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伝承異聞「自動車」

自動車がまだ珍しかった頃の話。

舗装もされていない村道に土煙を立てて自動車が走ると、近所の子どもたちがその後ろを追いかけるのであった。

ある日、村道をまた一台の車が走っていった。村の衆はまた車が通りよるわいと、畑から車に目をやった。

車の天井に女が立っていた。
白い着物を着ている。

車は女を乗せたまま走っていく。
村道を走るとき、大抵の車はがたがた揺れるが、その女が揺れている様子はない。
異様な気配を察して子どもたちもその時ばかりは車を追いかけることをやめた。

ただ、自動車が珍しい時代である。
村人たちも自動車とはああいうものなのかもしれないと自らを納得させて、口々に

「はて」
と呟いただけだった。

「しかし」
と当時を振り返り老爺は語る。

「今考えりゃ異常だ。」

ちなみにその時走った車は当時、村にあったどの車でも無かったという。

同じ古翁から自動車にまつわる話をもう一話伺う。

時代が下って、かつての村は町制再編で町になった。既に自動車は全国的に普及して一家に一台の車がある。
彼も所帯を持ったので車を買った。
それまで徒歩とバスで通勤をしていたが、車で通勤するようになった。

その彼の車であるが、エンジンを止めて車を降りるとき、カーラジオから「いってらっしゃい」と女の声が聞こえることがある。
エンジンが止まっているので、カーラジオから声が聞こえるのは不思議な気がしたが、車を持つのが初めてのことであったので、車とはそんなものかと思っていた。

「と、思っていたが、そんな筈はねえ」
老爺は言った。

そんなものかと思っていることが怪異であった、という話。

老人は最近になって自動車免許証を返納したという。
「電話がかかってきて、女が『車に乗るのは止しなさい』と言うんだ。交通安全課も随分ぶっきらぼうな電話をするんだな。」

と、翁は言ったが、僕はそんな電話を警察の交通安全課や免許センターが掛けるなんて話は聞いたことがない。