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映画 「ラストエンペラー」に震える




イタリア映画界の巨匠ベルナルド・ベルトルッチ監督が 
2018年に亡くなった。監督の作品が大好きで、いくつか鑑賞したが
とくに、映画の素晴らしさに惹き込まれたのが、「ラストエンペラー」だった。

この映画をテレビで観たとき、私は、思春期の多感な時期に突入しており、映画の中の見るもの聞くもの全てに敏感に反応し、少々盛り気味に、だけど五感全てを使ってしっかり受けとった。

ラストエンペラーとは稀有な生い立ちと、ほぼ時代のせいで、とんでもない振り幅の人生を歩まねばならなかった中国清朝最後の皇帝、愛新覚羅溥儀(あいしんかくらふぎ)の物語である。

この映画のすごいところは、オープニングから始まる。故宮といわれる紫禁城の外壁の朱色。その朱と落款と黒を背景に、クレジットがながれるのだが、中国の古典的な誠に可愛らしい音楽に心を掴まれる

しかし実際、映画がはじまると青みがかった血色の悪い一人の痩せた男が
簡素な手洗い場で、まさに自身で手首に深い傷をつけている

彼は、ほんの数ヶ月前まで清朝最後の皇帝から初代満州国皇帝であった。
ジョン・ローン演じる愛新覚羅溥儀のおそろしく暗い留置場生活と対象的な
華やかなる幼少期が劇中、交差する。

圧倒的な迫力で当時を偲ばせる場面がある。
紫禁城の大和殿での儀式の際、黄色い大きな布地の幕が、皇帝を隠し、包み、外で跪く大勢の臣下の前へ登場する際には、皇帝の神聖感を演出するのに大きな役割を果たした。内側から外の景色をチラ見させるその布が、太陽の光と風を受けて揺らめくのが、私は、いつも強烈に好きで、心が震えるポイントである。映画は布の外側の景色と内側の景色、両方を見せてくれるからいいな。

とてつもなく大きな大陸の空のもと、カラッカラに乾いた石畳と、聳え立つ宮殿の前に大勢の臣下が跪き、まだヨチヨチ歩きのまこと小さな皇帝を迎える。
その数日前には長期に渡り、清王朝を支配してきた西太后が亡くなり、口には大きな黒真珠が嵌め込まれた。西太后やとりまきの臣下たちの暴政、あるいは戦争によって財政危機に陥っていた終末期の清王朝を引き受けるには、あまりに幼くあまりに力のない最後の皇帝は、辛亥革命により皇帝を退位して、青年期になる前には、すでに消えた王朝の遺産である紫禁城だけが、彼の世界の全てだったのだ。

「人生」という言葉があるが、主人公の愛新覚羅溥儀(清朝最後の皇帝)においては
人として生きる時間よりも、神格化させられねばならなかった虚構の生が、先述の西太后の人生とともに胸に迫る(実際、西太后は自らを観音菩薩に粉して写真におさまっている)それでも、ピーター・オトゥール演じるジョンストンという英国紳士に出会い、溥儀は、世界の中の本当の自分と対峙する大きなきっかけとなった。

あまりにも小さな私という本質

溥儀も巻き込まれていく世界の動乱の渦と大戦に、内実はどうであれ中国を支配してきた皇帝という立場の人間が、中国人でありながら、やがて、その中国により裁かれる。裁かれる理由の一つが、初代満州国皇帝のなったことだった。日本に担がれ乗った神輿は、満州帝国という荒野の一画に作られた、ほんの数年の溥儀の国。とはいえ日本に利用された、やはり虚構の皇帝だったのだ。側室の文周が離れ、皇后婉容もやがてアヘンの毒に冒されていく。しかし、溥儀のある種のたくましくしなやかな強さは、むしろその後だったかもしれない。矛盾ともいえる人生の何度目かの過渡期を彼は、ある男の導きにより、静かに引き受けた。彼は庭師になったのだ。

庭師として働き、弟の溥傑とともに、穏やかに庶民の暮らしをしているなか、文化大革命の波は、溥儀の目の前を、大切な恩人を巻き込みながら嵐のように通り過ぎていく。
そう、過渡期の溥儀に未来を導いた恩人である先生が、紅衛兵と大衆により非難・批判の対象として歩かされていたのだ。その理由も溥儀とは決して無関係ではなかった。

昼間の紫禁城には、大勢の観光客が押し寄せるが
黄昏時の紫禁城には、誰もいない

結局、溥儀という人は、昼間の紫禁城のように多くの人の渦の中心にいながら、そして利用されながらも、黄昏の紫禁城のように、常に一人だった。
しかし、その実、悠久の時の流れのなかにしっかりと建つ紫禁城そのもののような
人だったのかもしれない

先述したとおり、音楽は、オープニングが演舞や遊戯に使われるような可愛らしく、とても心地よい中国の古典的な音楽。メインテーマは、オープニングとは対象的に人間が内包する宿命としての孤独と王朝・皇帝の盛衰と悲哀のストーリーを、優雅で壮大な音楽が助長して耳から脳内を支配する。長い中国王朝史の、殊更に静かな最後と、20世紀の新たな中国が抱える喧騒を想起させる音楽にも震えて、音楽だけに焦点を当てたりもしながら何度、映画を観たかわからない。作曲は、坂本龍一、デヴィッド・バーン、蘇聡(スー・ツァン)でこの映画音楽で米アカデミー賞音楽賞を受賞している。


※画像、ありがとうございます


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