管弦楽法のバスクラリネットの項を再考する②:記譜法・音域編

※シリーズ「管弦楽法のバスクラリネットの項を再考する」第2回です。前回はこちら(↓)


今回のテーマは、「記譜法・音域」です。楽器法としては初歩の内容ですので、多著ですでに述べられていることも多いですし、それは当たり前のことなのでは…という箇所も多く文中に出てくると思います。よって、今回は論を複雑にせず、むしろ要点を絞っての解説を試みたいと思います。


◎記譜法

・前提の確認

まず基本的な事柄から押さえておきましょう。バスクラリネットはB♭管の移調楽器です。かつてはA管も存在していましたが、現在においては、B♭管しか存在しません(当時、A管のために書かれたパートは、今日では奏者が半音低く移高して演奏しています)。

・記譜法

バスクラリネットの記譜法は、いわゆるドイツ式記譜法とフランス式記譜法の2パターンがあります。少なくとも日本では、ほぼほぼ9割5分で、フランス式です。これは「ト音記号を用いて」、「実音が長2度とオクターブ低くなるように記譜する」システムです。通常のソプラノ・クラリネットでは、長2度ずらすだけでよかったのですが、それよりもさらに1オクターブ低く記譜することがポイントです。
ちなみに、ドイツ式の記譜法は、「長2度低くする」だけでいいのですが、その代わり「ヘ音記号もト音記号も用いる」というシステムです。すなわち、スコアに書かれている音がフランス式よりも1オクターブ分近くなる…ということになりますので、指揮者・作(編)曲家としてはメリットがあるわけですが、奏者からすると、運指が(通常のクラリネットから)1オクターブ分ズレるので、嫌なことこの上ない…ということになるわけです(少なくとも私は絶対に嫌ですが、訓練次第でなんとかなる問題でもあります。もしどうしてもドイツ式を用いて記譜したい場合は、自分の譜面がドイツ式である旨、注釈をつけておくとよいでしょう)。


◎それぞれの音域について

※今後、この記事は、適宜、音源(譜例は、著作権の問題で譜例を追加することが不可能な場合が多いため記載できない場合があります)の例示の追加をする場合があります。その意味では、まだ完成ではないのですが、気長にお付き合いください。
※※尚、オーケストラ作品についてのすぐれた例示は、すでに多著で成されていますので、こちらで特に述べることはいたしません。ご興味のある方は、是非、調べてみてください。ちなみに、個人的には(クラシック音楽の範疇でしたら)シェーンベルクの《月に憑かれたピエロ》は、楽器に着目して拝聴されることを推薦いたします。室内楽作品ですので、他の楽器もあまり多く使用されていませんし、ソプラノ・クラリネットと持ち替えですので、随時、比較をして通聴することができます(私のことをよく知っている方には、お前がシェーンベルクが好きなだけだろ!と、つっこまれそうな気がするので、先に認めておきましょう。その通りです!(笑))。

・前提の確認

今回のテキストでは、便宜上バスクラリネットの音域を①超低音域(超高音域とは、本論文独自の用語である。)、②シャリュモー音域、③スロート・トーン、 ④クラリオン音域、⑤超高音域(アルティッシモ音域、いわゆるフラジオのこと)の5つに大別することにします*。

*以下に音域表を示しますが、「各音域のレンジ」については、書籍や論文によって、若干、異なることがあります。今回のテキストでは、W. ピストン著の『管弦楽法』の記述に基本的に従っています。

①超低音域

バスクラリネットは、調は同じであるが管体の長さによって最低音が異なる2つのタイプが存在しています。それぞれ最低音の長さを取って「Low C管(ロング管)」「Low E♭管(ショート管)」(すなわち、ショート管では、この超低音域に該当する音は1音しかないということになります)と呼ばれています。現在「Low C管」が急激に増加傾向にあり、それに応じて「Low C管」のみ演奏が可能な楽曲も増加しています。しかし、作曲家は、自らが創作した作品の演奏を担当する奏者が、どちらのタイプの楽器を所持しているか、ヒアリングした上で、楽曲を創作する必要があるでしょう。超低音域は、他の音域に比べ、独特な深みがあり、とりわけ強奏時にインパクトがありますが(そして、意外と見落としがちなことですが、弱奏も可能です)、他の音域に比べ、キーシステムがやや複雑ですから、この音域周辺「のみ」を酷使した高速パッセージは演奏が不可能な場合があります。

②シャリュモー音域

シャリュモー音域は、暗く、素朴で、しかしどこか神秘的でもあり、一般的に「バスクラリネットの音色」 といえば、この音域を想像する傾向にあると思います。  運指に関しても特段の注意事項はなく、音量においても極限の弱奏から、強奏まで自在に演奏可能です。

③スロート・トーン

シャリュモー音域の上部に近づくにつれ、管の鳴る長さが短くなり、音色の特性が変化します。これらの諸音は、音色が薄く、音性が劣るとする風潮もありますが、とりわけバスクラリネットにおいては、それは誤りであると私は考えています。他の音域では得ることができない「スロート・トーン」独自の音色を得ることができるからです。  運指においては、五線譜第2線のG音(記譜)以外は、他の音域の諸音との高速のトレモロなどは現実的でない場合もあるため、求めたい2音間の運指の確認を念のため事前にしておいた方がよいでしょう。

④クラリオン音域(クラリーノ音域)

クラリオン音域では、透明感のある、温かく、表情的な音を得ることが可能です。他の楽器と最も同化しやすい音域であり、吹奏楽等においては、内声部を担当させるのもよいでしょう(もちろんクラリオン以下の音域も内声に適していますが、この音域の他の楽器との溶け方は、経験上、頭ひとつ抜けているように感じます)。 運指に関しても特段の注意事項はなく、音量においても極限の弱奏から、強奏まで自在に演奏可能です。
尚、C音(記譜)までをクラリオン音域と定義付けていますが、さらに2度くらい上までなら、はみ出しても、この音域と遜色くなく使用できるケースが多いです。

⑤超高音域(アルティッシモ音域)

時にサキソフォン的と称されるほど、非常に華やかな音域です。他の音域に比べ弱奏は劣るが、強奏時の遠達性においては、他の音域の追随を許しません。しかし、あまりにも音質が派手であるため、また、一般的な奏者は技術的に演奏が不可能な場合があります。故に、吹奏楽等で、使用することは現実的でない場合が多いでしょう(あえて付言しますが、現代音楽以外では避けた方が無難です。特にFis音(記譜)以降は…(尚、書籍によっては、その半音下のFを最高音と定義している場合もありますが、これは(少なくとも現代においては)誤りです))。独奏曲等においても、使用回数を考慮する必要があるでしょう(ここぞ!というところのキメは効果的なことが多いと思います)。
他の音域に比べ、キーシステムが複雑であるため、また、運指上の問題以外でも、倍音域が第5倍音(運指によっては第3倍音)から、第7倍音に切り替わる上第4間のFis音(記譜)以上の音同士は倍音域切り替えに伴う技術的な問題から、高速で往復することはできないので注意する必要があり、少々入り組んだ高速パッセージは不可能な場合があります(演奏可能のギリギリを攻めた作品の一例として、川島素晴先生の《溌 II》という作品があります)。この傾向は、通常のソプラノ・クラリネットより顕著に出るように(体感ですが…)思います。

・補足

特にアルティッシモ音域については、運指の制限について述べましたが、基本的には他のクラリネットと比べても遜色ない俊敏性を兼ね備えた楽器です。奏者に対しても、そして求めたい楽想に対してもベストなコンディションを創出するために、唯一、高音域の使用法のみ配慮する必要があるといえるでしょう(ちなみに、アルティッシモ音域をほとんど用いない「教育的独奏作品」としての、最もすぐれた一例としては、田村修平先生の《バスクラリネットとピアノのための幻想曲》を、個人的に推薦したいと思います)*。
尚、文中で各音域について所感を述べていますが、ご自身で実際に聴いて判断していただくのが1番だと思います。私のテキストは「1つの参考として」お使いください。

*前回、クラリネットを専門とした方…。バスクラリネットを専門とした方…。と、世界的にみると、異なるバックグラウンドをお持ちの奏者の方が混在していらっしゃるという旨を、記載しましたが、ポピュラーやジャズの世界では、そもそもクラリネット属を専門ではない方が、この楽器の演奏を担当することもあります。そのような背景からも、対象の奏者の方が、どの高さまで演奏をしたことが経験があるのか、(また、これはすでに述べましたが)どちらのタイプの楽器を所持しているのか、事前にチェックされることをおすすめいたしますし、もし一般的な楽譜をお書きになりたいのでしたら、音域的にはあまり無茶をしないように配慮をしていただく方が無難かと思います。

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