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#86 ビヨンセ『カウボーイ・カーター』

鈴木さんへ

 確かに私が苦手なのはブリットポップ系だと思います。ザ・フーは、そんなに接点はなかったのですが、一時ハマっていたドラマ『CSIニューヨーク』の主題歌が彼らの『Baba O’Riley』だったので、この曲だけはかなり聴いていました。
 彼らもデビュー60周年ですか。いまは時代の流れとして、英米チャートでロックバンドがなかなか活躍できない時かなと思いますが、その一方で、日本の洋楽系サイトではバンドが何周年記念にライヴをやるとか、新作を出すとか、そういうニュースで溢れていて、彼らの衰え知らずのパワーを感じています。というか、時代の潮目を変えようとしているのかなとも思ってしまいます。
 さてさて、今回は紹介する作品を迷いました。ダイアン・バーチの10年ぶりの作品もいいし、イタリアの3人組イル・ヴォーロの新作もあるし。そのなかでもう誰もがニュースで知っているはずだから、取り上げなくてもいいのかなと思っていたビヨンセの新作が聴くにつれ、知るにつれて、その奥深さ、聴きどころ満載の多彩さに彼女のすごさを感じるので、前述の2作品は、のちのち紹介するにして、まずはビヨンセの新作『カウボーイ・カーター』を取り上げたいと思います。

ビヨンセ『カウボーイ・カーター』

 先行シングル『Texas Hold’em』の段階で、ビヨンセとカントリーという組み合わせに賛否両論が巻き起こった。たとえば、カントリー専門のラジオ局がオンエアーを拒否したり。でも、アルバムを聴くと、その論争さえも狙いだったんじゃないかと思えてくる。論争の背景にあるのは人種の分断。カントリーや讃美歌は白人系、R&Bやゴスペルは黒人系の音楽という意識がとりわけ保守層の間で根強く残っているからだろう。
 アルバムは、その認識をまるで葬ろうとしているかのような『American Requiem』から始まって、2曲目はビートルズの『Blackbird』をカヴァー。いきなりカヴァー?と驚きつつも、この曲はポール・マッカートニーがアメリカの公民権運動に触発されて書いた曲で、ゲスト参加している4人の黒人女性はカントリーのシンガーなのだ。彼女達の存在と、なぜ4人を参加させたのか。この段階でどんどん深読みしたくなってしまう。また、初めて黒人女性として商業的に成功した80歳を超えるカントリーシンガーのリンダ・マーテルも参加するなど、新たな学びもさせてくれる。
 アルバムは、インタールードを含み全27曲あって、なかにはスポークンワードでウィリー・ネルソンやドリー・パートンが参加した曲もある。2人のレジェンドは、お墨付きを与えるという意味合いもあるのかもしれないが、他のゲスト、たとえば、マイリー・サイラスもポスト・マローンもポップやロック、ヒップホップとともにカントリーにもつながりのあるシンガーだったりする。個人的にはポスト・マローンとデュエットしている『Levii's Jeans』が好き。優しい慈しみが感じられるから…。
 そういう関係性やバンジョー、フィドルといった楽器編成に影響は見られるものの、でも、カントリーのアルバムではない。一番カントリー色が濃いのが物議を呼んだ先行シングル『Texas Hold’em』だ。この曲は、早くもカントリーシングルチャートで1位を獲得している。
 すでに援護射撃というか、『American Requiem』に参加したジョン・バティステは、ビヨンセとの音楽作りがいかに幸せだったかと語りつつ、「今こそジャンル・マシーンを解体する時だ」と発言している。いろんなジャンルでボーダーレスな音楽が生まれている。そのなかで異なるジャンルを融合させることは想像以上に難しいこと。それをここで可能にしたのは、ビヨンセが徹底的にカントリーミュージックの音楽と歴史を研究し、学んだからこそ。そこも大いにリスペクトだし、構成を担当しているラジオ番組『My Jam』では出演者から「クラシック風の歌唱もあるし、多彩な楽曲のなかで、あらためてビヨンセの歌唱力に驚く」という言葉も出ている。そういった歌の味わいも出来るアルバムだと思う。
                             服部のり子
 
 


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