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シラスとニット帽 #漁師の娘が見た景色


高校3年生のとき。
珍しく体調が悪くなった私は保健室にいた。熱もあったため、早退することになった。
片道1時間以上かかる通学路を一人で帰るのは無理だろうと思い、母に連絡して迎えに来てもらうことになった。

その日母は父とともにしらす漁に出ていた。うちの船は夫婦船だ。両親で一緒に船にのり漁をしている。

漁からもどり「作業が一段落したら迎えに行く」ということだったので、私はしばらく保健室で待たせてもらうことにした。

電話をしてからどれぐらいたったころだったろうか。保健室の前にワインレッドのエスティマがとまった。

うちの車だ。軽トラじゃなくてよかった。
漁師にとっては大切な商売道具である軽トラ。でも魚臭い軽トラで学校に迎えに来られるのが本当に恥ずかしかった私は、エスティマを見てホッとした。

エスティマから母が出てくる。急いで来てくれたのだろう。汚れたヤッケに長靴、ニット帽をかぶっていた。

あぁ、この海臭さが嫌で街の進学校に通ってるのに。迎えに来てくれたことが嬉しい反面そんなそとを思った。

母が近づいてくる。
近づいてきた。


あ〜。

ニット帽に、しらす。
母のニット帽に少し乾いた”しらす”がこびりついている。

恥ずかしい。

漁が終わり市場への荷揚げ作業をしているところを抜け出して来たという母は少し殺気立っていて、海の女の迫力を感じた。

恥ずかしい。

けど、

普通にかっこいい。


15年もまえの風景なのに、まだ鮮明に覚えている。母のニット帽についた乾いたしらす。



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