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下り坂にもエレガントな下り方がある

ひさしぶりに草刈り機を回した

釜石のこすもす公園の雑草が元気良くなってきたので、
小1時間ばかり、草刈り機で草刈りをした。

チューンチューンチューンチューン。
恐ろしげな刃が高速で回る。
ちょっとビビっているわたしに、公園主のサトルさんが、
「もっと大きく、半円描くように動かして!(^^)」

ちょっとビビっているわたしは、
その心理状態が行動に現れ、
魚の尾びれの動きのようにちょこまかちょこまか、
扇子ぐらいの角度で動かしていた。

チューンチューンチューンチューン。
恐ろしげな刃が高速で回って、
草をじゃんじゃん刈り倒していく。
手には振動がジンジン伝わり、
やがてなんだか腰にも違和感を覚えるように……。

トラ刈りだ、って。たしかに


いつものように「思いつきで行動する」

「やっぱり、草刈りはやめといたほうがいいよ」
という公園オーナーのサトルさんに、
「なんで?」
と聞いたら、
「むらたさんは机の上でモノ考える人だから」
と。
お前にはムリだ、草刈り機を回すのは、と。
やさしいな〜。

「やっぱりやめとこうかな、ひさしぶりだから自信ないし」
というわたしの臆病ムシを見抜いたかのようなサトルさんのひと言に、
いやいやいやいや、これはこれは、とやる気のスイッチが入った。

先週、突然こすもす公園の閉園がアナウンスされた。
カナちゃんとアユちゃんと「こすもすRe-bornプロジェクト」として、
ちょっと疲れ気味のこすもす公園を復活させよう、と目論んで、
少しずつ 少しずつ関与を増やしていたわたしにとっても、
こすもす公園閉園は寝耳に水だった。

閉園アナウンスにびっくりしてその日の夕方、
アユちゃんのクルマに乗せてもらってこすもす公園にいき、
サトルさんとサエコさんの話を聞いた。

二人のホンネのところが少しだけわかり、
そのうえで自分自身のことを振り返ってみると、
やっぱりどこか他人事だったな、と反省し、
思いつきで「毎週木曜日に草刈りにくる!」と宣言した。
木曜日はこすもすのレストランでランチをとることにしているので、
その延長線上に公園(閉園)のメンテナンスもありだな、
と思ったから。

メンテナンスの目的はなんだろう、と考えた

メンテナンスには目的が必要だな、と思った。
ただ単に現状維持ではつまらない。

ひとつは、場づくり。
具体的な「場所」である場づくりはわたしにとって初めてのことで、
今までは「学ぶ場」「遊ぶ場」「つくる場」みたいな、抽象的な場づくりだった。
今回は、魅力ある場所にするための場づくり。

ふたつめは、下り坂の美学、みたいなものにチャレンジすること。
公園はいったん閉じた。
でもサトルさんとサエコさんの好意で、
封鎖ではなく、使う人の責任で使うんだったら使ってもいいですよ、
という状態からのメンテナンススタート。

木材でできた遊具は、朽ち続けている。
もう壊さないと危なくなった遊具もある。
壊しながら、土に戻しながら、壊す状態になるまで待ちながら、
草を刈って、花の種を植えて、野菜を育てて、
これまでのように「ここにあるのは土に戻るか、食べられるもの」の場所をキープしていく。

だけど、かつてのような、がんばって上り坂を上っていくような勢いでもない。
もうそのステージではないし、
もとに戻ることを目指しているわけではない。
それは、コロナ真っ最中からコロナ後になる世の中で、
働き方や生き方をコロナ前に戻すことは愚行であることのように。

下り坂なんだけど、下り坂はネガティブなことではなく、
また上り坂を上っていくため、平坦な道でも持続可能であるために、
生命力の充填期間と考える。

日本の社会問題とリンクするRe-bornプロジェクト

すると、次はどこに向かって進んでいくのかを、
とりあえずでも決めておけば、
下り坂であるとしても、エレガントな下り坂の下り方もあるだろう。

こすもす公園の閉園理由のひとつに、高齢化がある。
オーナーご夫婦の高齢化、スタッフの高齢化。
そして、若かったスタッフもいい歳になって、
ライフステージが変わってきたこと。

コロナで人の流れが変わったこと、もある。
最盛期には年間4万人の利用者があったが、
外出ができなくなって、室内や近所で遊ぶようになって、
こすもす公園まで出かけてくる団体がなくなり、
ホントに近所の子どもたちの遊び場、となった。
それはそれでいいんだけど、
コロナ前とは違った魅力、使い方を模索していかないといけない。

日本全体が高齢化し、コロナ後にさしかかって、
下り坂の国になってきた。
だけどそれはマイナス、ネガティブなことではなく、
そうしたことを受け入れながら、
次の時代へ対応し、次の世代へ手渡ししていかないといけない。

Re-bornプロジェクトはそう変化したじゃないかな、と。

草刈り機を回し終わって、そんなことを考えた。