差別と悪意第2回③ 施設B編完結 施設長ご乱心

 前々回、そして前回と書いてきた施設Bの信じられないスタッフや環境の話題も、今回でいよいよ完結である。この連載エッセイ「差別と悪意」については通常のエッセイとは別でリスト化してあるので、気になる方はリストからこれまでを振り返ってみてください。
 今回のタイトル、決して誇張ではない。本当に施設長のご乱心としか思えないような事件がたくさん起こった。前回のあらすじとともに読んで頂こうと思う。


前回のあらすじ

 施設Bの施設長が、病気療養のため長い休暇を取った。一時期5人いたスタッフはこの当時2人になっていて、施設長不在のため新しいスタッフを雇うこともできず臨時のヘルプスタッフを呼んでなんとか対応していた。
 ところがこのヘルプスタッフが障がい者に対してかなり偏見のある人で、最終的には利用者に怪我を負わせる事態にまで発展した。そして怪我をした利用者は、俺の小学生の頃からの親友だった。

 今回のお話は、療養していた施設長が帰ってきたところから始まる。帰ってきたとはいっても本調子とは言い難く、まだ数々の業務を男性スタッフDさんと今では俺の親友としておなじみのNさんの2人だけでやらなければならない状況だった。

施設長ご乱心事件簿① やっときた新人が

 施設長が復帰して割とすぐ、新しい男性スタッフが雇われた。仮にFくんとしよう。彼はNさんと同じで、障がい者に関係する仕事をしたことがなかった。つまり前回登場したEさんと同じように「ドラゴンくんは本当に歩けないのか?」という質問を投げかけてきた。この時点でデリカシーがなさすぎるが、それはまあいい。彼は初心者だったし、外国で生まれてその国で何年も暮らしていたため、日本語もあまり上手ではなかったからだ。言葉にしても態度にしても、本人に改善したいという意識があるならば指導することができる。だからここまではさして問題ではない。実際彼は日を追うごとに信頼できるスタッフになっていった。
 問題は、その指導を行ったのが誰かということだ。実は、俺なのである
 いや、施設長だって指導はしていた。しかしFくんは、施設長が話している言葉の意味を理解できていなかった。彼は施設長の指導の意味が全く分からず、度々俺に助けを求めてきた。俺は彼とトイレに入る度に施設長の言葉の意味を噛み砕いて説明した。その度に彼は「施設長もドラゴンくんみたいに説明してくれればよかったのに」と嘆いた。
「もう少し簡単な言葉を使ってくださいってお願いしたらどうかな?」と言ってみたこともある。しかし、Fくんもそれは試してみたという。
「日本語が分からない時点でスタッフとしては失格だって怒鳴られちゃうんだよね」というのが彼の答えだった。俺は耳を疑った。
 確かに日本語が分からないというのは、就労支援施設のスタッフとしては致命的かもしれない。しかしCくんは、施設長と面接をしている。俺がFくんと話している限りでは、順調に面接が進められる程度の日本語力があるとは思えなかった。英語の方が堪能だったくらいだ。もちろん、その当時の話だが。
 それを分かっていてそれでも雇ったのは誰だ? と声をあげたくなった。Fくんには一切責任がないので我慢したが、おそらくCくんも同じ気持ちだったろうと思う。
 俺も当時は、社会の常識なんか知らないガキだった。だからFくんに日本語や障がい者についての基本的な情報を教えることに何の抵抗もなかった。むしろFくんの日本語理解力がどんどん向上していくので、2人とも一種の達成感のようなものさえ感じていた。Cくんが施設を辞めていく時には、そのことを涙ながらに感謝してくれた。いい思い出ではある。
 しかし今考えれば、俺がCくんにしていたことは本来なら施設長がすべきことではないだろうか? 実はCくんだけではない。その後に入ってきたスタッフにも、利用者の性格や苦手なことなど事細かに説明したのは俺である。
 では他のスタッフは何をしているかというと、端的に言えば見てみぬふりだ。Nさんは俺と一緒になって新人を指導してくれたこともあったが、Dさんはもうお手上げという感じだった。それもこれも、施設長が一切新人の指導をしないからだった。勝手な行動をとれば怒られるので、Dさんは俺の行為をスルーすることにしたと後になって教えてくれた。
 面倒なのはここからである。何もかも自分の思い通りにいかなければ気が済まない施設長。俺の指導で新人が育つことなど、喜ぶはずがなかった。

事件② 徹底した無視

 おそらく自分の知らぬところでFくんがぐんぐんスタッフとして成長していったのが気に食わなかったのだと思う。ある時期から急に、施設長が俺だけを無視するようになった。
 例えば、俺が3人横並びの真ん中の席についているとしよう。施設長は、俺の両隣の利用者にだけ挨拶をしていくのだ。俺のことはガン無視である。目が合っているのに、というより、あえて目を合わせてから無視していったような印象だった。
 そんな状態だから当然、トラブルが起きても他のスタッフに相談するようになった。すると彼女はそれも気に食わないようで、ある日俺を応接室に呼び出して叱責した。
「施設長は私なんだから、トラブルは私に相談しなさいよ」というようなことを、もっと強い口調で言われた。「あんたが信用できないから相談しねーんだよ!」という言葉が出そうだったが、取り返しのつかないことになりそうな気がして飲み込んだ。そうこうしているうちに今度は、呼ばれ方が変わった。今まではファーストネームにちゃん付だったが、いきなり苗字にくん付けになった。本来ならこれが正常だが,いかんせん急なので気味が悪かった。
 これは後で利用者仲間に打ち明けられたことだが,あの頃は「ドラゴンと余計なことを話すな」という施設長からの指令があったらしい。これは俺の経験則だが,知的障がい者の方の多くは「余計なことを喋るな」と言われると一切話さなくなってしまう。何が「余計なこと」に当たるかが分からないからだ。そして施設Bに通っている利用者の約半数がそうだった。残りの半数は俺と同じように施設長に疑問を持っていた人たちだ。おかげで俺が孤立することはなかった。しかし、安寧の日々は長くは続かない。

事件③ 一気に3人が辞める

 スタッフの話だ。俺がずっと信頼してきたDさん、仲良くしてくれていたNさん、一緒に一からいろんなことを学んだFくんが同時期に一気に退職することになった。俺はその退職発表の場におらず、後で1人で聞かされた。3人それぞれと一対一で話したのだ。ちなみに断っておくが、3人の退職理由に俺は一切関係ない。
 社会人になってから人前で涙を流したのはこの時だけだ。特にNさんとの別れはショックで、最初に彼女から「辞める」と切り出された時にはお互い号泣してろくに話せなかったのを覚えている。
 後日、Nさんともう一度話す時間をとってもらった。しかし、本人を目の前にするとまたいっぱいいっぱいになってしまいそうだった。そこで事前に手紙を書き、施設長に託した。無事手紙はNさんに渡ったのだが,これもまた事件の引き金になったらしい。

 施設の利用者やスタッフを含めても、俺がNさんのことを想っているということに気づいていない人はいなかっただろう。俺はそれほどに分かりやすい。ましてや彼女が施設を去るという時まで気持ちを隠す必要もなかろうと思って、手紙にその旨を綴った。いわゆるラブレターというやつだ。もちろん「返事はいらない」という意味のことも書いた。手紙が渡った時点ではまだ利用者とスタッフ。どうなれるものでもない。ただ、彼女が辞める直前に俺のX (旧Twitter) のアカウントだけは教えておいた。それで彼女の退職後、友人としての付き合いが始まったわけだ。

 問題はここから。まず、スタッフ3人が一気に辞めるなんていくらなんでも……と思っていた。案の定、裏があった。
 Nさんは、次のスタッフが見つかるまであと数ヶ月はいるつもりだったというのだ。それを施設長が「2人と一緒に辞めなさい」と言ったという。当時いたスタッフは施設長とパートの女性1人だけだったから、また前回書いたような地獄がやってくるわけだ。Nさんはその地獄の経験者だから、利用者にその地獄を再び経験させるのに抵抗があったらしい。ではなぜ施設長は「残ってもいい」と言っていたNさんを切ってしまったのか。
 パートの女性とトイレで2人きりになった時、訊いてみたことがある。その答えに俺は絶句した。
「ドラゴンくんとNさんがいい感じなのが気に食わなかったのよ。施設長はいつまでも女だから、たとえ障がい者であってもチヤホヤしてほしかったんでしょうよ」
 どの口が言うか。確かに俺が、Nさんを単なるスタッフとは思っていなかったことは認めよう。しかしそれはあくまで「この人はスタッフとして信頼できるぞ」と思ったから心を開いていったという過程がある。施設長の場合は、信頼されるどころか近寄りがたいオーラすら放っていた。そんな人にどうしてチヤホヤしようと思えるのか?
 余談だが、俺は一連の無視のくだりの時に初めて「女の子の日」というワードを知った。「俺だけがいじめられている」と落ち込んでいたのを見かねた利用者仲間が、「女の子の日っていうのもあるしね」とフォローのつもりで言ってくれたのだった。後でネットで意味を調べて、なるほど女性にはこういう苦しみもあるのかと理解はしたが,やっぱり自分がいじめのターゲットになったのだという認識は変わらなかった。

事件④ ブラックリスト

 Nさんたちが辞めてから一年くらいして,ついに俺も施設Bを辞める決断をした。理由はいくつかあるが、後任で入ってきたスタッフがEさんとは違う意味で使い物にならなかったのが大きい。何度頼んでもトイレに連れていってくれないのである。そんなとき彼らは決まってこう言う。
「施設長の指示がなければ動けない」
 これが由々しき問題だった。いちいち「ドラゴンくんをトイレに連れていってもいいですか?」と確認をとるのだ。これだけならまだしも「休み時間になったので利用者の方々に水分補給をさせてあげたいのですが」というようなことまで細かく確認をとる。施設長が「ダメ」と言ったので朝9時ごろから正午まで一滴の水分も許されなかった日も少なくない。
 ではなぜ、スタッフは理不尽な指示に従うのか。クビにされてしまうからである。スタッフの去就を決めるのは施設長なのだ。「私の気に食わないやつはここにはいらない」というわけだ。しかも施設長の俺に対するいじめが続いていたので、俺の要求はほぼ却下された。そのくせ別の人間からの要求を俺が施設長に伝えると,彼女は快諾するのである。
 そんな状況に限界を感じ,「辞めたい」ということをまず相談員さんに言ってみた。これまでのことを知ってくれているから,いいんじゃないかと言ってくれた。それで体調不良ということにして長い休みを取り、そのまま辞めた。

 問題はこの後だ。実は俺が辞める直前、違う利用者が辞めていったのだが、施設長はその人のことをブラックリストに載せたというのだ。パートの女性から噂レベルで聞いたことだった。しかし、自分が辞めてから「あれは噂じゃなかった」と思い知ることになる。
 施設Bを辞めて以降、いくつかの施設に通うことはできたのだが,ほぼ間違いなく「施設Bにいただろ?」と尋ねられる。相談員さんは情報を開示していないのに、である。「おかしいな」とは思いつつも「まあ世間は狭いしね」なんて話していた。
 ところが今から数ヶ月前に行ったある施設で、スタッフにこう言われてゾッとした。
施設Bでスタッフ3人を一気に辞めさせたドラゴンってのはお前か?
 あまりにも唐突で言葉を失った。しかもそのスタッフは施設Bの他の利用者の名前まで知っていた。結局その施設には通えなかった。繰り返しになるが、Nさんたちが辞めた理由には俺はおろか利用者の誰も関係がない。
 思い返せば、俺の名前を出しただけで門前払いされた施設がいくつかあった。確たる証拠こそないが,これはもう俺の情報が出回っているとしか思えなかった。しかも、ねじ曲がった情報が。

 以前フォロワーさんから「ドラゴンさんを受け入れてもいいと言ってくれる施設はどれくらいあるんでしょうか?」というような質問を受けた。これまでの文を読んでもらえれば分かるように、今現在ドラゴンのことを受け入れてやろうなんて施設はないのだろう。俺は相当な問題児としてブラックリストに載っているのだから。
 そしてこの施設長は、俺が辞めてからも精神的ダメージを与えてきた。それが最後の事件だ。

事件⑤ 親友を失う

 大転倒事件のYくんを覚えているだろうか。彼と俺は10年以上に渡って親友関係だった。連絡先も交換したのだが、交流を断たざるを得なくなった。
 俺が辞めて数ヶ月経った頃から、Yくんがしきりに気にするようになったことがある。俺が現在どこの施設に通っているかということだ。最初は単純に俺のことを心配してくれていると思った。しかしある時こんなメッセージが来た。
施設長も心配しているよ。今はどこにいるのかしらって
 またゾッとした。Yくんが俺のことを心配する感情を利用して俺の最新情報を得ようとしていたのだ。そして、Yくんは自分が利用されていることに気づいていない。悩んだ末に、彼には黙って関係を切ることを選んだ。Yくんを通して俺の情報が施設長に漏れたらまた施設から門前払いを喰らうのではという危機感もあった。これまでの仕打ちを考えると、全く考えられないことではなかった。

まとめ

 というわけで俺は親友まで失い,人を信じる気持ちさえも打ち砕かれた。そのまま現在まで来てしまっている。変わらなければと思いつつも、未だにあの頃の数々の悪い記憶がフラッシュバックすることがある。
 今回の施設Bでの一連のエピソードを書くのにかなり精神力を使った。しばらくこの連載は休止させていただきたい。

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