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第332回/いまのモノラルスピーカーを買い替えろと運命に言われた気がした6月[田中伊佐資]

●6月×日/アナログ誌で連載中の「古くて新しい もうひとつのヴィンテージオーディオ」の取材でいつものようにアトリエJe-teeへ。その日のテーマはRCAのシングルコーン(MI-6333)。25cm径一発だけど、おそらくいまやもう作れない非常に薄い振動板によって、高域の寸詰まりをさほど感じさせない。
 マルチアンプなんぞ止めて、こういうフルレンジで静かに音楽を聴いていたい心境になる。機材の断捨離というより、ミニマリスト願望があるのかもしれない。
 取材が終わって店主の岡田さんが「これいいですよ」とJensenP15Nの励磁型スピーカーを見せてくれた。ここ数年、なぜかショップやマニア宅で励磁を聴く機会が増えてきて、運命が使ってみろと仕向けているような気がしないでもない。
 いまのモノラルシステムは気に入っているし、敢えて深い森に足を踏み入れるとおそらく迷子になるので今回試聴は辞退した。それに聴くと欲しくなるのは間違いないのだ。

JensenP15Nの励磁型スピーカー。赤ラベルでエッジがひと山の初期型

●6月×日/東京国際フォーラムで開催された「OTOTEN2022」へ。気になっていたJBLのL75MSJNをハーマンのブースで眺める。
 装備もデザインもいいため、パソコンに繋げたいのだが、最大の難点が奥行が287mmとかさばること。デスクトップ用のスピーカーではないため、そうしようとすること自体に無理があるわけだが、なんと壁に取り付けるための金具が脇にあった。「うーむ、その手があったか」と1分ほど机の上空スペースを想像して黙考。
 金具を見つめる僕に向かって、係の方が「紛らわしくてすみません。これ一瞬ここに置いてあっただけです。別のスピーカー用ですので」とそそくさと向こうに持って行った。パチンとシャボン玉が割れるように夢が消えてしまったが、こんな小さな金具じゃ支えられないとちょっと考えればわかることではあった。

筆者がパソコンやスマホのSportifyを再生したいと思っているJBLのL75MSJN。
問題は机が狭くなること。

●6月×日/ステレオの「音見え」で訪問したマニアは、メインシステムのほかにバーカウンターで8種類の小型フルレンジをモノラルで聴けるようにセットしていた(タイトルの写真)。その半分が励磁型。励磁の音はやっぱりいいですよとマニア氏は言う。
 実際に何個か聴かせてもらうが、どれも声や演奏が一歩前に出てみずみずしい音だ。特に西田佐知子のベストヒット集のカセット「エリカの花散るとき」はよかった。昭和歌謡の哀愁に全身で浸れた。家では聴かないだろうけど、その場の雰囲気が猛烈に音楽を後押しする。まあそれにしても、また励磁型と遭遇するとはね。


西田佐知子ベストヒット集のカセット。
マニア宅で「エリカの花散るとき」を聴く

●6月×日/ミュージックバードのキヨトマモルさん(Vintage Join店主)の番組「オーディオ・ケ・セラ・セラ」にゲスト出演。新刊「音楽とオーディオを愛する人々: 音の見える部屋III」が出たことで呼んでいただいたわけだが、それはどうでもよく、キヨトさんと久しぶりに話をできたのはうれしかった。といっても予想通り終始とりとめのない茶飲み話で終わるのだが。
 キヨトさんはオーディオの製造者であり販売者でもあるのだが、まったく業界ズレしてないし誰かとつるむようなこともない。いつも独自の斬新なアイデアを持っていて、なんとなく昭和アニメ版ムーミンのスナフキンっぽい人だ。
 番組のおしまいのほうで、Tru-sonicの30cmフルレンジと2ウェイ同軸が店にあるそうで「買うとか買わないとかの話は別にして比べて聴いてみますか」と言われてしまい、新しい誘惑に駆られる。運命の神はなんとしてもいまのモノシステムを変えさせたいみたいだ。

●6月×日/YouTube「Record Shopパタパタ漫遊録」の収録で大分、熊本、鹿児島、宮崎を訪問。それについてはツイートもしているし、あとは本編をご覧下さいという感じなのだが、今回九州を訪れたのはもうひとつ目的があった。
 番組スポンサーのJICOが、新発売のMCカートリッジ「SETO-HORI REMODEL」を収める木製のパッケージを大分の工房「ヘソラボ」で作っていて、JICOがその様子を見学したかったのである。

JICOのMCカートリッジ「SETO-HORI REMODEL」を入れる木製パッケージは
大分の「ヘソラボ」で作られている

工房は大分の南西部、竹田市の山深いところにありレンタカーで向かった。近くに牛舎がある風光明媚な場所で、鋭い眼光を放ち、せっせと何かを削っている老練な職人がいるみたいなイメージでいたが、代表の西村和宏さんはまだ若く、プロダクトデザイナーとしてデジタル工作機械を駆使しながら作品を作っていた。
 レーザーカッターを用いた緻密な工法を見て、ふと思い出したことがある。かつてJBLのランサー101やオリンパスのフロントグリルだ。あの素晴らしい木彫りの組子格子をまたどこかのスピーカー・メーカーに復活させて欲しいと思っていた。メーカーの皆さん、どうでしょうか、「ヘソラボ」の緻密なデザインを高級スピーカーに採用してみては。
 そんなことで直版している「ミニ行灯」をお土産に買って帰った。家族に価格当てクイズを出したら、実際より3~4倍高い解答があり、思わずどや顔になった。といっても自分だって当てられなかっただろう。2000円ちょいとはとても思えない。

「ヘソラボ」を訪れた際、ミニ行灯を購入。2,050円。

(2022年7月21日更新)   第329回に戻る


※鈴木裕氏は療養中のため、しばらく休載となります。(2022年5月27日)


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田中伊佐資(たなかいさし)

東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。近著は『大判 音の見える部屋 私のオーディオ人生譚』(音楽之友社)。ほか『ヴィニジャン レコード・オーディオの私的な壺』『ジャズと喫茶とオーディオ』『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。 Twitter 

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