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【百物語】窓からの視線

「ウーッ」
 兼松由香里は自分の呻き声で目を覚ました。明かりを全て消さないと眠れない由香里の部屋は真っ暗で、 ベッドの脇の時計盤だけが燐光を発している。アナログ時計は二時を指していた。
「また同じ夢……」
 ここのところ、よく同じ夢を見る。窓の外から、誰かに覗かれている夢だった。 ただそれだけの夢なのに、何故か恐ろしく、うなされて起きてしまう。時間は決まって二時だった。
 由香里の部屋はマンションの五階にある。ベランダの無い窓から誰かが覗くなんてことはありえない。 あるとしたら、それは……。
 見てはいけない、そう思いながらも窓の方に視線が行ってしまう。窓は厚いカーテンで覆われ、 外の様子は見えない。
 由香里は掛け布団を頭からかぶって、きつく目を閉じた。

 次の日も、同じ時間に夢で起こされた。
 その次の日も。

 そして今日も、うなされて起きた。反射的に窓を見ると、ぼんやりと明るい。
「もう朝なんだわ、今日はいつもと違う」
 由香里はベッドから起き上がると、躊躇せず窓に向かった。もうこんな悪夢はゴメンだ。 今日限りにしてやる。そう決心していた。
 カーテンを勢いよく開ける。予想に反して、外はまだ暗かった。夜空には煌々と満月が輝いている。
「そんな……」
 慌ててベッドの脇の時計に目をやると、二時だった。
 由香里の体は窓の方を向いているが、首はベッドのほうに捻られている。 その姿勢で由香里は固まってしまった。
 誰かいる。
 唐突に、その視線を感じた。
 視界の隅に窓が写っている。そこに、白いものが見えたような気がした。
 膝がガクガクと震え、力が入らない。腰から下がだるく、今にもストンと座り込んでしまい そうだった。それでも、無理やり首を前に向かせる。
 男がいた。白いパジャマ姿で、首が異様に長い。その男がうつろな眼で部屋を覗いていた。
 夢の中の眼だと直感的に悟っていた。夢の中で、部屋を覗いていたのはこの男だったんだ。
 悲鳴を上げたかどうか覚えていない。気が付くと窓辺に倒れていた。本当の朝だった。

 結局、近所の人の話を総合すると、あの男は同じマンションに住む単身赴任の会社員で、 鬱病が嵩じて、マンションの屋上から首にロープを巻きつけて、飛び降りたらしい。
 その首吊り死体が、丁度由香里の窓の前にぶら下がっていた、ということだ。

 二ヶ月が経った。今ではあの夢を見ることは無い。あれは予知夢だったのだろうか。 だとしたら、最近よく見るようになった夢は……。


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