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ムサビ授業9:日本におけるCivic Tech 〜市民参加型行政サービスのデザインとして〜

武蔵野美術大学 大学院造形構想研究科 クリエイティブリーダシップコース クリエイティブリーダーシップ特論 第9回(2021/09/06)
ゲスト講師:関治之さん

◆「クリエイティブリーダーシップ特論(=CL特論)」とは?
武蔵野美術大学 大学院造形構想研究科クリエイティブリーダーシップコースで開講されている授業の1つです。
「クリエイティブとビジネスを活用して実際に活躍されているゲスト講師を囲んで、参加者全員で議論を行う」を目的に、社会で活躍されている方の話を聞き、受講生が各自な視点から考えを深める講義となっております。

◆注記
この記事は、大学院の講義の一環として書かれたものです。学術目的で書き記すものであり、記載している内容はあくまでも個人的な見解であります。筆者が所属する組織・企業の見解を代表するものではございません。

Code for Japan代表 関治之さん

武蔵美は9月からCL特論の授業が再開しました。後期最初のゲストはCode for Japan代表の関さんです。東日本大震災の「SINSAI.info」で取り上げられているのを読んでいたので、行政における活動をされている有名な方という印象を持っていました。今回お話を聞けてよかったです。


これを読んでいただいている方の中には、関さんをご存知でない方もいらっしゃると思うので、改めて経歴をまとめておきます。

位置情報系シビックハッカー。大手ソフトハウスで金融系システムの構築などに従事後、様々なインターネットメディア立ち上げのプロジェクトマネジメントを行った後、2006年よりシリウステクノロジー社にて、Geo Developer として同社内の研究所であるシリウスラボの所長を担当。

2009 年下期にIPAの未踏人材発掘育成プロジェクトに「オープンソース技術を利用したモビリティマネジメント基盤の開発」にて採択され、その後自身の会社である Georepublic Japan社を設立、以後現職。地域課題をテクノロジーで解決するために活動している。 テクノロジーを利用したオープンガバメントを支援する、Code for Japan の代表も務めている。
(Code for Japan: https://www.code4japan.org/

 OpenStreetMap Foundation Japan という地図コミュニティにも所属しており、2011年3月11日に発生した東日本大震災の後、震災復興を支援するために立ち上げられた復興支援プラットフォームサイト、sinsai.infoの総責任者として運営に携わった。sinsai.infoは、平成23年度の情報化月間推進会議議長表彰を受賞。

2021年9月より、デジタル庁で非常勤のプロジェクトマネージャー(シビックテック)も務める。

根源的な問い: 技術は人を幸せにするか? 

関さんは元々企業勤めのソフトウェアエンジニアですが、東日本大震災をきっかけに、地域課題への貢献について考え出し、さらに「技術は人を幸せにするのだろうか」という疑問を持ち始められました。

当時はインターネットも使えない、スマホを持っていない方もいたため、技術がどう人を助けるのかを考える機会になったそうです。例えば、避難所であれば、ウェブサイトよりも紙で印刷してある物の方が役に立つ等。

また、昨今の事例で言えば、オンライン・テクノロジーがフィルターバブルや分断、格差の拡大を助長しうる、ということも指摘されていました。

私はこれを聞いていて、「コンヴィヴィアリティ(自立共生)」のことを思い出しました。イリイチの『コンヴィヴィアリティの道具』(1973)で有名になった概念です。

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すなわち、(善意の)目的にもとづいてテクノロジーが社会に実応用されたとしても、「テクノロジーが社会実装された環境に変わった」ということで人間が(悪い意味にも)作り変えられてしまう、ということです。これはオンライン・テクノロジーに限らず、普遍的に当てはまる話だと思います。

技術は人を幸せにするか?
私にとっても大きなテーマなのですが、関さんが様々な活動をしてきた帰結として、一旦の答えは「正しく使えば人を幸せにできるはず」だそうです。

私自身の修士研究もテクノロジーの応用領域のデザインと、それが人間に与える影響といった概要になりそうなのですが、リサーチを進めながら、過度に社会実装されたテクノロジー技術は、ディストピアを産み出しかねないという懸念を感じています。

技術をどう社会にとって良きものにするか、というのは今後も念頭に置いておきたいテーマであります。

Civic Techとは

さて、今回の講演の一つのテーマとなるのは「Civic Tech」という言葉です。市民と政府とテクノロジー的なニュアンスでは知っていても、詳しく考えたことはなかったのでこの機会にまとめました。

アメリカ発祥のCivic Techとは?
「政府とは自動販売機のようなものだ」
これは政府はお金を払った市民に対して機械的にサービスを提供しているだけで、市民の側も「どのようにそのサービスが成り立っているのか」や「何を目的としたサービスなのか」などの視点に欠けていて、ただ用意されたサービスをお金で買っているだけだ、という指摘です。

これまで政府は、長い期間と莫大な予算をかけて構築した行政サービスを市民に提供してきました。しかし時代が著しく変化する今、政府のリソースにも限りがある以上、市民の要望全てを叶えることはできません。これについて、アメリカのメディア企業であるオライリーメディアの創始者のティム・オライリー氏は「そもそも社会を作るのは市民だ」と、行政サービスの構築自体を専門家や市民に任せ、行政は基本サービスに関わるルールづくりやスムーズな運用のためのプラットフォームを提供すべきという「ガバメント2.0」の概念を提唱しました。

ガバメント2.0は、国や自治体が保有しているデータを市民が利活用できるよう一般公開するなど、市民参加型のオープンガバメントへと発展していきました。こうした考えは企業外の知見を取り入れ、革新的な製品やサービスを生み出そうとするオープンイノベーションにも通じるところがあります。

そんな中、民間サービスと比べ、行政のサービスの使いづらさに、市民自らがテクノロジーを活用して行政サービスをよりよくしていこうという取り組み「Civic Tech」が始まりました。

つまり、行政サービスにおける使いずらさを解消するために「市民中心的、かつ市民参加型のサービスを、デジタルテクノロジーを駆使して社会実装する取り組み」と呼ぶことができそうです。

日本における行政サービスは「お役所仕事」と揶揄されるくらいに、ユーザー目線に立っておらず、私自身も公的な手続きをするたびに辟易していているのですが、こうした取り組みが進めば不便益が解消されていくことが期待できます。

行政サービス開発に「バザールモデル」を適用すべき

そんな「Civic Tech」ですが、関さんが特に重視しているのが「オープンソース」の考え方であります。講演の中でも、オープンソースソフトウェアにおける「伽藍モデル(トップダウンモデル)」と「バザールモデル(ボトムアップモデル)」を引き合いに出していました。

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今の行政サービスは、ほとんど伽藍モデルで開発されています。行政が仕様を作り、調達をし、企業が入札し、納品して終わり。これを省庁や自治体ごとにやっている。しかし、伽藍モデルにはアジリティの低さに課題があります。特に、以下のような点に注意が必要です。

・変化に弱い
・一つの組織にノウハウが留まる
・利用者側は手を出せない

行政サービスにおいては、ベンダーロックインなどの問題もあり、市民や他の自治体、事業者がソースコードを見れないため改善の提案もできません。個別の自治体で伽藍を組み上げてサイロ化を進めるのではなく、バザールモデルを行政に適用することで、日本全体を巨大なオープンソースコミュニティにしたいと考えて立ち上げたのが Code for Japan です。

要約してしまうと、行政サービスにバザールモデルを適用すべき、というのが関さんの主張です。

1,724の地方自治体がそれぞれで伽藍を組み上げているのが無駄であり、変化の激しい時代において、伽藍モデルで何年もかけて設計してつくるということ自体がナンセンスなのではないか。バザールモデルで色々な人たちが参加できて自律的に物事がよくなっていくというのが理想であるということです。

バザールモデルを適用し、サービスを市民と一緒に参加型で作って、良いものができたら自治体間で共有をして、皆で良くしていくエコシステムを日本全体で作る。

そうしたら、日本の公共システムは、オープンなコラボレーションのためのオープンソースのコミュニティとなり、色々な人が色々なチャレンジができるでしょう。

印象的だった話(質疑応答)

こうした話は、概念としては良くても実践は難しそうです。ディスカッションの中でも試行錯誤されていることが語られていました。

Q. 行政と一緒にプロジェクトを行うときに、保守的なアイデアを持つ人とどのように対話を行なっていますか?
A. 僕(関さん)の場合は、楽しいことをやる人たちと楽しいことをやるという方向に行ってしまう。保守的な人を変えようとか、わかってもらおうとはしていない。
 地方自治体のプロジェクトでは「この人を説得しないと」というのはある。その場合は、相手の目線を獲得しようとする。そうすると保守的であろうとするという理由があることがわかる(セキュリティ、個人情報等)。その上で、相手のプロトコルの中で話し、飲み込みやすいように努力する。

Q. 行政の活動はダサかったり、参加しにくかったり。関さんが絡んでいるのは楽しそうに見える。
A. 最初は真面目だった。固かった。正しいことをやろうとしていた。しかし、人々は正しいことをやりたいのでなく、楽しいことをやりたいのだと気づいた。楽しくするのはクリエイティビティ。デザインをよくするだけで楽しそうになる。
 また、活動の中でも無理しない。クイックイン。これをやれば成果が出そうというのを最初にやる。

Q. 場づくりで心掛けていること工夫していることがあれば教えてください。そして、活動(特に自主活動)に必要と思われる資金をどのように確保しているのでしょうか?
A. いろんなタイプの場がある。毎月やっているものでは「Social Hack Day」。誰でもテーマを持ち込め、3分でプレゼンをして仲間を探す。毎月30-50人が参加。ハッカソンだとその場で終わることが多いが、毎月実施すると「その日のうちに作り出さなくていい」という雰囲気で持続できる。
 また、持続可能にするにはどうするのかについて。基本はマネタイズを考えず楽しくやる(むしろお金を持ち合ったりする)だが、「これ以上は仕事だよね」というラインを設けている。そこまでボランティアでやると利益を圧迫する。

Q. プロジェクトに参加された方の中で、参加される前とその後で比較した時に、ポジティブな変化があったりした事例はありますでしょうか?
A. 僕自身のwell-beingは爆上がりした。モヤモヤがあったときに主体的に関わることで、全然悩まなくなった。居酒屋で文句言っているだけよりは何倍も満足感がある。
 オードリー・タンも言っているが、不平を単にいうよりは、手を動かした方が幸福度は上がる。上手くいかなくてもやるのが大事。主体性を持つということが大事。

クリエイティブリーダーシップとは?
~多様性があり、包摂的な社会の実現のため~

関さんの話は、9月に発足したデジタル庁のミッションに共通するものがあると思いました。

ミッション: 誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化を。

関さんは根源的なテーマである「技術が人を幸せにするのか」を一つの軸として追求し続けていらっしゃる印象で、ただ闇雲に活動しているだけではないということも感じました。

日本においてCivic Techに取り組むことの難しさは想像に難くありませんが、主体的に取り組むことの楽しさも言葉の端々から感じられました。

スタンスとして、テクノロジー礼賛でもなく、社会活動だけに傾倒するのではなく、バランスを取っているという印象で、「誰一人取り残さない」というのがベースにあるのだろうなと思います。

私からすると、オンライン・テクノロジーは情報格差や分断を産む一方で、誰に対しても多様性を認め、社会的に包摂していく期待の持てるものと捉えています。また、一方的に提供されていたサービスを、参加型のデザインで変えていく希望が持てる技術だと思います。

道具としてどう使っていくか?

ともすれば諸刃の剣になりかねないものに対し、これからより一層、倫理観はもとよりクリエイティビティやリーダシップが必要になると感じています。

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