴィマナ・アガスティヤ』あたしの愛機は旧式でもまだまだ現役だから。それよりニコルのそれまた新型機?」

「わたしが機体をとっかえひっかえしてるような言い方はやめなさい!」

 

話の方向性がおかしくなってきた。

そもそもここで話すべきはサラのフルネームでも俺の話題でも機体の話題でもなく……

「ストップストップ!」

「「「何!?」」」

俺以外の三人が一斉にこちらを向く。

「俺は13年前に結月とサラの身に何があったのか、隠さずに教えて欲しいんだ」

「……沙羅が良いのなら、話してもいい」

「あたし?特に誤魔化す理由もないし、教えた方がいいと思うな」

 

 

結月は13年前に起こった『真実』を語り始める。

折しも雪がちらつき始めていた。

 

 

――2022/12/24、21:10 鹿嶋市、鹿島灘某所の海岸

 

 

何てことだ。二人は強引に引き裂かれていたのか。

 

「あの日の後も俺は毎日のように海へ行った。季節が変わり、秋になっても」

「お祓いを受けさせられたりもしたが効果がある訳もない、終いには海の見えない親戚の家に預けるという強硬手段に出た」

「その後は、だいたい話した通りだ」

 

「そんなホモサピエンスの邪悪なとこが詰まったような話ってある!?」

ニコルが怒りと悲しみの混じったような悲痛な声をあげた。

「あたしもそう思う。けど彼らの言い分にも一理ある……だからまた会える時まであれをゆーちゃんに託したの」

サラは結月の手にしている貝細工を指差した。

「すまない沙羅、遅くなってしまって」

「いいの、君の祈りはずっと届いてたから」

 

「そうか祈り……トリスアギオンは本来精神波、つまり祈りや願いを物理エネルギーに変えるもの」

「それがどうした」

「つまりこれを逆用すれば理論上は普通の人間でも……」

そこに突如結月が割って入ってきた。

 

 

「うーさー」

「カノープスの由来を知っているか」

 

 

――2022/12/24、21:14 鹿嶋市、鹿島灘某所の海岸

 

 

「りゅうこつ座α星のことか?」

「ああ、それだ。遠く南の空の星……足立からは、決して見えない」

結月の何処か含みのある表現が気になった。

「赤い地平線の向こうに明日があると信じていた時もあった。だが、今は違う」

「落日の地平は美しくとも沈むのみ。水平線に隠れていても輝き続ける星を目指す」

「……結月、それはどういう意味だ」

 

 

「俺は沙羅と一緒に行く。カノープス号を頼んだぞ」

そう言うと海が二つに割れ、結月とサラは海底へ消えていった。

 

 

――2022/12/24、21:15 茨城県鹿嶋市、鹿島灘海底

 

 

「結月、待てよ!!」

「感動の再会じゃ終わらないみたいね」

 

俺とニコルはあの二人の割った海の底を突っ切って追いかけている。

向こうも特に本気で妨害する気はないようで、既にかなり沖の方まで来てしまった。

ふとニコルが何かに気付いたような様子を見せる。

 

「もしかして、時空特異点反応?」

「時空……なんだって?」

「確証はない。必要になったら説明するわ!」

 

そうこう言っているうちに目の前の海水がドーム状に大きく開け、岩山のようでなおかつ明らかに人為的な形状を持つ構造物が姿を見せた。

入口らしき場所には既に結月とサラが立っている。

「準備はいいかな、ゆーちゃん」

「こっちは大丈夫だ、沙羅」

……シャラララァン……シャラララァァン……

……シャラララァン……シャラララァァン……

 

サラの歌声と共に二人が持っている巻貝からあの不思議な音が共鳴し、入口の内側で底知れない紺碧の光が渦巻く。

「やっぱりあれは時空の特異点だったのよ!」

「特異点だか何だか知らねえが、止めるしかねえ!」

「無茶よ、手遅れだわ!」

事実結月はサラに続いて光の渦に足を踏み入れようとしていた。それでも……

 

 

「届けえぇーっ!!」「宇佐野くん……!!」

 

 

――20??/??/24、??:?? 海底時空特異点

 

 

俺とニコルは紺碧の光の揺らぎの中を揺蕩っていた。

 

「なんで……何のためにここまで来た?」

結月が俺に問いかける。

「決まってるだろ」

「俺との大学生活……そんなにどうでも良かったか?」

「それは違う……!ただ」

 

サラが結月の手を握り悪戯っぽく呼びかける。

「迷わずにあたしと来ればいいじゃない、そうすればずっと若いままで一緒にいられる」

ニコルがすかさず反論した。

「そういうやり方はもう時代遅れなのよ!」

「なら聞くけど、ニコルみたいに理解ある人間とうまく出会う方法があるの?運が良かっただけだよね」

「……この話はらちが明かないわ。あの二人の関係を見届けてなさい」

 

「僕の時間は、あの日からずっと止まっていたんだ」

俺は結月の姿を見て驚愕した。だが同時に納得もした。

「そうか、そういうことだったのか」

「でも、沙羅さんとまた会えたから」

 

「結月が若返ってる……まさか、これも」

「時間が歪んで流れてる影響。もう長居はできないよ」

サラがしれっと恐ろしい事を口走る。

恐らく本当に猶予がないのだろう。

 

「これで最後だと思うから……ありがとう宇佐野、きみに会えてよかった」

「俺もだよ、結月」

「もう時間だよ、ゆーちゃん」

「僕もう行かなきゃ……!」

 

 

「さようなら」「さようなら」

別れ際に結月は小さな手を伸ばし、俺の手に何かを握らせてきた。

そしてサラと共に遥か彼方へと消えていったのだ。

 

 

――2022/12/24、21:15 茨城県鹿嶋市、鹿島灘上空

 

 

俺とニコルはあらかじめ海上に待機させたメテオールでピックアップ、一時休憩している。

 

「それにしても後先考えず飛び込み過ぎじゃない?」

「それは認める。ペンドラゴンの剣持ってきててよかった……それにしても何でビームをクロスすると出力上がるんだ?」

「トリスアギオン共鳴現象の応用よ。まぁ一人より二人ってやつ」

一人より二人、な……。

そんな事を思っている間に割れた海がみるみる元に戻ってゆく。

「時空特異点が完全に閉じるわね」

 

その言葉の直後、海面が眩く八芒星形状に輝き、再び夜の静けさを取り戻した。

 

「そういえばクリスマスイヴだよね」

「お腹空いたし、とっとと帰るか」

 

 

――2022/12/24、22:00 東京都足立区、アパート「明星」13号室

 

 

「……とまあ、そういう事があった」

俺は自室でまーりんに事の次第を説明していた。

 

「それで下にあの人のバイクが置いてあったのかあ……でも二人はいったいどうなっちゃったんだろ」

「常世の国、ニライカナイ、ティル・ナ・ノーグ……世界各地で海の彼方にはこの世ならざる理想郷があると信じられてきた」

「今もどこかにあるかもね」ニコルが付け加える。

「結月がサラと行った先も、そういう類の場所なんだろう」

 

そんな話をしながら懐を確かめていると、結月から別れの寸前受け取ったものが出てきた。

「バイクの……キー?」

 

((カノープス号を頼んだぞ))

 

「なるほど、そう来たかぁ」ニコルが意地悪げに笑う。

「あいつ、宇佐野くんが最後まで追いかけてくれるってわかってたんだ」

「確かにな……」言われてみればそうかもしれない。

 

 

「ローストチキン焼くよー!」

まーりんのひと声に部屋がわっと活気づく。クリスマスはまだまだ終わらない……

 

Merry……Xmas!!!!

 

 

【完】


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スキするとお姉さんの秘密や海の神秘のメッセージが聞けたりするわよ。