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【百物語】テレビの砂嵐

「ねえ、この砂嵐を三十分見てたら死んじゃうって話聞いたことない?」
 智美は、放送が終わり、ノイズだけを映し出しているテレビのブラウン管を指さして祐子に訊いた。
「うちらはテレビの中に引きずり込まれるって言ってたけど」
 つい先刻まで、祐子の家に何人かの友達で集まって飲んでいたが、夜が更けるにつれ、一人二人と帰りだし、今残っているのは智美だけだった。
「よし、どうなるか挑戦」
 智美はそう言って、砂嵐のノイズが吹き荒れるブラウン管を凝視しはじめた。
「あほか。目悪くなるよ。私お風呂に入るからね」
 どうせ冗談だろうと思った祐子は、そう言って風呂に向かった。今日も智美は泊まるつもりなんだろうか、などと考えながら入浴を済ませた祐子が居間に戻ったとき、そこに智美の姿はなかった。テレビは先ほどと同じように、放送終了後のノイズを映し出していた。
「智美?」
 得体の知れない不安に駆られた祐子は、思わず声に出して呼びかけてしまった。智美の返事はない。トイレかと思い、祐子はトイレのドアの前に来た。明かりは消えていて、鍵もかかっていない。恐る恐る開けてみるが、中に人の姿はなかった。台所や玄関も見てみたが智美はいなかった。玄関を覗いたときに靴も確認したが、自分の物ではない智美の靴と思われるミュールが一足、ポツンと置いてあった。まさかいくら何でも裸足で出かけたりはしないわよね。そう思いながら祐子は携帯電話を手に取り、智美の番号を探し出して発信した。
 何度か呼び出し音が鳴ったあと、智美の携帯電話が電源が入っていないか、電波の届かない場所にいることを告げるアナウンスが流れた。
 部屋に戻って、消えた友人の行方を思案している祐子の目に、つけっぱなしにされたテレビの砂嵐が映る。自分が風呂に入る前に、智美と交わした会話がふと思い出された。あのとき智美はテレビの砂嵐を三十分見続けると言っていた。壁の時計を見ると、自分が入浴していた時間がちょうどそのくらいだったということがわかった。祐子は何気なくブラウン管を見つめ始めた。


「ごめーん」
 智美はコンビニの袋を下げて、謝りながら玄関に入ってきた。
「すぐ帰ってくるつもりだったんだけどさあ、ちょっと立ち読みにハマっちゃって」
 言い訳をしながら智美は靴を脱いで部屋にあがってきた。
「あ、あと誰か靴間違えて履いて帰っちゃったみたい。靴箱の中の靴借りたからね」
 智美は部屋の中を見回した。祐子の姿が見えない。
 トイレかなと思い、時間も遅いので声に出して呼びかけることはしなかった。水を飲みに台所に行ったついでにトイレを見てみたが、明かりはついていなかった。まさかまだ風呂に入っているのかと思い、浴室に向かったが同じく明かりは消えていた。念のために中を覗いてみるが祐子の姿はない。
「祐子?」
 何かおかしいと思い始めて、智美は声に出して呼んでみた。返答はない。出かけたのかも知れないと思って玄関の靴を確認してみた。靴の数は減っているように見えなかった。携帯電話に連絡してみようと思い、自分の携帯電話を取り出してみるとバッテリーが切れていた。
 何か急用で出かけたのかも知れない、と智美は思うことにした。しばらく待ってみよう。部屋に戻ってぺたんと床に座り込んだとき、テレビがつきっぱなしなのに気がついた。出かけるときにスイッチを切り忘れたのを智美は思い出した。と同時に、なぜ祐子はスイッチを切らなかったのだろうかと疑問が浮かんだ。
 智美は、祐子の言葉を思い出していた。
「まさか、ね……」
 そう言って、智美はブラウン管に映し出される砂嵐を見つめた。



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