見出し画像

つらかった時の話をします#3

前編をご覧になっていない方は
どうぞこちらもお読みください。


2017年10月12日木曜日。
誕生日の次の日だ。忘れる訳がない。


僕は自分とは完全に無縁と思っていた
「うつ病」と診断された。

重度よりの中度らしい。何とも中途半端だ。


いま思い返すと、当時は朝を迎えるのがもの凄く怖く、地下鉄に乗っても謎の吐き気が襲い、

オフィスが38階にあったので、エレベーターに乗ってる最中に「壊れて俺を閉じ込めてくれ」と本気で思っていた頃だ。


目の前の先生は淡々とうつ病のことや今後の治療方針を話していたが、当然のことながら中身が頭に入ってこない。何かの間違いだろうと。

処方された薬も慣れるまでは人によって吐き気や頭痛などの副作用が出る場合があるとの事。
怖くて3日ほど飲めなかったのは覚えている。

初診の帰り道。
精神疾患に掛かった後ろめたさから、家族に伝えるべきか迷ったものの、帰った直後にサラッと嫁に伝えた記憶がある。

驚いていたが、その後に掛けられた言葉は全く覚えていない。サラッと言ったつもりだったが相当緊張してたんだろうと思う。私の両親には言わないでほしいと伝えた事だけは覚えている。


話は少し変わるが当時からとても感謝している人がいる。

隣の部にいた人事部トップのSさん。
自身もうつ病を患い薬を服用しており、私の様子がおかしい事から、精神科への診療を進めてくれた恩人である。

「うつ病」と診断された1週間後くらいに部内の業務棚卸しの場に同席してくれた。当時は上司と上手くいってなかった部分もありとても心強かった。

結果、頭を使う内容(施策の立案)のものは上司が行い、私は簡単なデータ抽出のみをしばらく行うことに決まった。

ちなみに組織編成後は、私が今まで1人でやっていた業務を2人で実施している。
ふざけるな。金玉取って出直してこい。
(失礼しました。)


業務の棚卸しも落ち着き、毎日定時で帰れるようになって2ヶ月。

僕は思いもよらぬ悩みを抱える事となった。
これは多くのサラリーマンが感じ取っていることかもしれない。

続編は近日中に公開します!

カズヤという人間についてもう少し知りたい方は自己紹介をご覧ください。


この記事が参加している募集

自己紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?