レモン・サワア哀歌。

 レモンサワーにまつわる話を書こうと思って、タイトルに「レモン」とひとこと打ってみたら、ふと、高村光太郎の詩である「レモン哀歌」のことを思い出しました。

 みなさんは、詩人、高村光太郎をご存知でしょうか。

 歌人、彫刻家、画家でもあり、明治から昭和にかけて多くの作品を残した著名な芸術家でありながら、技巧的なアートよりも、「人間」そのものが放つ生々しいまでの美しさを追い求め続けた、孤高の詩人です。

 そして、光太郎が残した不朽の名作として、最愛の妻、智恵子を想って綴られた詩集「智恵子抄」があります。

 光太郎は、1911年(明治44年)、最愛の妻である智恵子と出会います。出会いのきっかけは知人の紹介で、光太郎のアトリエの新築祝いに、智恵子がグロキシニアの花を持って訪ねてきたのが始まりだと言われています。

 智恵子は油絵を描く、絵描きでした。互いに芸術を愛する二人は惹かれあい、出会ってから二年後の1913年(大正2年)に結婚します。

 智恵子への激しい愛を語る詩が、「智恵子抄」には幾篇も散りばめられています。たとえば、以下のような詩です(抜粋)。

人類の泉

私は今生きてゐる社会で
もう万人の通る通路から数歩自分の道に踏み込みました
もう共に手を取る友達はありません
ただ互に或る部分を了解し合ふ友達があるのみです
私はこの孤独を悲しまなくなりました
此これは自然であり 又必然であるのですから
そしてこの孤独に満足さへしようとするのです
けれども
私にあなたが無いとしたら――
ああ それは想像も出来ません
想像するのも愚かです
私にはあなたがある
あなたがある
そしてあなたの内には大きな愛の世界があります
私は人から離れて孤独になりながら
あなたを通じて再び人類の生きた気息に接します
ヒユウマニテイの中に活躍します
すべてから脱却して
ただあなたに向ふのです
深いとほい人類の泉に肌をひたすのです
あなたは私の為めに生れたのだ
私にはあなたがある
あなたがある あなたがある

 以下のような詩もあります(抜粋)。

僕等

僕が活力にみちてる様に
あなたは若若しさにかがやいてゐる
あなたは火だ
あなたは僕に古くなればなるほど新しさを感じさせる
僕にとつてあなたは新奇の無尽蔵だ
凡ての枝葉を取り去つた現実のかたまりだ
あなたのせつぷんは僕にうるほひを与へ
あなたの抱擁は僕に極甚の滋味を与へる
あなたの冷たい手足
あなたの重たく まろいからだ
あなたの燐光のやうな皮膚
その四肢胴体をつらぬく生きものの力
此等はみな僕の最良のいのちの糧かてとなるものだ
あなたは僕をたのみ
あなたは僕に生きる
それがすべてあなた自身を生かす事だ
僕等はいのちを惜しむ
僕等は休む事をしない
僕等は高く どこまでも高く僕等を押し上げてゆかないではゐられない
伸びないでは
大きくなりきらないでは
深くなり通さないでは
――何といふ光だ 何といふ喜だ


 しかし、二人の情熱的で幸せな日々は、長くは続きませんでした。

 身体の弱かった智恵子は、日に日に体調を崩すようになり、夫婦二人の芸術だけはなかなか食べていくことができず、貧しさに苦しめられ、実家は破産、一家も離散し、ついに智恵子は精神を病んでいきます。

 光太郎の必死の看病も虚しく、1931(昭和6年)に智恵子は自殺未遂し、1935(昭和10年)に入院生活に入ります。

 このような苦しい日々の中でも、光太郎は智恵子の姿を、詩にして淡々と書き溜めていきました。

 「智恵子抄」には、結婚する前の智恵子の若々しい姿や、結婚生活での熱い愛の回想録だけでなく、確実に病んでいく智恵子の病床の出来事が、端正な言葉で書き綴られています。

 たとえば、こんな詩があります(全文)。

あどけない話

智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多羅山の山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。

 病で正気を失ってしまった智恵子が光太郎に語った「東京に空が無い」「ほんとの空が見たい」という、何気ない言葉を拾い上げた詩。智恵子の言う「ほんとの空」とは、智恵子の故郷の山の上で青く輝いていた、いつか見た懐かしい空のことだったのでした。

 他には、こんな詩も(全文)。

風にのる智恵子

狂つた智恵子は口をきかない
ただ尾長や千鳥と相図する
防風林の丘つづき
いちめんの松の花粉は黄いろく流れ
五月晴の風に九十九里の浜はけむる
智恵子の浴衣が松にかくれ又あらはれ
白い砂には松露がある
わたしは松露をひろひながら
ゆつくり智恵子のあとをおふ
尾長や千鳥が智恵子の友だち
もう人間であることをやめた智恵子に
恐ろしくきれいな朝の天空は絶好の遊歩場
智恵子飛ぶ


「智恵子飛ぶ」


 この一文は、初めて「智恵子抄」を読んだときから今まで、なぜかずっと、頭に残り続けています。野生のような躍動感ある文体で、人間であることを忘れていく愛する人を描写するという、常人には真似のできない光太郎の言葉選びのセンスに、脱帽したからなのかもしれません。


 壊れていく愛する人を日々、目の当たりにする光太郎の心の内は、どれほどの思いだったのか――今の僕には想像もできません。

 しかし、我を忘れていく妻を観察しながら、淡々と、時にその姿を朗らかにすら感じさせる描写で綴る文体には、智恵子へのひとりよがりな憐憫は微塵も含まれてはいません。それゆえに、妻に最期まで寄り添うという、光太郎のある種の覚悟にも似た、力強い何かを感じさせます。


 そして、光太郎と智恵子の間に、別れの時が訪れます。

 智恵子が息を引き取る、その瞬間を綴ったのが、冒頭に触れた「レモン哀歌」(以下、全文)。「智恵子抄」の中で、僕がいちばん好きな詩です。


「レモン哀歌」 高村光太郎

そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白くあかるい死の床で
私の手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関はそれなり止まつた
写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう


 智恵子、享年1938年(昭和13年)10月5日。

 そして、智恵子の死後、1941年(昭和16年)に光太郎は「智恵子抄」を出版しました。

 現代でも、「智恵子抄」は多くの読者の心をつかむ詩集として、読まれ続けています。光太郎の智恵子への愛は、書物としてかたちを与えられ、後世にまで残る名作となりました。


 高村光太郎の「レモン哀歌」は、定期的に読みたくなる詩であり、未だに涙なしには読めない作品でもあります。

 ちなみに、僕が「智恵子抄」に出会ったのは、六本木でお世話になっていたバーのチーママに、誕生日プレゼントとして貰ったのがきっかけでした。

 当時、僕は二十代の半ば過ぎで、物書きになりたいと、会社を飛び出すようにやめて、(たぶん失恋とかもしていて)、転職活動もせず、毎日のように酒を飲み、たまに短編小説を書くという、本当にどうしようもない状態。

 そんな当時の未熟な僕にとって、物書きの誇りと愛の強さを教えてくれるこの本を、信頼する大人から与えてもらえたことは幸運でした。とてもとても嬉しく、感動的で、粋なプレゼントだったことを覚えています。チーママの優しさを噛み締めて、涙を拭きながら、大事に読みました。

 あれから幾年が経ち、僕はもう三十三歳になりましたが、それから二度の転職を経て、なんとかフリーランスライターとして生き残って生活できていることは、我ながら奇妙なお伽話のように感じています。歩むのをやめなければ、人生、なんとかなるもんだ。


 人はいつか死ぬということを、「レモン哀歌」を読むたびに思い知らされます。

 出会うことは、いつか必ず訪れる別れの始まり。それでも僕たちは、いろいろな人に出会い、そして限られた時間を共有する。

 実生活や、ネット上でのつながりも含めて、僕たちが日常で繰り返している、そんな当たり前の一期一会が、なんとも、哀しげで、いじらしく、流星みたいに美しいなと想ったりするのです。


 さて、今日はレモンサワーについて何かを書こうと思っていたのですが、「レモン哀歌」を思い出し、気づけば「智恵子抄」の話ばかりしてしまいました。

「そんな、智恵子抄との出会いのきっかけになった、二十代の半ば過ぎにお世話になっていた六本木のバーで毎日飲んでいたのが、実はレモンサワーだったんです(ドヤ)」みたいなオチがあればおさまりが良いはずなのだけれど、当時は毎日生きるのに必死だったので、残念ながら何を飲んでいたのかはさっぱり記憶にありません(すみません)。


 ところで、レモンサワーというお酒は、「レモン哀歌」で「すずしく光るレモン」という一節があるように、とにかくさっぱりしていて、爽やかですよね。

「レモン哀歌」では、「トパアズいろの香気が立つ」レモンを、亡くなる間際の智恵子がかじり、その瞬間、ぱっと正気を取り戻します。

 そして、智恵子はもとの智恵子となり、光太郎は、永遠に忘れられないような、「青く澄んだ眼」をした妻の最期の笑顔を、その記憶に刻むことができたのです。

 もしかしたら、レモンサワーをぐいっと飲み干すことによって、僕たちもぱっと正気を取り戻し、記憶に残るような、一生ものの楽しい時間を過ごすことができているのかもしれません。

 きっと、レモンは命を吹き返す魔法の果実で、だからこそ、レモンサワーは僕たちに生きる活力を与えてくれる、特別なお酒なんです(ドヤ)。

 どうでしょうか、おさまりは良いでしょうか。まあ、実際には、だいたい飲みすぎて、記憶に残るどころか、その大事な記憶すらもお店に忘れてきてしまうことのほうが、ずっと多いんですけれども。


 ちなみに、「智恵子抄」はありがたいことに、青空文庫で無料で読むことができます。気になった方は、ぜひ、以下のリンクから読んでみてください。

http://www.aozora.gr.jp/cards/001168/files/46669_25695.html

 そして、気に入ったら、単行本を一冊、手元に置いておくことをおすすめします。ぜひ、「智恵子抄」を手にとって、ページをめくり、「レモン哀歌」を読んでみてほしいです。

 きっと、ちょっと哀しい気持ちになったりするので、そんなときは、生きる活力をもらえる、冷たいレモンサワーでも飲みながら。


 おしまい

《紹介》

 今回の文章は、以下のイベント参加作品です。

 この文章を読んで面白いと思ってくれた方や、上記のイベントに興味のある方は、ぜひ「#レモンサワーとnote」とハッシュタグをつけて、noteに文章を書いてみてください。

 それでは。

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