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(音楽話)94: Jessie Ware “Free Yourself” (2022)

肯定でも満足でもない「自己礼賛」

自己肯定は誰にとっても生きていく上で必要なもので、意識・無意識にかかわらず、誰もが切望するもの。長年抱えてきた自己承認欲・他者からの賛同欲求が大解放されたSNS時代では、もはや当たり前。でもそれは諸刃で、自己肯定すればするほど、それを全否定して罵詈雑言浴びせる要素も存在する。また、自己肯定の意味を曲解し、傲慢で他者のそれすら踏み潰していく御仁もいる。

私は若い時から「おまえは自己評価が低過ぎる」と言われ続けてきました。簡単にいえば極めて悲観的。そんな自分に嫌気がさし、自分を変えるんだと何度も何度も意識しましたが、どうしてもできませんでした。たとえ、なにかの領域で自身が大得意・自信をもって取り組むことができたとしても、どこかで他者の目を気にして委縮してしまう。どうせ俺なんか大したことない、といつもどこかで思っている、今でも。

数年前、かつての仕事のボスからふとした時に言われた「おまえは本当にすげぇんだよ。どれだけ助かったか。俺が言ってんだから間違いない。だから自信持て」という言葉が、今の私の支え。心の容量に大した余裕のない弱弱しい存在な私には、内面から沸き立つ自信など、どこにもありません。自発的に全力でフルスイングできない。
だから私は、音楽の中にそれらしいものを探して、なんとか前に進もうとする。だから、こんなに音楽に執着するのです。情けない、ダサい、小さいと言われようが、これが私なのです。

Jessie Wareは英国・ロンドン出身のシンガー。2012年にデビューし最初評判は良かったものの、ヒットに恵まれず低迷。しかし2020年6月の4th AL "What's Your Pleasure?"でついにブレイク、Glastonberry Festivalなどにも出演して世界に知名度を確実に高めています。英国では既に有名ですが、その後も数曲発表していて、いよいよ2023年4月に新譜"That! Feels Good!"が出るようです。

"Free Yourself"はそんな新曲群のひとつで、2022年8月にリリース。オーソドックスなディスコ・サウンド、音の質感は90年代後半。ここ数年で散々擦られ続けている「70年代末~80年代前半ディスコの現代解釈」です。しかし歌詞がいかにも現代的。PVで『自分を解き放ちなさい』『自分が喜ばなくちゃ意味がないわ』と、あらゆる人たちの中で旗を振りながら歌うJessieは、LGBT+Qを意識したものとして捉えられ、そのアンセムのひとつとして受け入れられています。いわば昨今のSam Smithと同じような位置づけです。

でも私にとって、この曲は性的志向が云々とは違う意味合いで心の奥底に届き、感情を大きく揺さぶります。

あなたにはあなただけの名前があるの 数字なんかではないわ
特別な色を放ってるのよ
物陰に隠れてちゃだめ

自分を解き放って
あの山の頂を目指して進むのよ
自分を喜ばせなきゃいけないんじゃない?
そんなに気持ち良いのなら 止めちゃダメよ、決して

Jessie Ware "Free Yourself" 意訳

歌詞自体はどうとでも捉えることができるほどシンプル。それだけに、聴く者によって捉え方が異なるんじゃないかと思います。私には『あなたは特別』『自分を喜ばせなきゃじゃない?』と聴こえました。そしてハッとしたのです、人生楽しんでないな俺、と。そうだ、人生楽しまなければ―――。

いろんなことが重なって、結果として惨めな現実に打ちのめされそうになっては人生を捨ててしまいたくなる時期が、今でも不規則に私の心に訪れます。その度に支えてくれたのは、音楽でした。自分のための歌なんて存在しませんが、勝手にそう思うようにしてその音楽に没頭した時少しだけ、心の澱みが薄まるのです。足取りがわずかに軽くなるのです。

…なんだか重々しい文章になってしまいましたが、とにかく今の私は、前述のボスの言葉とJessieのこの歌で、どうにか前を見ようとしています。ほんの僅かなキッカケでも良い、明日も生きるのです、私は。

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