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「楽しんで!」とはこのことだったのか

ONE KAMAISHI 3万人でひとつのまちに

この選挙戦、このスローガンで戦っている。

「3万人しかいない」
とネガティブに考えるか、
「3万人もいる」
ポジティブに考えるか。
ここで大きく違ってくる。

21人の立候補者の中で、
わたしだけが、釜石市の出身ではない。

わたしは、長崎県佐世保市に生まれ、
長崎県長崎市で育った。
東京へ出て大学に進み、働き、結婚し、家庭を持って、
2020年、釜石に移住した。

「なぜ釜石なの?」とよく聞かれる。

2011年、早稲田大学の教員だったわたしは、
学生たちを引き連れてボランティア活動にやってきた。
一回二回三回、四回五回と通った。
友だちがたくさんできた。
今度は、その友だちに会いに、釜石に来るようになった。

これが、わたしと釜石との出会いだった。

街づくりの世界では、
よそ者、バカ者、若者が世の中を変える」
といわれる。
これまでになかった視点を持っているよそ者。
枠組みにおさまらないバカ者。
パワーのある若者。
今回の選挙では、新人候補、ということでもわたしは若者にあたる。

多様性の世の中だ。
不確実性の世の中だ。

釜石出身者ばかりの議会から、
多様性のある議会へ変えていこう。
多様性を認める議会へと変えていこう。

ただし、わたし一人では何もできない。
市議会議員18人で、釜石に新しい風を吹かせる。
市議会議員18人で、釜石に新しい文化をつくる。
市議会議員18人で、釜石を変えていく。

それがONE KAMAISHIであり、
ONE KAMAISHI市議会だ。

ONE KAMAISHI 3万人でひとつのまちに
今日で6日目。

厳しい選挙だ。
元のパートナーからは、「楽しんで!」といわれたが、
本当に厳しい選挙になった。
友だちも選挙に出て、
あてにしていた票がごっそりなくなった。

一軒一軒、歩いて回った。
一票一票、積み重ねていった。

朝の5時から歩きはじめ、
午前中は仕事、
午後はまたポスティング。

歩いてみてわかったこと、
話を聞いてみてわかったこと、
たくさんあった。
本当に、たくさんあった。

これが、議員の仕事なんだろうな、と
初めて身体でわかった。

厳しい選挙だから、あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ、
と焦っていた。
もっとたくさん歩く、もっと遠くまで歩く、
ハガキをお願いしなきゃ、電話をかけなきゃ。
「やらなきゃいけないこと」だらけになった。

あるとき、立ち止まった。
「そうじゃないだろう」と思い直した。
「やりたくてやりたくてしょうがない」
と思っていたことなのに、
いつの間にか
「やらなきゃいけないこと」
だらけになっていた。

「一生懸命」は「夢中」には敵わない

といわれる。
やらなきゃいけないことでも一生懸命にできる。
だけど、
やらなきゃいけないことは、夢中にはなれない。

やりたくてやりたくてやっていることは、
夢中になって時間がたつのも忘れてしまう。

「一生懸命」は「夢中」には敵わない

元のパートナーが「楽しんで!」といったのは、
このことだったのかと気がついた。

ONE KAMAISHI 3万人でひとつのまちに
あと2日。
仲間たちと楽しんでいこう!