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「NHKプロフェッショナル仕事の流儀 宮崎駿スペシャル」レビュー「愛憎」。

本ドキュメンタリーは映画「君たちはどう生きるか」が公開されて
NHKの「プロフェッショナル」スタッフが宮崎駿監督に
2399日密着取材したメイキングをそれっぽくまとめたものではない。
NHKの取材は20年=7300日続いていて荒川格ディレクターが
「書生(=他人の家に下宿して家事や雑務を手伝いつつ
勉強や下積みを行う若者)」
として通うことを条件に特に許されていて,
そのたった2399日の「抜粋」に過ぎないのだ。
だが「たった2399日」なのは実時間であって
本ドキュメンタリーは監督の出生から
膨大なフィルモグラフィを追って行くもので
「7300日でも到底足りない」のだ。

僕はてっきり「宮崎駿の話」が語られると思っていたのだが,
実際には「高畑勲を追い駆け続ける宮崎駿の話」だった。

「内気でウジウジして人の目に合わせて生きてて」
「壮烈な鬱に入ってね」
「駅のホームでどっち行っていいか分かんなくなった」(宮崎)
そんな宮崎青年が変わったのは
「パクさん(高畑勲)に出会ったっていうのも大きい」(宮崎)
と述懐する。

高畑勲氏の筆跡を真似る程敬愛するものの「母をたずねて三千里」では
「(原作は短編なのにマルコが)行っても行ってもオフクロに会えないとか」
「絶対に路線間違えてると思った」(宮崎)

「自分のアイディア」を一向に採用してくれない
高畑氏と別れ自分が監督となった宮崎氏は
「未来少年コナン」で自分の思う通りに好き勝手するものの
8話で力尽き絵コンテが描けなくなったときに
助けに来てくれたのは他ならぬ高畑氏だった。

復縁して高畑氏のもとで「赤毛のアン」を制作するものの
高畑氏は宮崎氏より近藤喜文氏に信頼を置く様になって
「俺が必要なんじゃないのか」
「俺よりコンちゃん(近藤氏)を必要としてるのかよ」
と宮さん怒る訳よ(鈴木敏夫氏)。

そこにサギ男・鈴木氏が現れて
「宮崎さん,漫画描きませんか?」
と誘惑して描かれた漫画…「風の谷のナウシカ」が
トントン拍子で映画化される事となり,
宮崎氏は高畑氏に映画のプロデューサーになって貰いたいと主張する。
宮崎氏は鈴木氏を誘って飲みに行き泥酔した挙句,ボロボロ泣きながら

「俺はね」
「15年間パクさんに青春を捧げて来た」
「だのに」
「何も返して貰ってない」
「パクさんをプロデューサーにしたら」
「「風の谷のナウシカ」には手が出せない」
「だから(プロデューサーは)本当に辛い仕事だ」
「(その辛さを)パクさんに味わわせたい」
「俺は「パクさんへの復讐」を心の支えに「ナウシカ」を作りたいんだ」

と言うのである。

だが「ナウシカ」を観た高畑氏は「ナウシカ」のロマンアルバムで
「30点」と評価し,その評価を読んだ宮崎氏はロマンアルバムを引き裂いた。

「僕(宮崎氏)は許せない…」
「(30点)だから(僕のアニメは)下らないんだ!」

と叫びながら。

一体…僕は何を観させられてるんだ…。
この愛憎劇は一体…。

その高畑氏が他界され宮崎氏は涙ながらに弔辞を述べて
「この愛憎劇も幕」
と思ってたらとんでもなかった。

宮崎氏は2か月間毎日高畑氏の葬式を行い
高畑氏への「別れの言葉」を鈴木氏に言い続けたと言うのである。
宮崎氏はどうしても高畑氏と別れられないのである。

映画「君たちはどう生きるか」に
「大伯父」という高畑氏をモデルにしたキャラクターが登場する。
大伯父は真人(まひと)に

「私の仕事を継いでくれ」

と頼み大伯父が遥かに遠い時と場所を探して見つけた「創作の積木」で

「君の塔を築け」
「悪意から自由な王国を」
「豊かで平和で美しい世界を作り給え」

と言うのである。
真人は拒み大伯父は力を失い崩れ去る。
大伯父が作り上げた世界も崩れ去る。

映画の中で高畑氏と決別した宮崎氏。
この時点で既に創作として及第点かも知れないが
「宮崎氏の話」は未だ終わらない。

映画の中で高畑氏を殺した宮崎氏は正しい線が引けなくなる。
高畑氏の呪縛が解け宮崎氏は「只の人」になってしまったのだろうか。

宮崎氏は

「「描けなくなった」んじゃなくて」
「前から描けなかったんじゃないか」

と思う様になったと言う。

宮崎氏は
…こんなときパクさんなら何て言うだろう…。
と素直に思い,

「パクさんに会いたい」
「会って話がしたい」

と漏らしながら「描けなくなった」手で,
かつて高畑氏に「30点」と採点された
「風の谷のナウシカ」の水彩画を描きながら本ドキュメンタリーは閉じる。







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