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「Choosing Wisely」という運動

「Choosing Wisely」という米国発のキャンペーンが世界に広まっています.これは医師がおこなうさまざまな検査や処置を「賢く選択」するものです.たとえば,超音波やCT,MRIの安易な使用による過剰診断,抗菌剤の過剰投与や高齢者への多剤併用といったむだな医療の是正をめざします.

Choosing Wiselyは,医学的なエビデンスにもとづき,患者さんにとって真に必要で,かつ副作用の少ない医療の「賢明な選択」をめざす国際的なキャンペーンをおこなっています.各領域において安易なスクリーニング検査について警鐘をならし,「~するべからず」といったいいかたで諫めています.スクリーニングについては予後を改善せずむしろ害をなすものが多いためです.

たとえば心電図です.日本では職場検診で毎年検査するよう法律で定められていますが,これは世界でも日本だけです.米国予防医学作業部会は「心電図スクリーニングを推奨しない」,米国循環器学会では「高齢者のみ限定的適応」とされています.もちろん症状のあるひとに心電図検査は必須ですが,逆に,症状のないひとにおこなうとメリットよりデメリットが大きいと考えられています.

このように「過剰診断」という概念はこの10年くらい世界の医療のトピックスです.「Choosing Wisely」がはじまったのは2012年であり,当初から不必要な検査や治療,処方などを最小限にしようとする活動をおこなっていました.そのなかで「過剰診断」についてもしばしばとりあげてきました.Choosing Wiselyは医学生や研修医の常識になっていますが,肝腎の医者のあいだではあまり知られていません.

産科領域についてもいろいろな指摘があります.米国看護協会がまとめたChoosing Wisely 25のポイントのうち,産科にかんする事柄はみっつあり,そのうちのひとつは胎児心拍数(FHR)モニタリングについてです.「リスク因子のない妊婦が分娩開始の際,連続的なFHRモニタリングをルーティンにはじめない.まず間欠的胎児心拍の聴診をおこなう」とあります.

「多くの病院でおこなわれている分娩中の連続的なFHRモニタリングは,帝王切開や器械分娩の増加と有意に相関するが,アプガースコアやNICU入院,分娩時の胎児死亡はかわらない.間欠的聴診により女性は自由に動けるようになるため,陣痛に耐えやすく,分娩第一期の時間も短くなり,帝王切開を減らす」

これらのことはよく知られたエビデンスです.現行のFHRモニタリングによる分娩監視が過剰診断であって,児の予後を改善しない一方で,帝王切開率を確実に上昇させていることはメタアナリシスによって示されています.この点はあらためて考えなおさなければならないことでしょう.

しかし分娩は結果がすべてであり,結果が悪かったときは家族からその責任が問われるのも毎度のことです.とくにいまの産科医療補償制度では,脳性麻痺が発生したときは検討委員会がFHRモニタリングを詳細に検討し,ほとんどあとづけの理屈と思われるような報告書をつくります.

エビデンスがないからといって,仮にモニタリングをおこなっていなければ,かならず分娩の管理責任が問われることになるでしょう.現行の産科医療補償制度にみられるような,FHRモニタリング万能の風潮は考えなおすべきではないかと思います.

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