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【百物語】闇のレストラン

 私は食べ歩きが趣味だ。美味しいものを食べると本当に幸せな気持ちになれる。友達は皆結婚してしまうし、付き合っていた彼氏にも振られたばかりで、一緒に食事に行く相手がいなくなった私はインターネットで食べ歩きに付き合ってくれる人を探した。

 友達募集サイトでグルメ友達を募集したら何人からかメッセージが送られてきたが、自分と同じような境遇の絵里を相手に選んだ。年齢も同じだし住んでいるところも近かったし、なにより私と同じように恋人に振られたばかりというのに共感がもてた。

 私たちはお給料が入った次の休みの日に色々なところで食事をした。美味しいものがあると聞けば新宿、渋谷、池袋、六本木、横浜、代官山、荻窪などなどどこにでも行った。料理のジャンルはイタリアン、和食、中華、フレンチ、インド・タイなどのエスニック料理まで何でも食べた。

 私は雑誌やTVのグルメ番組からお店を見つけてくることが多かったが、絵里はインターネットで見つけてくるそうだ。必ずしも評判通りの店ばかりではなかったけどハズレの店に当たったときはそのマズさをネタに一杯やるのもまた楽しかった。

 絵里と食べ歩きを始めて一年が経った。絵里が先月は旅行に行っていたので二月ぶりの会食だ。そのアフリカ料理を食べている時に絵里が言った。

「なんか変わったもの食べたいと思わない?」

「これだって結構変わってると思うけど」

 そう言って私は皿の上のワニの唐揚げを指した。

「でもこれは初めてって訳じゃないし。それはね、変わってるだけじゃなくてすっごく美味しいの」

 絵里の口から初めて聞かされた『すっごく美味しい』という言葉に私は一も二もなくその話に乗った。

 その店は神戸にあるそうだ。なんでもこの前の旅行の時に見つけてきたと絵里は言っていた。

 私たちは四月の会食を中止にして、ゴールデンウィークに一緒に関西に旅行に行って、ついでに神戸のその店に寄ろうと約束した。

 待ちに待ったゴールデンウィーク。開園したばかりのUSJや大阪の街はもちろん楽しかったけど、いつでも神戸のお店の事が私の頭の隅にあった。絵里は詳しくは教えてくれなかったけどその料理の話になると本当に幸せそうな顔をするのだ。

 そしてついにそのお店に行く時が来た。

 お店は北野坂の洋館の一つで看板も出ていない。

 絵里が呼び鈴を鳴らすと中から上品な白髪の女性が出迎えた。建物にあったドレスを着ていて正に女主人という感じだ。

 応接間に通されてしばらく待っていると、女主人がポットとカップとクッキーの盛られた皿を持ってあらわれた。テーブルの中央にはクッキーの皿が置かれ、私たちには紅茶が振る舞われた。今までかいだことのない様な甘く深い香りの紅茶だった。

 紅茶を二口ぐらい飲んだところで私の意識はなくなった。

 目を覚ますと薄暗い部屋の中だった。明かりはテーブルの上の燭台だけのようだ。向かいに座る絵里はナイフとフォークを使って何かを美味しそうに食べている。でも何故か身体の自由がきかないのでそれ以上のことは分からない。

 絵里の背後で炎が上がった。見ると調理台がありシェフが炎を操って何か料理を作っている。

「絵里、何を食べてるの? 私にも食べさせてよ」

 私がそう言うと、女主人が横からフォークに刺さった肉のようなものを一口私に食べさせてくれた。

 神戸牛かしら? でももっと複雑な深い味わいがする。とにかく文句なしに美味しい。

「お願いです。私にももっと食べさせてください」

 私が懇願すると女主人は優しい穏やかな声で

「あと少しで残りも完成するから待って」

とささやいた。

 そして絵里の後方、調理台の隣の扉が開いて首のないマネキンが運び込まれた。なんでマネキン、それも首なしなんだろうと思っていると、私の椅子が斜め後ろに大きくひかれた。

 マネキンが近づいてくるのと入れ違いに自分の足下から持っていかれるものがあった。それは人間の足だった。ギャルソンがそれを調理台に持っていく。

「準備完了」

 別のギャルソンがそう言って私の頭を持ち上げてマネキンの上に載せる。

 何がなんだか分からない私に女主人が再びささやく。

「まだ身体がなじまないと思うから食べさせてあげる」

 彼女が食べさせてくれた肉はこの世の物とは思えない美味しさ。

「久しぶりだけどやっぱりとっても美味しい」

 そう言って絵里は新たな一口にぱくついた。

「あなたもまた食べたくなったら、美味しいものをいっぱい味わったお友達を連れていらっしゃい」

 女主人はそう言うと上品に笑った。 



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