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海水の女神【ペンドラゴン・サーガ:オリジンより】 #むつぎ大賞


一機の宇宙船が音もなく海岸近くに着陸する。


「青い海に緑の森……故郷の星と同じ。本当に美しいと思わない?」
船内で背の高い女性が銀色に輝く髪をかき上げ感激している。
「確かにそうですけど、任務を忘れてはしゃぎ過ぎないでくださいよ」
同じく銀髪の若い男性が念を押す。女性が丈高いのも相まって、彼はまるで少年のように見えた。
「わかってるわよ。じゃあわたしは野外調査してくるから機材の準備は頼んだわね」
「仕方ない人だ……」
女性が船外に出ると迷彩機構が起動し、宇宙船は岩塊にしか見えなくなる。


「先遣隊の報告通りね。重力も大気組成もほぼLCF恒星系第4惑星と同一」
二人の任務は探索隊が発見したこの惑星に本格的な移住を行うための事前調査と通信の確立だ。
彼女達の母星は太陽が寿命を迎え、滅びを待つばかりであった。だが幸いな事に星系探索隊の努力が功を奏し、この星を見つける事ができたのだ。

身体を覆う白銀色の密閉型ボディースーツとバックパック、頭部デバイスは外惑星活動用の装備である。
背負っていた杖のような装置を手に取ると、表面の複雑な文様が輝く。
彼女達の母星で産出される高精神波伝導性物質を高度なテクノロジーで加工することで、生来のテレパス能力を増幅・拡張しているのだ。
表面に刻まれた紋様はそれ自体が回路として働き、デバイスを作動させる。
澄んだ起動音が響き渡り、杖の長さが二倍ほどに伸長した。
地面を軽く突くと、彼女は頭部デバイスのバイザー視界に目を凝らす。
「大気および周辺土壌に有害物質反応・有害放射線反応なし」
「後は……あら?」
彼女が降り立った場所はちょうど海に大河が流れ込む河口域であった。川と海の水の境界面が可視光レベルで判別できる。
奇妙に思った女性はさらに河口に接近して状況の把握を試みた。

水中に杖型デバイスを向け精査すると新たな事実が浮かび上がる。
「海中に高濃度のイオン化物、特にナトリウム塩化物を確認」
「LCF第4惑星にはない特徴ね……河川から流入する淡水との比重差が顕著にみられるわ」
自分達の星の水系とはまた異なる様相に、彼女は科学的興味を隠さない。
しかし……。
(この情報はあの子と共有しておくとして、これは少々厄介ね)
女性は海を眺めながら呟く。彼女達の肉体はこの惑星の塩類の濃い海水に耐えられない。
しかし本格的な移住にあたって広大な海域の存在は避けて通れない問題だ。
だが同時に対応の手立ても持ち合わせていた。


『海域のデータはどうかしら?』通信インフラを設営している相棒に精神波無線を送る。
『あー、確かにこれはちょっと塩類が多いですね。現地での適応が必要です』彼の外見に違わぬややあどけない雰囲気の返答が返った。
『わかったわ。君は引き続き通信設備をお願いね』

「塩分濃度の濃い水域でもわたし達の星のものと似た生態系が存在するのね」
女性は海中をスキャンしながら生命体の活動を観測する。
「これは興味深いわ……」
杖型デバイスから引力場を放射して捕獲したのは鱗に覆われた細長い生物である。四肢は存在せず、体をくねらせて泳いでいた。
「詳しく分析しないとわからないけど、わたし達の星に生息する爬虫類に近い進化を遂げた生命体かしら」
だが同時に奇妙な点もあった。
「移動のための器官が存在しない……?LCF第4惑星では複雑化した構造の生物には見られない特徴だけに、なかなか面白い存在ね」
捕獲した生物の遺伝情報を採取、簡易解析する。
それを元に己が身の遺伝情報をこの惑星に適したものに変化させる……言わば自己進化能力だ。
彼女達の種族は遥か以前からこの力を駆使し高度な文明を築き、宇宙に進出するに至った。
この星に移住するにおいても必要になるだろう。


「そう言えば、先遣隊から聞いたあの情報……知的生命体の存在も気になるわ」
曰くこの惑星には原始的な知性を備えた原住生命体が確認できると。
その事も心に留め置きながら、川に沿って内陸へ歩を進める。
水源に沿って草本植物が茂り、まばらに樹木が立ち並ぶ母星の乾燥地に近い光景だ。
その樹々の向こうを大きく湾曲した角を持つ四足歩行動物が追い立てられるように走ってくる。
「肉食動物がいるのかしら?」
女性が周囲を警戒しつつ様子を見ていると、拳ほどの大きさの岩石が飛来して走行する動物を打ち据えた。
足取りが乱れたところをさらに複数の礫が命中、遂には長い毛に覆われた体が地面に倒れ伏す。
(投石!?もしかして……)
彼女が振り返ると、二足で歩行し両手に礫や樹木の太い枝を手にした生命体の一団が警戒するようにこちらを見た。
まばらな体毛の上に獲物であろう動物の毛皮を纏っており、その眼には知性の光が感じられる。


外惑星知的生命体との接触には慎重を要する。少しでもコミュニケーションに齟齬があれば攻撃的反応が返ってくる可能性もあるからだ。
だが彼女達のテレパス能力は対象にある程度似通った社会的知性があれば思考パターンを読み取る事が可能だ。
まずは敵対の意思がない事を明確にせねばならない。
(……つまり、あなたたちはわたしが獲物を奪いに来たと思っていたわけね?)
いまだ長大な角を振りかざし暴れる獲物の頭部を数人が長い棒で殴って仕留めた。
その手前では同意するようにこちらを見上げ唸るリーダーらしき者。
「…………」
(でも、もう心配しないで。わたしは敵じゃない)
『彼ら』の背丈は低く、女性の胸ほどしかない。彼女は軽く膝を曲げて顔を合わせ、両手を広げる。
バイザーを覗き込む視線が和らいだように見えた。
『あの、ちょっと今大丈夫ですか?』割って入るように相方からの通信が入る。

『現地の知的生命体と接触中だったのよ……間が悪いわね』ぼやく女性。
当の知性体達は警戒を解き遠くで獲物を解体している。だが効率は良くないようだ。
『なるほど、だけど丁度良かったですよ。広域通信装置の設営が完了しました』どうやら通信インフラの確立は達成できたらしい。
『相変わらず仕事が速くて助かるわ。それで本題は?』一人で作業を行っていた相方を労いつつ本筋に話題を戻す。
『α班のプロメテウスさんと通信が繋がっていますよ。例の知的生命体の件で見解を共有しておきたいとか』


――そして彼等が出した結論、それは――


丈高い女性の近くにあの知性体の一団が集まってくる。
(じゃあ、いくわよ)
杖型のデバイスを握ると彼女のテレパスが増幅され、周囲に精神波が広がる。
「……!!」「……!?」知性体達は未知に触れ、困惑と同時に何かを得たような反応を示す。
その時『彼ら』は確かに見たのだ。
鋭利に欠けた岩石の切っ先が動物の肉を容易く切り裂き、乾いた木が擦れ合って炎が生まれ肉食動物を恐れさせ闇夜を照らすヴィジョンを。
やがて一人が地面にうずくまり足元の石を打ち合わせ始めた。さらに数人がそれに続く。
『こっちは上手くいってるわよ』
『こちらγ班アプスよりα班プロメテウスへ、オペレーション<天の灯>順調です』
『こちらα班プロメテウス、こちらも問題ない。続けてくれ』


――――――


そしてしばらく時が経ったある日中。
調査班の二人は河口の巨石の上に座り込んでいた。
両者とも外惑星探査装備に身を包んでおらず、外気に頭部を露出している。女性が膝に乗せた少年に声をかけた。
「ねえアプス君、あの煙が見えるかしら?」
「『彼ら』が火を起こしているのでしょうかね」
「わたしはそう思うわよ」
遠くで細く立ち上る煙を指差しながら女性は慈母めいて微笑む。
「……ところでティアマトさん、その姿はどうしたんですか」少年が振り向く。
女性の体つきは臀部と胸が一回り大きくなっただけでなく、爬虫類じみた尾と湾曲した大きな角を生やしたものとなっていた。
一方少年の姿はこの惑星に降り立った時から変わっていない。

「――好きになったのよ、アプス君」

そう言って彼女は少年を膝から降ろすと、海へ向かって歩いてゆく。

「どういう意味ですか」

「この星の美しさ、多様な生態系の営み、知的生命体の存在、その全て」

一つ単語を発するごとに海岸を洗う波との距離が縮まる。


「SUN恒星系第三惑星――コードネーム:ガイアが」


その言葉と同時に彼女……ティアマトは海中へと潜ってゆく。
一方アプスは川の上流に目を向ける。
そこには先住人類たちが焚き火で動物の肉を焼いている姿。


この星に、神話が生まれようとしていた。


【ペンドラゴン・サーガ:オリジン「竜の血族」に続く】



スキするとお姉さんの秘密や海の神秘のメッセージが聞けたりするわよ。