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【青春恋愛小説】いつかの夢の続きを(6)

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〈6〉叫ぶよ、嗄れても。弾ける想いを。

「お母さん……」

私は絞り出したような声で、そう言うと、母は一瞬目を合わせてから、包帯でぐるぐる巻きになっている左手首を見つめた。

「陽菜……ごめんなさい、迷惑かけて」

「違う。お母さんは悪くないよ」

「いいの。お母さんがこんなんだから……お父さんが他の人に心移りするのも、無理もないわ」

「お母さん、もしかして記憶……」

「私はそうすることによって、辛い現実から逃げていたの。だって、嫌なことを思い出すこともないし、皆んな優しくしてくれるから」

それが記憶の箱に蓋をした理由だ。
そしてその蓋が外れたことで、押さえ込んでいた汚泥が溢れ出した。
その辛さに耐えかねて、命を絶とうとした。

「だからって、死ぬことはないじゃない……」

「忘れていたのはあの時の記憶だけじゃない。陽菜にたくさん酷いこともした。打ったり怒鳴りつけたり……全部が嫌になった。だからああするしかなかった」

「お母さんは悪くない……悪くないよ。お父さんが全部悪いんだ。だから、お母さんは悪くない」

「……そう、ね」

母は窓の外を見つめた。
ただ、少しスッキリした様子にも見えた。

「とにかく、恭子の着替え取りに行かなきゃだね」

「あ、私取ってくるよ。お祖母ちゃんはここにいてあげて」

「そうかい?」

「お母さん、欲しい物は後でメッセージで頂戴。また夕方になったら来るから」

「何か用事?」

「えっと……昨日泊まった友達の家にキャリーケース置きっぱなしだから取りに行ってくる」

「そう……わかった」

私は病院を出てタクシーに乗り込んだ。
とりあえず立山邸に向かい、荷物を取りに行く。
授業も終わった頃で美夜子も帰っている頃だろう。
昨日と違う気持ちで立山邸に向かう。
明るい時間に来るのは、そうか昨日ぶりだ。

「そういえば、昨日も乗せましたよね?」

ドライバーのお姉さんがそう話しかけてくる。

「あ、昨日の運転手さん……」

「私、この辺りぐるぐる回ってるから、結構顔馴染みの人多いんですよ」

「へえ、そうなんですね」

「昨日も合気道の先生のお宅にでしたけど、門下生の方ですか?」

美夜子の父はそんなに有名なのか。
昨日の警察官もそうだし、世間は狭いな。

「いや……あそこの娘さんと同級生なんですよ。それで……」

「……深い事情は聞かないでおきますね。その……昨日はキャリー持ってたんで、てっきり泊まり込みで稽古なのかなーって思ったんですけど」

「あ、はい。ありがとうございます?」

礼を言っていいものなのか分からず、私は語尾を上げて疑問形にして返事をした。
立山邸にはそう時間は掛からず到着し、私は一旦タクシーを降りた。
立派な門の傍にあるインターホンを昨日ぶりに鳴らす。

『はい』

その声を聞いて美夜子ではないことは容易にわかった。

「あ、あの昨日お世話になった咲洲ですけど……」

「昨日……ああ!陽菜ちゃん?」

「そうです。えっと、荷物を取りに来て……」

「ちょっと待っててね」

少し待つと、鍵が開く音がし、引き戸が動いた。

「いらっしゃい」

美夜子のお姉さんだろうか?
そういえば美夜子のことを何も知らない。
兄や弟がいるのか、姉や妹もいるのか知らない。

「どうかした?」

「いや、えっと美夜子さんのお姉さんですか?」

「やだ、お世辞にしては下手ねぇ。美夜子の母の玖美子です。それにしても本物の咲洲ひなちゃんだわ」

どうやら玖美子さんは私を知っているらしい。
そういえば昨日、美夜子が私がしばらく泊まると伝えていたのを思い出した。

「それにしても、まだ学校の時間じゃないの?」

玄関に差し掛かったところでそう訊ねられた。

「母が倒れちゃって、それで病院に行ってたんです」

「あら、大丈夫なの?」

「はい……幸い命には関わらない程度だったと」

私は、曖昧な記憶のまま美夜子の部屋に向かう。
荷解きを殆どせず仕舞いだったので、昨日着た寝巻きと昨日着てきた服をキャリーケースに詰め込んで部屋を出た。

「むう?」

鋭い眼光、整えられたヤギ髭、威厳のある佇まい。
恐らく、美夜子の父だろう。

「……」

物凄い眼力で見られている。私は怯える小動物のように小さくなった。
眉間の皺がどんどん深くなっていく。
そしてどんどん距離を詰められる。捕食されてしまうのか?

「ま、まさか、ひなちゃん? 咲洲ひなちゃんじゃないか!」

「はぇ?」

右手を掴まれて握手を無理やりさせられる。
あまりの勢いに私はノってもいないのにヘッドバンキングをキメていた。

「あわわわ」

「おお!美夜子から同じクラスにいるとは聞いていたが、まさか会えるとは!」

「え、ええとぉー」

揺さぶれるあまりに私は目が回っていた。
流石は合気道の師範だ。恐らく、そんなに強い力で手を引いているつもりはないだろうが、体の芯を掴まれて引っ張られる感覚だ。

「コラ!何してるの!」

「く、玖美子……」

目が回る私を抱き寄せて、玖美子さんは美夜子の父を引き剥がした。

「大丈夫? 健一郎さん、たまに自分が合気道やってること忘れるのよ」

「ば、そんな話、ひなちゃんにしなくていい!」

「あら、そうね。まだお昼だし」

何を言おうとしたのか、よく分からなかった。

「昨日お泊まりしてたと聞いているが……」

健一郎さんは咳払いをし、まるで編集点を作るようにしてから話し始めた。

「あ、そうです。お世話になりました」

私はお辞儀をして、玄関に向かおうとしたが、引き止められた。

「一つ頼みがある」

健一郎さんはものすごく真剣な眼差しで私の目をみる。

「サインをください」

「え?」

そう言ってどこから出して来たのか、ずっと持っていたのか色紙を私に差し出す。

「……まあサインくらいなら」

そう言って久しぶりにサインを書いた。

「宛名はどうしますか?」

「健一……」

「立山道場さんへ、で大丈夫よ」

玖美子さんが、健一郎さんの言葉に被せて言うと、少し健一郎さんは食い下がるも、要求は通ることはなかった。

「これでいいですか?」

「ありがとうね」

「それじゃあ、一日だけでしたがお世話になりました」

「またいつでもいらっしゃいね」

二人に見送られ、待たせていたタクシーに再び乗り込む。

「結構時間掛かりましたね」

「ええ、色々あって」

「まあ、辞められているとは言え、有名人ですからね」

「はぁ……」

タクシーが再び走り始める頃に、遠くに人影が見えた気がした。
もしかしたら、美夜子と行き違いになったかもしれない。
そう思って連絡を取ろうかと思ったが、連絡先を交換していなかったことに気がついた。
SNSのDMでも送ろうかと思ったが、なんだか少し気が引けてしまい、そのまま自宅へ戻った。

母の着替えや、リクエストのリストを見て、私はボストンバッグに荷物を詰める。
またも待たせていたタクシーに乗り込み病院に戻る。

「長々とすみませんでした」

「いえいえ、これも仕事ですから」

支払いを済ませて、病院に入る。
母の病室に入ると、母も祖母も寝ていた。

「お祖母ちゃん、そんな寝方していたら体が痛くなるよ」

ゆっくりと体を起こして伸びをする祖母。

「あ、もうこんな時間か、そろそろ帰るわね」

「うん、ありがとうね」

そう言って寝起きの祖母は帰って行った。

私はボストンバッグをソファーの上に置き、パイプ椅子に腰掛ける。
ギィッと言う音に気づいたのか母が目覚める。

「あれ、お母さんは?」

「もう帰った。二人して寝てるんだもん」

「そっか……あ、荷物ありがとうね。陽菜も暗くなる前に帰りなさい。お母さんは大丈夫だから」

「うん、わかった。明日また放課後に来るね」

母はしばらく入院することになっていた。
手首の傷もあるが、以前にかかった精神科医からの勧めだった。
まだ不安定なところや、ここから色んなカウンセリングを受けたりするのに、しばらく入院していた方がいいという判断だ。

帰りは歩きで帰った。
自室のベッドに体を沈める。
ふと、美夜子に連絡しなくてはと思い出したが、そんなことよりも色々あった疲れで私は眠りに落ちた。


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